本研究は、堀辰雄の翻訳行為と創作行為の連関に視座を置き、昭和前期の文学における堀辰雄の達成を、その文体生成の過程の分析を通して明らかにする試みである。

 昭和初年代から十年代に活躍した作家堀辰雄は、生涯にわたり翻訳と創作を同時並行で進め、その中で創作の方向性を徐々に変えた。従来、翻訳行為は創作行為より二義的なものと見なされてきたが、堀は単に自立した翻訳を発表しただけでなく、エッセイや小説内で部分訳を行い、あるいは小説の中に引用と断らないで外国文学の一節を逐語的に日本語に置換して取り入れ、これらの行為を通して異言語の語彙・語法・構文上の異質性を取り入れた文体を創り出した。堀の文体が前世代の新感覚派と異なり、異言語に自らが触れそこから作りだした文体であることを踏まえ、堀の文体が大正期から何を引き継ぎ、戦後文学に向けて何を橋渡しするものだったかを解明する。また分析のための基礎作業として、神奈川近代文学館蔵堀辰雄旧蔵洋書の堀自筆書き込みの実態を調査報告した。

 第一部「翻訳から小説へ」では、堀の翻訳行為と創作行為との最初の結節点を翻訳・詩・コント・エッセイ、文壇処女作「不器用な天使」の分析を通して捉えた。

 第一章「詩的モダニズム―翻訳・詩・コント・エッセイ」では、堀辰雄最初期の翻訳・詩・コント・エッセイを横断的に論じた。堀はフランスの新詩精神運動の詩人達に関するエッセイを書いたが、堀はそこにフランス語の詩やエッセイをそれと断らず翻訳・引用してちりばめており、それらのエッセイの中で彼らの詩の幻想性に注目している。この時期の堀の詩に目を向けると、堀は主体の内的世界を形象化した幻想を、詩行における主述の逆転を通して作り出したことが見える。さらに堀がこうした詩における試みを、同時期のコントにも応用していることを指摘し、翻訳・詩・コント・エッセイを通して堀が詩・コントの文体を作り出し、詩的幻想を生み出す過程を明らかにした。

 第二章「「不器用な天使」論―翻訳から小説へ」では、堀辰雄の文壇処女作「不器用な天使」をコクトー翻訳に視点を置いて論じた。堀はコクトー『グラン・テカール』の部分訳を通して、訳文において抽象概念を動作主体化する文体を作り出した。さらに堀は「不器用な天使」の中で『グラン・テカール』の一節を翻訳・引用し、単語の概念化・複数化・主述の逆転・文同士の緊密な連結を通して人物の心理や行為が動かされる文体を作り出した。堀が翻訳を通じて自身の小説の言葉と、言葉によって構築される世界との関係性を問い直していることを論じた。

 第二部「モダニズム文学の翻訳」では、「不器用な天使」において試みた作品内翻訳という方法が、モダニズム文学の翻訳という形で引き継がれていく過程を追究した。

 第三章「「聖家族」論―ラディゲの翻訳」では、堀がラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』のフランス語の翻訳を通して、新たな文体を作り出す過程を分析する。堀はラディゲに関する概説的なエッセイを、『ドルジェル伯の舞踏会』原文を翻訳・集成する形で書いていることを指摘した。さらに堀が『ドルジェル伯の舞踏会』を翻訳・引用する形で「聖家族」の中に取り入れ、指示語による前述の要素の連続的な継承・理由提示の副詞句・無生物主語構文の組み合わせにより、言葉の上で因果が連鎖する文体を作り出した。この文体によって、堀が生涯にわたりこだわり続けた、母娘と青年と作家の恋愛関係が作り出される過程を分析した。

 第四章「プルーストの翻訳―『美しい村』へ」では、プルースト作品の翻訳と堀の創作との関連を論じる。堀辰雄は、文壇における方法論議と距離を置きつつ、エッセイの中で『失われた時を求めて』を部分訳・引用することで同作の文体を学びとろうとする様が窺える。堀が、名詞に後置された形容詞句が並列される文体に注目してこれをなぞるように日本語化し、同時期の創作の中に取り入れていく過程を明らかにした。

