朱熹と『参同契』テキスト

欽 偉剛

いわゆる丹經『参同契』は、後漢時代の魏伯陽が完成した最初の道教丹鼎派の理論的な著作であると思われる。

この後漢時代に成立したと思われる丹經『参同契』にまつわる諸々の問題において、思想と文献の形成については、さまざまな研究が行われている。しかし、こういう研究成果を積み重ねた研究書の中には、宋元時代の『参同契』テキストに関する文献学的な研究があまり見られなかった。

本稿は、南宋時代の道教と『参同契』の注本、刊本との関係から、朱熹『参同契考異』を重点的に考察し、それを通して、宋元時代の『参同契』テキストの実態状況を解明するものである。

947年に刊行の彭暁(五代後蜀)注釈の『参同契分章通真義』は、現存する最古の『参同契』テキストであると思われる。一般の研究者も、彭暁本のような形態のテキストを通して、五代以降の『参同契』テキストの実態状況を認識し、その上で研究を進めてきた。

しかし、朱熹『参同契考異』が刊行する前の道書(丹經、丹訣)を考察してみると、南宋前期の道書には、彭暁注『参同契分章通真義』の姿が、あまり見られなく、我々が常識的に認識している『参同契』テキストが、唐宋時代の丹經、丹訣と混同する不安定な状況に落ちていることが分かる。

朱熹が、こういう『参同契』テキストの不安定な状況から、彭暁注本を選び出し、彼の提出したいわゆる「先天学」の『参同契』起源説に従い、五代、北宋頃に成立した陳摶・邵雍の「先天学」の解釈方向から、『参同契』テキストを削除、改正し、その上で彼の注釈書『参同契考異』を著した。

朱熹『参同契考異』の完成後、朱熹『参同契考異』の影響を受けたさまざまな『参同契』注釈書が生まれ、南宋時期の『参同契』テキストの唐宋時代の丹經、丹訣と混同する不安定な状況が、終息を迎え、陳摶・邵雍の「先天易学」思想から『参同契』を解釈する儒学者朱熹の丹道思想も、兪えんなどの『参同契』注釈者を通して、道教の金丹道の内修思想の形成にも影響を与えた。

従来の『参同契』研究は、朱熹『参同契考異』が、宋元時代の『参同契』刊本と道教の内修思想の形成に与えた影響に余り感心がなかったので、こういった問題に対して、今後も引き続き、研究する必要があると考える。

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