漢魏兩晉注釋學と『莊子』郭象注

古勝 隆一

本研究は魏晉時代における学術的環境のあり方、特に注釈学のあり方の究明と、その成果を端的に知ることのできる注釋書との関係を解明しようとするものである。この研究は第一部「漢魏兩晉注釈書の学術史的背景」、第二部「『莊子』郭象注と学術史」という二部から成り立っている。第一部では学術環境に重きを置いた論述をなし、第二部では『莊子』郭象注について集中的に論じている。

第一部は、後漢から兩晉、南北朝時代にかけての注釈書を取り上げ、その学術環境を論じたものである。時代的にいうと、第一章では後漢から兩晉にかけて成立した注釋書をあつかい、第二章では南北朝期への展開を意識しつつ、主に東晉時代の注釈学を検討した。大まかにいって後漢兩晉を古注の時代と呼び、南北朝期を義疏の時代と呼ぶことができるが、第一章では古注の問題を、第二章では義疏学の問題をそれぞれ取り上げた。第一章「漢魏兩晉注釋書の序文」は、後漢以降、書物を注解する場合、注釋家の手になる序文が附される習慣が普及したことを主要な問題としたものである。注釋家による序文は、歴史的に考えてこの時代になって急速に普及した現象と見られる。現在伝えられている漢魏兩晉注釋書の序文を網羅的に集め、全体としてとらえた場合、如何なる姿が見えてくるのかを考察した。その上で、これらの序文が劉向の「叙録」から受けたと思われる影響を中心として論じ、またそれが如何なる意識に基づいて執筆されているのかを検討した。第二章「義疏学前史」では、注釈学の流れにおいて、南北朝に広く行われたと考えられる義疏学、それにいたる前史について、複数の点から考察した。前時代の注釋の形式であった「注」から「義疏」は如何なる意味において区別されるのかをまず考え、さらに、注釋書としての義疏を成立させる前提となっていた義疏学が、どのように歴史的文脈から派生してきたのかを問う。仏教義疏学から儒教義疏学への影響関係が、先行研究によって指摘されているが、仏教が中国に浸透する以前、儒教内部にすでに義疏學への兆しを見いだすことができることを論証した。

第二部は、『莊子』の古注として伝わる郭象注を、いくつかの面から考究したものである。第二部では『莊子』郭注に資料を限定し、また思想史的研究の方法も交え、この注釋から読み取ることのできる学問のあり方を問う。第一章「郭象による『莊子』刪定」では、『莊子』郭象注の体例と述作の動機を探る。郭象が如何に『莊子』に関わり、『莊子』の本文を整理し、そしてそれを通じて自己の注釋の格となる部分を形成していった過程をあらためて検討する。それ以前の『莊子』に含まれていたかなり雑多な要素を、郭象はテキストを削ることによって抹殺していった。その際、彼が如何なる基準で整理を敢行したのかを問題とする。第二章「郭象の『莊子』字句解釈」は、郭象の古代言語に対する理解が如何なるものであったかを探るものである。郭象が『莊子』を如何に読んだのか、特に『莊子』のことばをどのように理解していたのかという問題に焦点を絞って考察する。訓詁、名物を重んじる後漢の注釋家とは異なり、郭象は直接的に訓詁的、名物的な注を示さないが、訓詁については、ある程度、上古の言語に対する理解を備えていたとしか考えられない部分が存在する。清末の考証学者たちが『莊子』を如何に読解し、郭象をどのように評価したのか、また成玄英『莊子疏』が郭注の読みをどのように取り込み、自己の疏に反映させていったのかを問うことによって、古代の言語に対し郭象が示している読解を見る。第三章「郭象の聖人観と変化の思想」は、郭象思想の特質を、その「聖人」觀を中心として考察するものである。『莊子』郭象注を全体として理解しようとする場合、「聖人」による「齊物」への希求がその主調となっているさまが、明確に読み取れるように思われるが、郭象の「聖人」観の独自性は、ひとつには変化というものに対してきわめて独特な感覚を郭象がもっていた点にある。郭象の変化に対する視線を読み取り、郭象思想のひとつの特質として指摘するとともに、それが彼の「聖人」観と如何なる関わりを持っているのかを追った。

一覧へ戻る