イデオロギーと「主体性」―第二次大戦末期ドイツ国防軍兵士の野戦郵便―

小野寺 拓也

本論文は、第二次大戦末期のドイツ国防軍兵士が何を考えながら戦い続けていたのかを、彼らが記した野戦郵便に基づいて、イデオロギーと「主体性」の観点から分析するものである。

1980年代までのナチズム・ホロコースト研究は主に、意図派・機能派という枠組みで展開してきた。意図派はナチ体制をヒトラーの意図や思想が上意下達され実現していく全体主義体制として捉えるのに対し、機能派は、こうしたヒトラー中心主義的な理解によって全ての責任がヒトラーに押しつけられて機能エリートたちの体制関与のあり方が見えなくなることを指摘し、ナチ体制の多頭制支配や政策決定の場当たり的性格を強調する。しかし両者ともに、研究対象は指導者レベルまでであり、ホロコーストに現場で関わった警察官や兵士たちのメンタリティ、あるいは、ホロコーストを積極的に支持したのではなかったとしてもそれを黙認させる土壌となった「普通の人々」の伝統的な反ユダヤ主義など、社会の基底レベルにまで掘り下げて分析が行われることはほとんどなかった。そのため、1990年代後半のゴールドハーゲン論争や国防軍展をめぐる論争で鋭く問われた動機と行動可能性の問題、決して少なくない人々がホロコーストや絶滅戦争に荷担した動機は何だったのか、そうした人々にはどの程度行動の余地があったのかという疑問に、十分に応えることができなかった。

90年代以降のナチズム・ホロコースト研究はこうした反省を踏まえて、ナチ体制に対する人々の協力・同意の側面を重視し、イデオロギーがその際に果たす役割を再評価した上で、「普通の人々」の体制協力のあり方をミクロな視点から浮き彫りにしてきた。本論文も大枠ではこうした90年代以降の問題意識に依拠したものではあるが、しかしその際イデオロギーはしばしば、反ユダヤ主義や人種主義といった「虚偽意識」とされるものへと限定されてしまったため、なぜそのような「虚偽」の意識が人々によって必要とされ、あるいは内面化されていったのかという問題が不透明なままであった。また、90年代の諸研究はともすれば体制への協力・同意を一面的に強調しがちであり、「被害と加害の重層性」が具体的に明らかになることがなかった。

本論文はそうした研究史の反省を踏まえ、戦友意識や男らしさ、暴力経験や被害者意識、ナショナリズムといった、ドイツに限らず20世紀の総力戦を経験したあらゆる国家が内包していた要素も考察対象に含めることで、いわば「世界観のフィールド」としての「広義」のナチ・イデオロギーを分析しようとする試みである。そしてそうしたイデオロギーのうち、どの要素が「普通の人々」によって受け入れられ、どの程度の裾野の広がりがあり、ナチ体制はどのような心性や政治的情動によって支えられていたのかを明らかにすることでナチ・イデオロギーそのものの性質を明らかにすることが、本論文の第一の目的である。

もう一つの目的は「被害と加害の重層性」を具体的に明らかにすることであるが、そのために考察の対象となる時期を第二次大戦末期、特に1944年以降に絞った。戦局が明確に敗色濃厚となり、「銃後」への空襲も激しさを増す中で、なぜ兵士たちは最後まで戦い続けたのか。なおも戦い続けることについて彼らはどのように考え、どのような意味を与え、あるいは正当化していったのか。そうした「自己動員」の問題として大戦末期のドイツ兵を考えることで、「被害と加害の重層性」における「主体性」とは一体どのようなものであったのか、被害と加害の両方の次元はどのように絡み合っているのかを、より明確にすることが可能になる。

 

序論において以上のような研究史の整理と問題関心の提示を行った上で、第1章では、第二次大戦末期のドイツ社会と国防軍の全体像を素描した。この時期についての研究がいまだ不十分であることを踏まえ、特に近年どのような視角から研究がなされているのかという研究史の整理を行い、本論文がどのように位置づけられるのか、その立ち位置を明確にした。

 第2章では、本論文で主たる一次史料として依拠する野戦郵便について、その史料としての性格、検閲・代表性というこの史料の問題点、野戦郵便の研究史について論じた上で、本論文が利用する野戦郵便が現在の史料状況の中でどのような位置を占めるのかを示した。

 第3章は事例研究であり、1925年生まれの若い無線兵が大戦末期にどのように軍隊・戦場を経験したのかを、①ナチ・プロパガンダ②上官③戦友意識④非自発性⑤「慣れ」⑥暴力経験⑦帝国主義的意識⑧敗北と報復への恐怖という8つの視点から分析した。

 第4章から第6章で、本論文の中心となる史料分析を行った。第4章では「戦友意識・男らしさ」の観点から、前半では「第一次集団」などの軍隊内の結びつきや断層を、階層、軍隊階級、一般社会と軍隊、宗派など多様な観点から考察した。後半では、「男らしさ」=「ハードであること」がどのような文脈で必要とされ、喚起され、時に内面化されるのかを分析した。第5章では戦場で遭遇した暴力経験や、個や「主体性」が奪われていると感じざるを得ない機会が多かった軍隊経験が、兵士たちにどのような影響を与え、彼らがどのような被害者意識をもつようになったのかを考察した。第6章は、ユダヤ人やロシア軍、連合国軍、占領地や現地住民などの敵・他者イメージと、ヒトラー、祖国、「ドイツ民族」、故郷や家族などの味方・自己イメージを分析し、その両者の相関性を明らかにした。

 

