本論文は、日本と韓国の賃金決定制度を分析し、両国の賃金決定制度と所得政策の違いとその違いをもたらしたマクロ政策形成構造や労使関係制度の相違を明らかにしようとするものである。

日本では第一次オイルショック後労組の実質賃金重視の賃上げ方針転換、労組の賃上げ自制のかわりとして政策・制度改善要求に対する政府の積極的対応、さらには三者協議の場としての産労懇の機能強化などによって「日本型所得政策」が実現していく中で、賃金決定が企業別賃金交渉の枠を越えて企業間・産業間調整メカニズムによって高度に調整される、集権的賃金決定が行われている。

韓国での政府の賃金決定への介入は1969年以来続いてきた。1970年代後半は労働市場の逼迫状況の下で企業間のスカウト競争の過熱による賃金浮上のための政府の賃金ガイドラインによる調整が効かなくなったものの、1980年代半ばまで重要な賃金決定要因として作用した。しかし、1987年6月の「民主化宣言」以降、労組の交渉力が増大した状況においては、政府の賃上げガイドライン政策や労資頂上組織間の賃金合意によっては企業別交渉が調整されない、分権的賃金決定が行われている。

日本と韓国の賃金決定制度の違いはマクロ・経済パフォーマンスに反映され、日本では名目賃金の低率上昇、低インフレが実現しているのに対し、韓国では名目賃金の高率上昇、インフレの上昇が見られている。こうした違いは、第1に、金属産業の労組が賃金自制を行い、金属産業の労使が国際競争力を確保しうる賃金決定を行うかどうか、第2に、マクロ・コーポラティズム的政策形成メカニズムが制度化されているかどうか、第3に、内部労働市場が発達しているかどうか、第4に、ローカル労組の賃上げ圧力を弱める企業内労使関係制度が形成されているかどうか、などに起因する。

以上の日本と韓国の比較分析結果から、結論として、第1に、分権化された賃金決定制度より集権化された賃金決定制度が賃金安定や低インフレをもたらす、第2に、企業レベルの制度が賃金コスト・インフレを抑制する所得政策制度の機能を遂行するという議論は、韓国のように企業別交渉を調整するメカニズムが働かない場合には支持できない、第3に、賃金凍結ないし賃金規範を押し付ける国家の所得政策は国家と市場を媒介する制度の不在、あるいは制度的弱さの証拠であるとの議論は韓国の所得政策にあてはまる、第4に、企業内労使関係制度が賃金決定や名目賃金の上昇に大きな影響を与える、第5に、日本の集権化された賃金決定制度は企業規模別賃金格差の改善に寄与する制度ではない、などに触れることができる。