始まりとしての「選択」

村本 由紀子(社会心理学)

「選択をすることは、将来と向き合うことだ。一時間後、一年後、あるいはさらに先の世界を垣間見て、目にしたものを基に判断を下す。その意味で、私たちは誰もがアマチュア予言者である」。これは、選択に関する研究で知られる社会心理学者、シーナ・アイエンガーが著書の中で記した言葉です。私たちは日々の歩みの中で、大小さまざまな選択を繰り返しながら未来へと進んでいきます。特に、進学先や就職先といった進路に関わる選択は、「将来こうなりたい」と願う自分のイメージを見据えて行う、重要な判断といえるかもしれません。しかし、私が自らの進路選択を思い返して実感していることはその逆です。将来の自分を思い描き、それに沿って満を持した選択を行ったのではなく、むしろいくつかの選択の連鎖を通じて、初めて自分の進むべき道が見えてきたと感じるのです。ここでは、そのような私の経験について少し書いてみたいと思います。

私は今、社会心理学を専門とする研究者・教員として生きていますが、この道に至る選択の機会は、実は3度ありました。1度目は大学2年生の進学選択(進振り)で社会心理学専修課程を志望したとき、2度目は卒業後に銀行への就職を決めたとき、そして3度目はその4年後、銀行を辞めて大学院で再び社会心理学を専攻しようと決めたときです。

1度目の選択を行ったときの私は、自分の将来の「予言者」として毅然とした決断を下したとはいえず、あれこれと迷った挙句、最後の最後でエイッとばかりに勢いに任せて志望書を提出したにすぎませんでした(実際、当日まで別の進路先を書いた用紙も併せ持っていました)。当時の私にとって、この選択はあたかもさまざまな色の美味しそうなキャンディ・ボックスから1粒だけを選び取るようなものでした。大学入学以前から「これを学びたい」と心に決めた思いを貫く人もいると思いますが、私はむしろ大学に入ってから、高校までに触れたことのなかったさまざまな学問の存在を知り、すっかり目移りしてしまったのです。そしてその目移りは、実のところどのキャンディの味もよく知らなかった、つまりはまったくの不勉強だったからこそ生じた迷いであったことは、言うまでもありません。

かくして私はキャンディ・ボックスから「社会心理学」を選び取り、その結果に満足して卒業に至りましたが、たとえ別のキャンディを選んでいたとしても、満足度にさほど大きな違いは生じなかったのではないかと思います。どのような学問分野であれ、そこで何が問題になっているのかを知り、その探究のしかたを知ることは楽しいことです。その意味で、進振り時の私の選択は、「それでなければ人生が変わっていた」というほどの強い意味を持ってはいませんでした。その証拠に、私はこのとき研究者を目指そうと決断するには至らず、また社会心理学を直接に生かせる就職をとも考えず、銀行員になりました。これが2度目の選択です。

しかし上述の通り、卒業して4年の後に、私は「社会心理学を専攻しよう」という1度目と同じ選択の意思をもう一度固めることになります。短い時間ながらも企業組織に身を置き、社会人としての経験を積む中で、私は、社会心理学が実社会の諸問題と極めて関わりの深い学問であることを、初めて実感したのです。リーダーシップやワーク・モチベーションといった組織成員の心理に関するトピックスは言うに及ばず、組織の規範とそれを維持する個人との相互規定関係、取引先との組織間関係のあり方、投資家や消費者のマーケットでの集合行動、グローバル企業が直面する異文化接触に伴う諸問題等々、重要なテーマは枚挙にいとまがありません。

こうした気づきに根差した私の3度目の選択は、キャンディ・ボックスに手を入れてかき回した1度目のそれとは大きく異なっていました。大学には多彩な学問領域があり、どれもそれぞれに魅力的である、という思いは以前と変わりませんでしたが、それでも、自分が今、取り組みたい分野は何かということについての迷いは自然に消えていたのです。不思議なことに、社会心理学を学び直す決意が固まることによって、逆にそれ以外の学問にも幅広く目を向けて視野を拡げたいという意欲も湧いてきました。

このことに関連した社会心理学の研究に、次のようなものがあります。オーダーメイドで自動車を購入する人を対象とした実験です(Levav et al., 2010)。購入者は、ギアやミラー、タイヤの仕様、内装のスタイルや色など、さまざまなオプションについて選択を求められますが、このとき、最多の選択肢をもつ色の選択(内装56色、車体26色)を最初に行い、徐々に選択肢の少ないオプションに移る群と、逆に選択肢の少ないオプションから始めて最後に色を決める群とでは、トータルの選択肢の数は同じでも、後者の方が疲労を感じずに十分な検討を行うことができ、最終的な満足度も高かったというのです。選択プロセスが進捗するにつれて自分が望む車の全体像が徐々にはっきりしてくるため、目指すイメージに基づいて一部の選択肢を除外し、残された選択肢に集中することができる。つまり、自分が先に行った選択を指針として、少しずつ難しい選択に取り組みやすくなるというわけです。

私の進路選択も、これと似たところがあります。1度目、つまり進振り時には選択肢が多いことに悩み、選択に困難をおぼえましたが、その選択の結果として社会心理学の基礎を学んだことと、企業に勤めるという2度目の選択をしたことが、自分のものの見方や考え方を形づくり、やがて3度目の選択の難易度を下げてくれることになったのです。正直なところ、企業を辞めて大学に戻るという行為は、それまで乗ってきた列車を独りで降りて、別のレールを行く列車に乗り換えることであり、決断には大きなエネルギーと勇気が要りました。それでも思い切って行動したのは、結局のところ、それまでの選択の連なりの中から自分の進むべき道がおのずと立ち現れてきたからにほかなりません。

冒頭で紹介したシーナ・アイエンガーは、「選択することは発明すること」であり「創造的なプロセス」であるとも言っています。私はこの言葉に賛同します。選択を通じて、私たちは自らの生きる道を築いていきます。ただし、一回の選択で人生のすべてが決まると考える必要はありません。一つの選択が次の選択を引き寄せ、岐路に立つ勇気を与えてくれます。これから進路を選ぼうとする学生のみなさんが、そのプロセスを大いに楽しみつつ歩み、自分だけのオリジナルな道筋を創りあげていかれることを願います。