阿部公彦(英語英米文学)

インタビュアー:英語英米文学専修3年の男子学生。仮に「山田」とする。

女性:身分不詳。なぜそこにいるのかよくわからない。仮に「井川」とする。

山田:本日は英文学の阿部教授に「私の選択」というテーマでいろいろインタビューしてみたいと思います。教授、どうぞよろしくお願いします。

阿部:あの、はじめにことわっておきますけど、私は「教授」ではなく、「助教授」です。訂正してください。それから、この文章が活字になる頃には、新方式になって「准教授」と呼ばれていると思います。

山田:あ、そうすか。いや、わかっていたんですが、何となく「教授、お願いします」の方が言いやすいかな、と思って。「助教授、お願いします」って言いにくいじゃないすか。

阿部:そういう問題ではありません。気をつけてください。

山田:え、じゃあ、教授とかになるのって、めちゃたいへんなんですか?

阿部:そういう訊かれ方しても困りますね。だいたい君はインタビュアーとしては、語彙が貧困すぎるな。

山田:え、貧困すか?みんなだいたいこんなもんじゃないかな。な?(といって、井川に相づちを求める)

井川:そおね。ひっ君、髪の毛はトウモロコシヘアにしちゃったけど、見かけよりは賢いよね。いちおう東大受かったわけだし。

山田:おし(気合いを入れ直す)。それでさっそくなんですが、阿部先生はどうして英文学をやろうって決めたんですか?

阿部:愛ですね。

山田:(鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔になる)「愛」ですか?

阿部:そうです。文学を研究する人というのは、たいていの場合、「これをしてやろう」とか「何になってやろう」とかいう目論みがあるわけではなく、作品を読んで感動してしまったり、作家のことを知ってどうしようもない思いに陥ったりして、逃げるようにして研究者の道に進むのです。いや、少なくとも私はそうだったし、私の周りにも大勢そういう人がいた。スタートのところで、興奮と絶望のないまぜになった、打ちひしがれたような陶酔感のようなものがある。そこから「愛」を育むのです。

山田:へえ。なんか文学的っすね。そうすると、あれすか、やっぱ、小さい頃から本とか読むの好きだったんすか?

阿部:まあ、比較的そうですかね。

山田:ほら、英文って、平石先生とか柴田先生みたいに、小説書いてる人もいるじゃないすか。阿部先生も小説とか読むの好きだったら、自分で書いて芥川賞とかに応募したりしないんすか?

井川:ばかね、ひっ君。芥川賞は自分で応募したりしないのよ。

阿部:まあ、いいです。私のことより、君の話をしよう。君はそもそもどうして英文に進学したんですか?

山田:いやあ。英文来たら、英語ができるようになるかな、なんて思って。

井川:あ、嘘ついてる。この人、××に進学できなかったから、第二志望の英文に来たんです。

阿部:ほお。君は英文学の「え」の字くらいは知ってるの?

山田:えっとシャーロック・ホームズなんか、英文学っすよね。あと、やっぱシェイクスピアとか。映画なんかでよくあるじゃないっすか。

阿部:最近何か文学作品を読みました?

山田:え。何でもいいんすか。最後に読んだのは・・・。あ、村上春樹とか読みますよ。でも英文学の研究って、どうしたらいいのか、よくわかんないっすね。

阿部:たとえばですね。村上春樹の小説ですぐに「やれやれ」とか「退屈だぜ」みたいなセリフが出てきますよね。そういうのが気になって、「どうしてこの人はすぐやれやれって言うんだろう?小説のストーリーと関係あるのかな?社会的な背景と関係あるのかな?村上春樹本人も家に帰ると、すぐ『やれやれ』って言ったりするのかな?」なんて考え始めたら、それは研究の第一歩なんです。

山田:はあ。英文学でも、そういう「やれやれ」みたいなのはあるんすか?

阿部:ありますね。一九世紀ロマン派の詩人なんかは、すぐ作品の中で「ああ」と感動します。英語だから、「オウ」となりますけどね。

山田:そういう一九世紀ロマン派詩人っていうのは、家とかでも「ああ」とか言ってたわけすか?

阿部:そう、そういうことです。おもしろいでしょう。ロマン派の時代の人は、みんな道端で「ああ」なんて感動してたのかな、とかね。もしそうだとしたら、どうして、いつ頃から、道端で「ああ」と言わなくなったのだろうか、とか。反対に同時代のものでも、登場人物がぜったい「ああ」なんて言いそうにない小説もあるんです。もっと時代を遡ると、シェイクスピアの詩などでは、「あなたは素晴らしい」なんて美辞麗句を並べて相手を褒めそやすことが多い・・・(以下、略。つい、阿部准教授が勢い込んで語り始め、インタビュアーが退屈する)

山田:いや、今日はほんと、ありがとうございました。勉強になったよな(と井川の方を向く)

井川:はい。あたしも。(小さくあくびをする)

阿部:みなさん、是非、生活の中の英文学を再発見してください。

(*一部フィクションあり。)