バタフライ効果

横澤一彦(心理学)

前の文学部長が文学部のスタッフの幅広さを説明する紹介文の中で、文学部には医学博士も工学博士も在職しているという一例を挙げていたのですが、いずれも心理学の教員を指しています。その1人である工学博士号を持つ文学部所属教員という異色の経歴は、文学部を目指す一般的な学生の皆さんにはあまり参考にならないと思います。ただ、文系か理系かの選択にさえ迷っている少数派には、興味を持ってもらえるかもしれません。客観的には希有な道を歩んできたように思いますが、自分自身の認識としてはその選択が大きく変節してきたわけではなく、一種のバタフライ効果(蝶が羽ばたくと、地球の裏側で竜巻が起こる、すなわち初期段階の僅かな差が時間とともに拡大し最終的に大きな違いをもたらす予測困難化現象)のように思いますので、その辺のいきさつを振り返ってみたいと思います。

話は30年ほど前に遡ります。大学でコンピュータを学びたいと思い、当時新設されたばかりだった東京工業大学の情報工学科に入りました。そのころは、まだ身近で手にすることができなかったコンピュータという新しい機械に強い興味を持ったのに過ぎないと自分自身の動機を分析していました。しかしながら、大学で専門的な勉強を進めるにしたがって、自分が知りたかったのはコンピュータの可能性、すなわちコンピュータによって何が実現できるのかといった興味であることを確信しました。そこで、大学院にも進み、パターン認識の研究(コンピュータに文字等を認識させる研究)に取り組みました。研究に取り組んでからすぐに、我々がいとも簡単にやってのける日常的な行動が、実はコンピュータやロボットには非常に困難な作業であることが分かりました。その後、パターン認識の先端的研究を行っていたNTT(当時は日本電信電話公社)の研究所に奉職することになりました。そこで与えられた研究テーマが、人間が文字を認識する仕組みについて調べ、パターン認識の理解を深める基礎的研究でした。コンピュータと人間の情報処理様式の差異を解明することの必要性を感じていたので、格好のテーマに取り組むことができたわけです。なぜならば、パターン認識はコンピュータにとっては非常に困難でも、解が存在しない問題というわけではなく、我々自身が解であると考えることができるからです。

しかし、人間が文字を認識する仕組みを解明するなどということが一筋縄でいかないことはすぐに分かりました。もがき苦しんで研究を続けていくうちに、そのような研究アプローチは認知心理学という心理学における比較的新しい分野に一致することも知りました。現在の専門である認知心理学を独学で勉強しなければならなくなったのは、このような研究を進めるための必要に迫られたからです。また、NTTに在職していた17年半の間に、出向、すなわち会社に命じられるままに国内の研究組織や米国の大学など、様々な研究環境で研究を進めることになりました。東大の附置研究所である生産技術研究所の客員助教授として勤務していたこともあります。但し、一貫して文系と理系を融合するような学際的な研究を目指すプロジェクトの一員であった経験が、学問的な進展だけでなく、貴重な人的ネットワークを形成することにつながりました。

実験に明け暮れる心理学がなぜ文学部にあるのかを不思議に感じる学生も少なくないと思います。しかし、文学部の中での研究文化の違いを感じつつも、非常に遠いところで心理学をスタートさせた経験から、文学部に心理学が存在する意味も大きいと思っています。なぜならば、人間探求が主たるテーマであるはずの文学部において、人間についての基本が如何にまだ解明されていないかということを気づかせてくれる学問が認知心理学だからでしょう。言い方を変えれば、まだまだ人間には不思議なところがたくさんあり、その基本的メカニズムを知ることが認知心理学ですから、サイエンスそのものということにもなります。その意味では、認知心理学を研究していくため文系と理系の両方のセンスが必要であることは明白です。

さて、自らの不明により、岐路において進む道を正しく理解して選択してきたようには思っていません。たいていの場合には、新しい環境を与えられてから本当の意味に気がつくという繰り返しだったと思います。そもそも、自分自身の根本的な興味が認知心理学という学問にあることが分かっていれば、大学の専攻を選択するときから方向が変わっていたのかもしれません。ただ、段階をおって、より根本的な興味を見つけさせてくれる環境で過ごしたユニークな経歴が自らの存在意義を高めているとすれば、目的地までの最短経路を選ばなくて良かったと思います。益々バタフライ効果が生じ易いカオス社会になればどのような未来が待っているのか誰も予想できないのですが、遠い将来を信じながら、回り道になるかもしれませんが、自らのささやかな夢や興味を大切にし、徐々に育てていく選択もあるのではないかと思います。