前期サルトルの芸術哲学 ――想像力・独自性・道徳

森 功次

本論はジャン=ポール・サルトルの前期思想を、「芸術哲学」の観点から考察するものである。

本研究のもつ方法論的特徴のひとつは、サルトルの美学思想を哲学的著作の中から考察しようとするところにある。つまり本研究は、サルトルが残してきた個々の批評文や文学論ではなく、『想像力の問題』(1940)や『存在と無』(1943)といった哲学的著作の読解を通じて、サルトルの芸術観を明らかにしようとする試みである。

また本論は、サルトルの思想を時系列順に追うという構造をとっている。サルトルの議論を時系列順に跡づけることで、サルトルの思想のなかにあるいくつかの理論上の変化・発展を明らかにすること、これが本研究の大きな目的の一つである。

考察の範囲は、初期著作から1952年の著作『聖ジュネ』までに限定してあるが、そうした限定をかけたのは、サルトルの政治思想との兼ね合いからである。後期サルトルの芸術論を考察しようとすると、同時期の政治活動や社会学・人類学的知見からの影響を考慮に入れることが不可欠となるが、そうした諸ファクターをすべて考慮にいれることは、本研究の範囲を超えている。よって本研究は、考察の時期を前期までに絞り、主に想像力論や道徳論との関わりにおいてサルトルの芸術論を描き出す。

もうひとつ述べておくべき方法論的特徴としては、本研究は、サルトルの思想をより明確に描くために、随所で現代英語圏美学(いわゆる分析美学)の議論を補助線として用いている。とりわけ芸術作品の存在論をめぐる議論(第1章)や、不道徳作品の評価の仕方をめぐる議論(第5章)において、こうした補助線の引き方が、これまでの研究にはなかったサルトル読解を可能としている。

 

本論文は5つの章から成る。

第1章では、まずサルトルの芸術思想の根幹をなす初期の想像力論、とりわけ『想像力の問題』(1940)を取り上げる。この章では、サルトルの美的経験論が想像経験と不可分であることを示しつつ、以下のことを主張する。[1]サルトルのいう美的経験は、「心的イメージ」ではなく、「想像的なもの」という概念によって理解されねばならない。[2]サルトルは「想像的世界」の存在を認めてはいない。[3]サルトルの考える芸術経験とは、夢のような完全な幻惑経験ではない。[4]「芸術作品とは非現実的なものである」というサルトルの主張は美的経験論として読むべきである。[5]また『想像力の問題』では美と倫理的価値が別種の価値として語られているが、その主張から、美学と倫理学とが無関係な学問だという結論を引き出すべきではない。

第2章では、『奇妙な戦争』(1939-40)と『存在と無』(1943)の議論を読み解きつつ、サルトルの中で起こった価値論の変化について考察する。若きサルトルは、芸術創造を人生の唯一の意味とみなす価値論を採用していた。若きサルトルは芸術的傑作を創ることで人生の意味を確保しようという「芸術による救済のモラル」を保持していたのである。またこの時期のサルトルが抱いていた芸術論とは、恋愛における誘惑を理想とするような、他者を幻惑しひとつの状況を経験させようとする芸術論であった。そこで理想とされていたのは自分が創りだした世界によって相手の意識を虜にするという、いくぶんロマンチックな芸術経験であった。だが『存在と無』の頃になると、サルトルは「救済のモラル」を放棄し、しだいに価値の現実主義・個別主義に移行する。そこで採用されるのは、いわゆる「実存主義的」で個別主義的な価値論である。『存在と無』において、価値とは、どこかにア・プリオリに存在するものではなく、各人がそれぞれの事実性を背景に、それぞれ創出していくものなのである。こうした価値論において、われわれは主体性を維持したまま価値を共有することはできない。こうした価値論の変化をうけて、芸術論も悲観的な色彩を帯びるようになる。『存在と無』において、芸術創作は世界の我有化の一手段という位置づけを与えられているのだが、そこではもはや芸術には、観賞者に状況を伝達する手段という位置づけは与えられない。むしろ『存在と無』の存在論にしたがえば、作品を介した状況の共有は不可能なのだ。価値論の変化は、サルトルの芸術観にも、重要な変化を与えているのである。結果、『存在と無』の芸術論では二つの挫折が示されている。すなわち、ひとつは〈即自対自であろうとする企て〉の挫折、もうひとつは〈相手の自由を幻惑によって完全に支配しこちらが望む状況を実感させようとする企て〉の挫折である。

第3章以降では、とりわけ道徳論との関係に着目しながら、サルトルの芸術思想を読み解いていく。まずは第3章で『文学とは何か』(1947)を取り上げる。『文学とは何か』では、理想的な読書像とそこに含まれる道徳的態度が語られているが、そうした理想論レベルの主張は、そのあとで述べられる、現代社会の抑圧的状況をふまえたアクチュアルな提言との対比で読まれなくてはならない。この時期サルトルは、文学作品を、抑圧の残る社会を乗り越えるための一手段として捉えている。つまりサルトルは、この時期、いわば文学の利用性を重視する立場をとっているのである。抑圧的状況を大衆に伝えようとするとき、散文作品のもつ精確な伝達能力は、他の絵画や音楽といった他の芸術作品には無い重要な機能となる。この機能を活かして、読者たちに社会変革へと向かうモチベーションを喚起させよ、という実践的アドバイスをサルトルは送っているのである。一方、こうした議論の中では、『存在と無』の頃とは一転して、「普遍性」という概念が用いられる点は注目に値する。美的経験は、その「普遍性の感覚」を与えるための重要な役割を担わされているのである。

第4章では、『道徳論ノート』(1947-8頃)を読み解きながら、この時期の道徳論において芸術というファクターが果たしている役割を明らかにする。サルトルは芸術作品を介した「作者-観賞者」の関係を、人間関係の理想的モデルとみなしている。この時期サルトルが構想していた道徳論は、芸術モデルの道徳論なのだ。本論ではまず、「懇願」「脅迫的要請」「呼びかけ」という三つの行為に着目しつつ、サルトルが『道徳論ノート』において、『存在と無』を乗り越えた新たな他者論に向かっていることを示す。そののち、さらに「独自性」「創造」という観点から、『道徳論ノート』における芸術論を析出する。この作業を通じて本研究は、サルトルが、〈絶対経験の挫折〉と〈そこに錯覚的に感じられる絶対の印象〉という、両方の側面を抱える芸術論に至っていることを示す。

第5章では『聖ジュネ』(1952)の最終章で提示されている、不道徳作品を擁護する議論を検討する。サルトルはジュネの書いた不道徳作品に、不道徳な要素と、道徳的に価値ある要素の両方を認める立場をとっている。とりわけジュネ作品の道徳的価値を評価するとき、サルトルは、観賞者自身の道徳観を開示し突きつける、という「鏡」の役割に注目している。本論は、ジュネの作品を擁護しようとするその議論の内実を「想像的抵抗」という補助線を導入しつつ検討することで、不道徳作品が「鏡」としての機能の内実と、その機能を達成するにあたって美的経験が重要な役割を担っていること、を明らかにする。

 

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