伝える夢・知る欲望 −『人間喜劇』における匿名の役割−

博多 かおる

「人物再登場法」によって複数の小説に現れることになった『人間喜劇』の主要登場人物たちは、確かに各作品の結びつきを支える重要な要素の一つである。しかし、これまでのバルザック研究はこの点を過度に強調し、名やアイデンティティーの明白な登場人物のみに注目してバルザック作品を読み解くことに甘んじてきた。このような捉え過多には、『人間喜劇』の中に数多く存在する匿名の人物たちを見落とすという欠陥がある。そこで本論は、情報を媒介とする登場人物間の関係を多方向から検討し、名や素性の明らかでない人々がその中で果たしている役割を具体的に提示しようと試みる。明快に論を展開するために、情報を収集する、得られた情報を伝達する、情報を発信・受信するという三つの側面から情報伝達活動を分析する。

まず、第一章の冒頭では、登場人物が匿名であることが特に重要な意味を持つ場合を、第一に登場人物の名が作品の中で部分的にしか提示されない場合と、第二に登場人物を指し示すために固有名詞が決して用いられない場合とに大別する。

第一の場合、固有名詞の探索が何らかのかたちで小説の中に演出される。登場人物の名や素性を発見するために必要な情報収集活動を、語り手の代わりに別の登場人物が行う時、小説は、名や身分を隠して進められる探偵行為を筋書き上に展開することになる。複数の作品を例に取り、そこに描かれた、個人、秘密結社、慈善事業団体等による調査活動を分析した結果、登場人物が匿名になることの社会的意味は、出自や身分の隠蔽、労働者階級のパリ各地区への密着、神の代理者として情報収集を行う人々の個人的好奇心の却下などにあることがわかる。だが、これら多様な匿名の状態は、登場人物の関係の中に「知られるべきもの(謎)」を作るため、また匿名の人々によって既に収集され、貯蓄されている情報を利用して登場人物の私生活に立ち入り、謎を暴くという動きを作り出すために利用されている。

匿名の人物の第二の分類としては、作者が自分の代理として小説空間に導入し、風景やものの見方を読者に提示するために利用する仮定的な匿名の人物、舞台背景で潜在的に情報収集活動を行っている無名の人物たちや、引用される記録の中に書き込まれているはずの人物たちが挙げられる。彼らは『人間喜劇』の空間構築に不可欠な役割を果たしている。また、バルザック小説の語り手による概括的な言説や、幾つかの比喩の中には、固有名詞を持った人物を集団の中に位置づけ、匿名にするような働きが見られる。

第二章では特に噂の分析を中心に据え、集団をなして情報伝達活動に参加する匿名の人物たちの役割を検討する。特に注目されるのは、噂の伝達者の姿が集団の中に没し、個々の人格が失われてゆく様子を描く際に、個人を組織全体の中に埋もれさせるような様々な比喩(交響曲、生物体、信号機等)が用いられている点である。これらの比喩は情報伝達の制御できない側面、伝達の非人為的な速度等を表現するとともに、名や素性を見失われた人々の一団が他者に及ぼす影響力を強調することがある。そこで、匿名の人々の集合が小説の中で果たす役割を、「世論」と呼ばれるものの分析を通じて考える。

第三章では、集団の匿名性を分析した第二章と異なる視点から、情報発信者・受信者という細かい単位で情報伝達行為を捉える。書き言葉による間接的な情報伝達手段の代表として、『人間喜劇』で頻繁に用いられる手紙という手段を取り上げ、遠距離通信において相互のアイデンティティーが不明になる現象を、小説作家がどのように利用しているか検討する。特に注目すべきは、名が書かれない手紙、偽の名が書かれた手紙が、既存の人間関係を流動的なものにし、それを書き換える役割を果たすこと、また、情報発信者は匿名に留まることによって、バルザック小説でしばしば重要な意味を持つ既存の障害(例えば社会的身分)に阻まれることなく相手に情報を伝達し、その行動に影響を与え、間接的なかたちで相手との関係を樹立することができるという点である。

さらに、一通の手紙をめぐって、登場人物と小説読者を同じ匿名の読者、あるいは解釈者という立場に置くような仕組みを取る小説に注目し、小説における情報伝達の一般的な法則が、匿名という要素を通じて物語内に反映されていることを指摘する。

以上の分析によって、『人間喜劇』における匿名の人物たちが、各作品の基礎となる情報収集・伝達の仕事に携わっていること、彼らがバルザック小説の特徴的技法(すなわち、視点の移動、幾つかの比喩、読者を巻き込むような語りの重層的構築)の中で、一つの核となっていることが理解される。

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