縁あってこの世界に-インド哲学仏教学-

蓑輪顕量(インド哲学仏教学)

私は千葉県の片田舎というか、山の中に生まれ育った。清澄山系の山奥で育ったのである。小学校は廃校になって久しいが、近くに東大農学部の演習林事務所があり、なぜか小学生の頃から東京大学の名前だけは身近な存在であった。何よりも、私自身が日蓮宗のお寺に生まれ育ったので、仏教はとても身近なものであった。しかし、本格的に仏教を勉強しようと思ったのは、高校の頃からである。

もっともそのような勉強がどのようなものであるのか、最初は見当は付かなかった。お寺の日常は師父から日蓮の話を聞くことはよくあったが、仏教の全般的なことなどは全く知らなかった。今から思えば、典型的な宗派仏教の中に育ったことになる。それでも、たまに会う中学時代の同級生から、「あの頃から、宗教的なことを言ってたよ。」と言われることがあるので、おそらく中途半端な志だけは持っていたのかも知れない。

全くの田舎育ちの私が大学受験で東京に出、文科三類に入学したのであるが、何故か寄り道的に運動部の少林寺拳法部に入った。卒業までの三年半は少林寺拳法部に費やしたといっても過言ではない。本郷への進学は迷うことなく印度哲学であった。しかしながら、その学問がどのようなものであるのか実感したのは、進学をしてから以降である。多くの頼もしい先輩方や留学生の方に恵まれ、語学の予習や資料の読解に悩まされながらも、楽しく過ごしていた。

大学四年、卒業後の進路を考え始めた時に、実は師父の大病という事態に遭遇した。その後暫くして父を亡くしたのであるが、その頃から本格的に研究の道を考え始めた。大学院に入学してからは日本仏教を専門的に研究しようとの方向で学び始めたが、最初は殆ど五里霧中の状態であった。学ぶべき事は沢山あり、自ら持った関心になる戒律の研究は、大きな山すぎて、どう向き合うべきなのか大分迷ったように思う。

博士課程に進学した後、しばらくはこのまま研究を続けるべきかどうか迷うところがあった。そのような中で、デリー大学への交換留学制度のお世話になって、戒律の原点を探求すべくインドに留学した。とにかくインドの地に関心を持ち、単純な物見たさのために、インドに留学させてもらったのである。

ところが、この留学体験が私の研究者としての歩みを大いに後押ししてくれることになった。まったく文化の異なるインド留学体験は刺激に満ちあふれ、というかトラブル続き、でも人間の生きることと、学ぶことが楽しいことであるという原点を、実感させてくれた。もっとも、インドという悠久の時間の中に暮らすことによって、じっくりと考えることができた、また出会った先生や当時、留学していた他大学の学生さん達と一緒に過ごした時間が、私に熟考の時間を与えてくれたのだと思う。

帰国後、私は日本の仏教の研究に戻り、博士課程の後半期は、歴史学や日本思想史の方々と切磋琢磨しながら学ぶようになった。なかでも、大きな刺激になったことが二つあった。一つは末木先生の所に山形大学の先生が内地留学で来ていて、一緒に中世律宗の文献を読んだことである。このときの勉学が切っ掛けで、仏教学の立場からみればもっと注目しても良いのが中世の律宗ではないかと思うようになった。また、二つめは、国文学研究資料館で行われた論義の研究会に参加し、異分野の先生方の薫陶に触れたことである。このときには東北大や東京女子大、龍谷大学の若手の研究者の方々、といってもほぼ同世代の方々であったが、一緒に勉強させて頂き大きな励みとなった。このような中で学位請求論文を完成させることができ、ようやく半人前の研究者として道を歩むことになったのである。

インド学仏教学の伝統は、はるか日本の古代に遡る。仏教は、日本文化を構成する大事な要素の一つである。その仏教を研究対象にすることは、実は多くの分野にまたがっている。何を明らかにしようとしているのかで方法論も異なり、またその研究の歴史も異なる。しかも、仏教は実際に今、生きている宗教でもある。インド哲学仏教学の研究は、その仏教の一側面を切り取っているに過ぎない。しかも文献学という非常に堅い方法論を採用して、仏教の説いてきた思想内実と、その展開に迫るものである。仏教の核心に迫る分野である。しかも日本の仏教を理解するためには隣の中国、そして原点のインドの仏教を理解しなければならない。なんと大変なことを要求するのだろう。

さて、30代の半ば過ぎで愛知学院大学に奉職したのであるが、暫くしてから生じた疑問は、仏教は学問としての学びの対象だけでよいのだろうかというものであった。何を当たり前のことを、と思われるかも知れないが、当たり前に思うこと自体が問題ではないかと思うようになり、そのようになった背景に関心が向くようになった。それは日本文化という視点からものを考えられるようになったことと、上座仏教僧侶である研究者と共同研究を始めたことに原因があったように思う。止観と呼ばれる修行実践の体系があるにも関わらず、そのような視点が忘れられがちであることに目を向ける必要性を痛感するようになったのである。

学解を重視する伝統は、まことに日本に独特のものであった。そこに仏教のもつ存在の形態のようなものが垣間見えてくる。教理や思想という観点からだけではなく、実際の仏教が、どのような営みを続けてきているのか、常に念頭に置くことも重要である。また自分が行っている研究が、実際にどのような意味を持つのか、常に全体の中に位置づけ相対化して考えることも必要だろう。木を見て森を見ないというようなことは望ましくない。研究の対象が大きいときにはなおさらであると思うが、研究している自分自身の立ち位置を相対化して見つめる眼差しは是非とも必要である。今は、仏教の総体とその展開を、行と学の視点から位置づけることができれば幸いと考えている。

以上