 本論文の分析成果は以下のように総括できる。

 まずイデオロギーに関しては、ナチ・イデオロギーの中核的要素である人種主義や反ユダヤ主義、反共産主義が兵士たちの手紙において記されることはほとんどない。むしろ、スラヴ人やイタリア人に対する伝統的な蔑視、ロシア軍に対する恐怖心や敵愾心が支配的であり、絶望的な戦況にあっても敵に対して徹底的に戦うという意思は、「典型的な」ナチ・イデオロギーの経路を経ずとも調達可能であった。たとえ現地住民との実際の交流によって肯定的な印象を得たとしても、蔑視が変わることはなかった。なぜなら蔑視は、文化的・精神的であり生活水準が高く清潔で、義務観念や秩序意識を大事にするという「ドイツ人らしさ」のネガとして、自己意識と常に表裏一体の関係にあり、そうした認識枠組みの中にしっかりと根付いていたからである。

そうした肯定的な集合的主体が存亡の危機にさらされているという強い被害者意識も、決定的に重要な役割を果たした。「お偉方」や一部のナチ党員に全ての責任があるとされ、「ドイツ民族」自体には何ら責任がないという、純粋無垢の「可哀想なドイツ人」というイメージが兵士たちの心を捉えた。多くの兵士のドイツ人としての自己認識は、「文化国民」「文化民族」という伝統的なものではあったが、無事に生き残るためには闘い続けるしかないという「運命共同体」的な諦念、「平和を愛し」「何も罪を犯していない」自分たちを理解しようとしない「他者」への憤りや被害者意識、肯定的な自己イメージの裏返しとしての他者への蔑視、「ハード」に闘い続ける「ドイツ」という集合的主体への自己同一化など、歴史主体のさまざまな思いを吸収していった結果、戦闘を継続させるモチベーションとして十分な機能を果たすことになった。

 また、「血と土地」、「生存圏」といった範疇で兵士たちが何かを語ることはないものの、広い意味での帝国主義・植民地主義的なメンタリティや、生活実感に根付いた経済的アウタルキーという見方は幅広く見られる。兵士たちにとって、ドイツ本国や自分の家族を支えるために占領地から経済的に収奪するというのは自明のことであって、ドイツがこうした地を占領していることが自分たちの生活に直結しているということを、兵士たちはよく理解していた。また、どこで略奪をしてよいか、どこはしてよくないかということも熟知しており、してよいと判断した地域では「私的」な利益を追求する兵士も存在した。

兵士たちの手紙からは軍隊的なるもの、戦友意識、暴力に対する熱狂的な支持はあまり見られず、むしろそのいずれに対しても、意識的な拒否反応が極めて強い。彼らにとって兵士は自ら選んだ職業ではなく、「本意ではない人生を強いられている」という意識が根強く、民間人としてのアイデンティティは根強かった。しかし、戦場において生き延びていくためには相互依存が不可欠であったし、特殊兵科がもたらす「やりがい」、昇進や勲章で周囲から得られる社会的承認、最前線での戦いに参加したいという願望、兵士でなければできない経験があるという認識など、さまざまな兵士たちの思いが、軍隊や戦友意識に対する求心力をもたらした。さらに、軍隊経験や暴力経験は、たとえそれに抵抗感を持っていたとしても歴史主体を変容させずにはいられなかった。「ハード」になるという仮面をかぶり、あるいは自己を二重化するという解離を行ったとしても、結局は仮面の下にある民間人としての自己が浸食され、暴力に徐々に無感覚になっていった。

ヒトラーへのカリスマ的崇拝は、軍事的才能への信頼感や「神意」といった神秘性など典型的な崇拝に加えて、危機に瀕する「ドイツ民族」の統合の象徴として一体化する対象をヒトラーに求めようとしたり、とにかくヒトラーを信じることによって「ハード」になり現状を打開しようとする目的楽観主義といった人々の思いがあって、最後まで強い求心力を持ち得た。

 

 また、本論文によって浮き彫りになる「被害と加害の重層性」は、被害によって加害が自動的に生ずるというような単純なものではない。むしろ、「被害」という歴史主体の認識がまずあって、そこから自分に残された、あるいは許された「行動可能性」の中から可能な限りそれを埋め合わせ、取り戻し、あわよくば利得を得ようというところから、ナチ体制が戦争を継続していく上で必要な「自己動員」が生まれてくるという構造である。「行動可能性」は存在するが、しかしそれはごく僅かであるが故に、それをフルに利用しようとする。そこに、戦争を遂行していく上での大きな「下から」のエネルギーが生じた。兵営生活が息苦しいからこそ前線に行きたい、行動可能性が限られているからこそ、コネや出し抜き合いが横行する、鈍感・単調な軍隊であるからこそ「やりがい」といったものに絡め取られる、鈍感にならないと自己防衛できないから「ハード」さが喚起され、あるいは暴力に無感覚になっていくという構造には、無力、受動、防衛が、権力、能動、攻撃へと転化していく過程が端的に表れている。

 「強制共同体」である軍隊において連帯する「我々」も構築し得ず、「可測性」がほとんどなく、自ら能動的に非自発性を言い聞かせなければ精神的なバランスがとれないような状況にあって、他に頼ることのできる集合的主体といえば、それはドイツ人という極めて大きな「我々」(そしてその「ネガ」として不可避的に付随してくる「彼ら」)しか存在し得なかった。アトム化し、個人レベルで必死にリスクヘッジを繰り広げる個人と大きな集合的主体との連結。そのことは言い換えれば、「主体性の剥奪」が「過剰な主体」へと転化していく過程でもある。

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