方位刺激のコントラスト検出に関する心理物理学的検討

林 大輔

私たちが何かを見る時、そのもとになるのは網膜に映った光の像(網膜像)に含まれる視覚情報である。しかし視覚情報だけでは不十分であり、外の世界を見る上では「普通は外の世界はこうなっているはずである」という外の世界についての「知識」も非常に重要である。外の世界に多いものを優先的に処理したり、外の世界を知覚する上で重要性の低いものを抑制したりすることで、視覚システムは効率的に処理を行っている。そのような知識の利用は、物体認識に関わる視覚処理過程の第一段階である「局所的な方位の検出」においても見られる。物体の認識に重要であり、方位の処理が関わっているような、外の世界に多い特徴として「同一線性」がある。同一線性とは、方位が一直線上に並んでいることであり、物体の輪郭と大きく関わると考えられている。そのため、同一線性を持った刺激を検出することは、物体認識の第一段階として非常に重要な処理の1つだと考えられる。そして、周辺の刺激が同一線性を持つ時、局所的な方位の検出が促進される現象が、同一線促進効果(Collinear Facilitation効果:以下、CF効果)である。

 CF効果とは、上下に高いコントラストを持った縦縞(フランカー)があると、その間に呈示された低いコントラストの縦縞(ターゲット)が検出しやすくなるという現象である。CF 効果には、方位刺激の縞が同一線上に並ぶように呈示されることが非常に重要である。心理物理学実験から、CF 効果は比較的低次の視覚特徴に選択的であること、また、高次な処理過程も関わっていることが示されている。神経生理学実験からは、CF 効果が第一次視覚野(V1野)における方位選択性神経細胞の活動の変化と関係していることが示された。そしてCF効果のメカニズムについては、「1つのフィルター内の非線形加算」「複数のフィルター間の相互作用」「フィードバック情報の非線形加算」という3つのメカニズムが提案されているが、どのメカニズムがどのようにCF 効果に関わっているのかは未だ明らかでない。CF効果の機能的意義については、輪郭統合との関わりが指摘される一方で、輪郭統合との特性の違いも指摘されており、やはり未だはっきりとは分かっていない。すなわち、CF 効果がどのような心理学的・生理学的メカニズムで起こっているのか、その機能的意義は何であるのか、というのが、CF 効果の研究に残された大きな課題であるといえる。CF効果が関わるV1野における方位刺激の処理には、意識にのぼらせるための、視覚的気づきの形成に連なる処理の第一段階となることと、意識にのぼらなくてもよいような、自動的な処理によって効率的な情報表現を実現することという2つの役割がある。そのため、CF効果にはそのような複数の機能的意義があり、メカニズムについてもそれぞれが別々の役割を担っている可能性が考えられる。しかしこれまでの研究では、常にフランカーの方位がはっきりと知覚できる条件のみで実験が行われてきた。そのような条件では、方位刺激の持つ方位の情報が、視覚処理過程を通じて保持されているため、どの段階の情報がCF 効果に重要なのか、CF 効果におけるフランカーとターゲットの結びつきが視覚的気づきとどのように関係しているのか、といったことが明らかにできていなかった。そこで本研究では、知覚される方位を持たないフランカーを用いることで、視覚処理過程の初期段階のみで方位が検出され、情報が保持されているという条件で実験を行う。そして「視覚的気づきを形成することに連なる方位刺激の処理」と「無意識的で自動的な方位刺激の効率化処理」を切り分けることで、未だ明らかでないCF 効果のメカニズムや機能的意義を、これまでの研究を包括する形で明らかにすることを、本研究の目的とした。

 

 研究1においては、そもそも知覚される方位を持たないフランカーによってCF 効果が起こるのかを調べた。まず実験1では、同心円のフランカーを用いた際にCF 効果が起こるのかを調べた。この同心円は、V1野の方位選択性神経細胞を活動させうるが、特定の方位を持たないため、知覚される方位はない。実験の結果、このようなフランカーを用いた時にCF 効果が起こることが示された。次に実験2では、横の方位を持つ図形をフランカーとして呈示する条件が、ベースライン条件として適切であることを、フランカーを呈示しない条件と比較することで明らかにした。実験3では、フランカーとターゲットを右眼と左眼に分けて呈示することで、知覚的にフランカーとターゲットが一直線に並んでいるだけではCF 効果が起こらないことを明らかにした。最後に実験4では、一方の眼にフランカーを呈示した上で、他方の眼の同じ位置にマスク刺激を呈示することで、フランカーそのものが見えない時にCF 効果が起こるのかを調べた。一方の眼には特定の方位を持ったフランカーを呈示しているため、V1野の単眼性の方位選択性神経細胞は活動するが、他方の眼に呈示されたマスク刺激によって知覚的に抑制されるため、フランカーそのものの知覚はされない。実験の結果、そのような条件においてCF 効果が起こることが示された。以上の実験から、知覚される方位を持たないフランカーを用いても、CF効果が起こることが明らかとなった。このことは、CF 効果が視覚的気づきを必要としないメカニズムによって起こりうることを示しており、CF 効果が意識にのぼらなくてよいような自動的な処理段階において、方位の処理を効率化する機能的意義を持っていることが示唆された。