 第三部「古典の翻訳」では堀の「古典回帰」時代として一般にとらえられる昭和十年前後の作品を古典の翻訳という視点から論じた。

 第五章「「物語の女」論―昼顔はどこに咲いているか」では、従来「菜穂子」のプレテクストとして自立した作品として扱われてこなかった「物語の女」を、王朝女流日記への注目という時代的文脈の中に置き、独立した作品として読み直した。堀が王朝女流日記における物語の女という形象を受けとり、女性一人称による回想の形式を作り出す試みとして同作を捉えた。さらに、母娘・青年・作家の恋という「聖家族」以来のモチーフが引き継がれた本作で、堀がモデル人物の芥川龍之介・片山廣子の歌を引用していることに注目し、そうした手法に注目した時に見えてくる物語を読み解いた。

 第六章「「かげろふの日記」論―古典の翻訳」では、古典の翻訳という方法に視点を置いて、堀の王朝小説「かげろふの日記」を読み解いた。堀辰雄が『蜻蛉日記』上中巻の記事を構成する文を、一語一語なぞるように現代語に置換して「かげろふの日記」の文を作り出す方法を、一種の翻訳行為として捉えた。特に人称詞の変換過程に注目すると、堀が「私」、「自分」という自称詞、「あの子」、「あの方」という他称詞を原文に付加・原文の単語を変換する形で「かげろふの日記」の文を作り出す様が見えてくる。こうした文の生成によって、中年の一女性が過去に起こった男性との関係を回想して書き記す文体を、堀が王朝女流日記の翻訳を通じて獲得したことを論じた。

 第四部「『風立ちぬ』論」では、ここまでの堀の翻訳から小説への展開を踏まえ、堀辰雄生涯の代表作『風立ちぬ』を論じた。第七章では作品全体の構造の分析をし、第八章では作中におけるリルケ作品の翻訳に注目する形で最終章「死のかげの谷」を論じた。

 第七章「『風立ちぬ』論―小説の時間」では、『風立ちぬ』を「序曲」と「冬」という二章の関係性に視点を置いて読み解いた。従来、『風立ちぬ』は連続する五章仕立ての小説だと自明視されてきたが、そのように読むと同作の特異な時間構造を見落とす。『風立ちぬ』前半三章における時間性と後半二章における時間性の差異を分析し、こうした時間性の差異が、作中作という構造によってもたらされていることを指摘した。前半三章が「私」によって書かれた時間、後半二章が「私」が書く時間という構造的な断層が作り出されることで、婚約者の死を書くことで生きる小説家というアンビヴァレンスが作中で内在的に解決されていることを指摘した。

 第八章「『風立ちぬ』論―「死のかげの谷」におけるリルケ翻訳」では、『風立ちぬ』最終章の「死のかげの谷」に視点を置いて同作を読み解いた。「死のかげの谷」に引用されるリルケ「鎮魂歌」を堀が何度か翻訳していることに注目し、訳文の分析を行った。『風立ちぬ』では、リルケ「鎮魂歌」が「私」から節子に呼びかける時の口調と合致するように訳されていることを指摘した。そのような「鎮魂歌」が「死のかげの谷」に引用されていることの意味を論じた。

 「補論 堀辰雄旧蔵洋書の調査」の第九章「アポリネール関連書物」、第十章「ラディゲ関連書物」、第十一章「コクトー関連書物」では、神奈川近代文学館蔵堀辰雄旧蔵洋書の書き込み調査を報告した。アポリネール関連八冊、ラディゲ関連五冊、コクトー関連二十三冊の計三十五冊の書き込みの有無を調査した。堀辰雄が自身の小説に取り入れた箇所に下線を引いていること、訳出した詩の本文に折り込みや印、同じく巻末目次に印があること等を明らかにし、書き込みの時期が不明だった堀の旧蔵洋書が堀最初期に読まれたものである可能性を指摘した。また、堀がこれらの洋書の読書に用いたフランス語の辞書の推定、単語の訳を書き込むなど書き込みのあり方の分類、添付された書店票等の補足的な情報を報告した。

 以上、全四部、本論八章と補論三章を通して、堀辰雄の翻訳から創作への軌跡をたどった。本研究は、堀辰雄の翻訳行為と創作行為の連関に視座を置いてその営為を創作史に沿って分析し、堀が異言語を通じた文体生成によって、昭和前期のモダニズム文学において占めた位置と達成を明らかにした。