本研究は、日本人の帰属においては自己卑下・集団奉仕傾向が共存している、という現象を取り上げ、その生起メカニズムをいくつかの実証研究を通じて探ることによって、他者との関係性の中での日本人の自尊心維持・高揚方策について論じたものである。

成功・失敗の原因帰属傾向の文化差を巡る従来の多くの研究では、欧米人の自己奉仕的傾向と日本人の自己卑下的傾向とが、常に対比されてきた。しかし、日本人の帰属傾向をより的確に理解する上では、個人の遂行に係る帰属のみならず、個人の属する内集団の遂行に係る帰属をも考慮する必要がある。本研究は、個人に係る帰属と集団に係る帰属の関係性のダイナミックスに着目することによって、従来の議論に新しい視点からの一石を投じることを目的として行われた。

最初に、二つの実験室実験(研究1-1,1-2)によって、本研究の基本命題というべき、帰属における自己卑下・集団奉仕傾向の共存という現象を確認した。実験では被験者を課題に取り組ませ、個人または集団としての成績をフィードバックした後、その成績に関して原因帰属を行わせた。その結果、自らの成功・失敗については自己卑下的、内集団の成功・失敗については集団奉仕的な帰属を行う傾向が見られた。また、質問紙実験(研究2)の結果、自己卑下・集団奉仕傾向が同一個人内に共存していること、そして、集団奉仕が単なる他者奉仕の表れではなく、そこに含まれる自己をも高揚させ得るものであることが示された。

次に、シナリオ実験(研究3)を通じて、自己卑下的・集団奉仕的な帰属が、自己奉仕的・集団卑下的な帰属に比べて、より好意的な評価を他者から受けることを明らかにした。自己卑下的な帰属は額面通り受け取られず、謙遜の表れと解釈される傾向があった。また、自由記述調査(研究4)により、個人は自己卑下的な帰属を行う一方で、自らの成功や失敗に対して、周囲の人々からの他者奉仕的な帰属を期待していることを見出した。

さらに、他者からの奉仕的または卑下的な評価が、個人と集団の原因帰属傾向に及ぼす影響を、実験室実験(研究5)によって検証した。個人条件では、被験者の帰属傾向は他者からの評価に大きく影響され、他者から奉仕的な評価が得られた場合には自己卑下が弱まり、ときとして自己奉仕的帰属傾向が生起した。他方、集団の外の他者からの評価には関わりなく、一貫した集団奉仕傾向が見られた。これらの結果は、個人状況では他者からの自尊心サポートに支えられて初めて個人が自己を高揚できること、また、集団状況では、集団メンバーと成功・失敗を共有しているがゆえに、メンバーと一体化した形で自己高揚が可能となることを示唆するものであった。

次いで、自己卑下・集団奉仕傾向が生起する状況・しない状況を、他者との関係性のあり方、という側面から特定することを試みた。社会調査(研究6)の結果は、内集団の心理的意味の違いによっては、自己卑下や集団奉仕が生じない場合があることを示した。これを踏まえて、他者との関係性のあり方と、それに応じた自尊心維持・高揚の方策について考察を進めた。

最後に、自己卑下や集団奉仕傾向の文化バリエーションを、日本・韓国・ハワイのデータによる比較研究(研究7)から探った。ハワイでは自己・集団ともに奉仕的な帰属表明が、韓国では自己・集団ともに卑下的な帰属表明がより好意的な評価を受けた。ハワイにおいては自己卑下が謙遜の表れと理解されないことや、韓国においては集団卑下が最も思いやりのある行為と評価されること等も明らかとなった。これらの結果は、個人が自らの自尊心を維持・高揚する上で最も有効な帰属のスタイルが、文化によって異なることを示唆していた。

一連の研究成果は、日本人も、自らの属する内集団の遂行に焦点を合わせれば、欧米人が自己の遂行に対して行うのと同じような、自らを高揚する傾向の帰属を行うことを示した。欧米人の自己高揚が、自分個人に焦点を当てて直接的な形でなされるのに対して、日本人の自己高揚は、個人よりも、集団の他者との関係性の中で達成されやすい。日本人の自己卑下と集団奉仕のバイアスの背景には、他者との相互依存的関係性の中で果たされ得る、もうひとつの自己高揚への欲求があると考えられる。

自己卑下・集団奉仕的帰属は、内集団メンバーとの相互配慮的な自尊心維持・高揚のための、最も一般的な方策であると思われる。しかしそれは、個人がメンバーの時自尊心に配慮すると同時に、メンバーから応報的に自尊心のサポートを受けるという、相互配慮の人間関係の下でこそ成り立ち得る方策である。異なる関係性の下では、異なる自尊心維持・高揚の方策がより有効となり得る。人は、他者とのさまざまな関係性の中で、それぞれの関係性に見合った心理的相互作用を通じて自己の高揚を果たしていくと考えられる。