 

 研究2では、研究1で示された知覚される方位を持たないフランカーによるCF 効果が、どのような空間パラメータにおいて起こりうるのかを調べることで、知覚される方位を持たないフランカーによるCF 効果のメカニズムにアプローチした。同時に、これまでに提案されてきたCF効果のメカニズムについて、それぞれがフランカーの知覚される方位を伴うのか、という点をもとに、それぞれの機能的意義を考察した。まず実験5では、フランカーとターゲットの位相が異なるとCF 効果が起こらないか、非常に弱くなることが示され、同心円のフランカーによるCF 効果が、複数のフィルター間の相互作用によるものではないことが示唆された。次に実験6では、フランカーとターゲットの刺激間距離が遠くなると、縦縞のフランカーによるCF 効果は起こるのに対して、同心円のフランカーによるCF 効果が起こらなくなることが示された。そのため、同心円のフランカーによるCF 効果は「1つのフィルター内の非線形加算」によって起こっていることが示唆された。実験7では、フランカーとターゲットの刺激間距離が遠くなると、縦縞のフランカーが見える時にはCF 効果が起こるにもかかわらず、縦縞のフランカーそのものが知覚的に抑制されて見えないと、CF 効果が起こらなくなることが示された。そのため、刺激そのものが見えないフランカーによるCF 効果も「1つのフィルター内の非線形加算」によって起こっていることが示唆された。これらの結果から、知覚される方位を持たないフランカーによるCF効果が「1つのフィルター内の非線形加算」によって起こっていることが示された。このことは、1つのフィルター内の非線形加算によるメカニズムが、意識にのぼらなくてよいような、無意識的で自動的な方位刺激の処理の効率化に関与していることを示唆している。また一方で、「複数のフィルター間の相互作用」と「フィードバック情報の非線形加算」については、フランカーの方位に対する視覚的気づきを伴うものであると考えられる。そのため、これらは意識にのぼらせるための、視覚的気づきの形成に連なる処理に関わるようなメカニズムであることが示唆された。

 

 このように本研究では、知覚される方位を持たないフランカーを用いることで、これまでに考えられてきたCF 効果の3つのメカニズムが、それぞれ異なった機能的意義を持っていることを示し、これまでの研究を包括する形で整理することができた。

 

 総合考察では、本研究の結果が視覚に関わる様々な研究において、どのような示唆を持つのかについて考察した。まず本研究の結果は、知覚されない刺激特徴の情報が視覚処理過程の初期段階では保持されていることを示しており、それはこれまでの研究を支持する結果である。また、刺激に対する視覚的気づきがない時にどのような視覚処理が行われうるのかについて、新たな示唆を与えている。次に、知覚される方位を持たない刺激を用いた時にある現象が起こるのかを調べることで、その現象の機能的意義が、自動的な処理段階における効率化なのか、視覚的気づきの形成に連なる処理に関わるものなのか、という2つに大きく分けて考えることができることを示した。また、物体の認識に関わる視覚処理について調べた研究との比較では、刺激が見えなくとも輪郭統合という視覚的気づきの形成に連なる処理が行われていることを示すような先行研究の結果があり、そのような処理は方位に対する視覚的気づきを伴うとした本研究の結果と矛盾するように思われたが、それらの知見について適切な解釈を行い、包括的に理解できるものであることを示した。そして本研究の結果は、視覚処理過程において、意識にのぼるか否かにかかわらず、様々な処理において外の世界の知識が有効に利用されていることを示すものである。それぞれ異なる役割を持った様々な処理過程において、外の世界についての知識に基づいて視覚情報の処理を行い、視覚世界を構築することこそが、世界を「見る」ということである、というのが、本論文の結論である。

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