現代ブルガリア語動詞における文法カテゴリーの研究-「相」の文法カテゴリーを中心として-

菱川 邦俊

本稿は現代ブルガリア語動詞の文法カテゴリー(とくに相カテゴリー)に関する研究である。

現代ブルガリア語の動詞体系は、形態と意味の点で極めて多様性に富んでいる。そこには、推論、伝聞、驚異などをあらわす「第二直説法」や9つの時制カテゴリーの存在など、他のスラヴ諸語にはない、いくつかの特徴がみられる。ブルガリア語の動詞体系は、ギリシャ語やトルコ語などの隣接する諸言語の影響を受けながら、古来よりブルガリア語が持っていた豊かな動詞体系に新たなカテゴリーを加えつつ発展してきた。他のスラヴ諸語が古い動詞体系を著しく簡素化してきたのに対して、ブルガリア語では、不定形など一部を除いて、ほぼすべての動詞形態と、その文法的意味を現在まで維持している。
動詞とは何らかの動作主による動作や状態を意味する品詞である。名詞や形容詞などの名詞類のように、文法的・語彙的意味を持っている。動詞は、語彙的な意味を変えることなく、語尾やその他の、たとえば複合的手段によって動詞の形態を変えることができ、動作主、その動作行為の行なわれる時、動作行為の現実性に対する発話者の態度などを表現する。この動詞の形態的変化を通じて、時制、法、相などのさまざまな文法的カテゴリーが実現されている。そして、これらの文法カテゴリーと、その意味する内容は、すべての言語において一様なのではなく、言語ごとに固有の特徴をもっているものである。
本稿が扱う現代ブルガリア語の場合は動詞の形態カテゴリーに関して、人称、数、相、体、時制、法の6つを分類しており、なかでも相と体のカテゴリーは、全ての動詞の全ての形態に関与する最上位の文法カテゴリーとされている。
これまでにブルガリア語の動詞研究の分野では体カテゴリーに関する議論はほぼし尽くされた感もある。ブルガリアではアンドレイチン、ストヤノフをはじめ、その次の世代ではスタンコフやパショフなど、ロシアではマスロフなどの研究がある。しかし、とくに相カテゴリーに関しては、この問題へのアプローチがブルガリア語動詞のなかで最も難解な部類に属するとされ、先行研究にもそのことが反映されている。
本稿では、現代ブルガリア語の動詞の文法カテゴリーに関する研究として、動詞の文法カテゴリーのうち、相と体の問題を中心に扱ってきた。それは、この2つの形態がすべての動詞形態に包含されているという現実があるためである。とりわけ拙論では、相のカテゴリー、なかでも特別な表示形態をもつ受動相を研究の軸に据えて、そこにあらわれる体との相関性、受動相の表示形態の特徴について取り組んできた。

第1章ではブルガリア語の動詞の文法カテゴリーの全体について具体的に記述し、その全体像に対する鳥瞰図を得た。そして、第2章では、現代ブルガリア語の動詞のなかで相カテゴリーと体カテゴリーがどのように捉えられているのかを考察した。とくに相カテゴリーがブルガリア語のなかでどのように捉えられ、解釈されてきたかを先行研究を通じて明らかにした。
19世紀以降、近代ブルガリア語において文法研究がはじまると、相は、他動・非他動、再帰・非再帰という、本来は動詞の意味機能カテゴリーに属する項目と、能動・受動という文法カテゴリーが並列され、混同されるなかで理解されていた。そしてその時代の文法家たちは相のカテゴリーに対して、能動、中動、受動、再帰など4-6項目を打ち立てていた。
20世紀に入り、ブルガリア語に対する本格的な研究が始まると、今度は他動・非他動の区別と能動・受動の区別を別のものとして捉える考え方が確立し、コストフやテオドロフ=バランなどが相カテゴリーに対して能動と受動の二つのカテゴリーを設定する。しかし、受動以外の再帰動詞や能動・受動の対立がない非他動詞の扱いを克服できなかった。
20世紀後半になると、アンドレイチンのようにすべての動詞に相があり、相の数を3つと定義する考え方と、ストヤノフのように相を能動・受動の2つに区分する考え方が出てくる。
相の数を3つと捉える考え方では、動作主・被動作主と動詞があらわす動作との関係から能動・受動に加え、動作主と被動作主が一致する再帰動詞(受動形態を除く)を中間受動と定義し、相カテゴリーを3つと捉えた。
それに対してストヤノフは受動形態以外の再帰動詞と非他動詞を能動に入れることでブルガリア語の相は能動・受動の2つであると定義した。
1980年代に入ると、ロシア語の規範文法(たとえば80年文法など)に倣って、ブルガリアでも科学アカデミーが中心となり規範文法書が編まれる。しかし、動詞に関する部分については、ロシア語の規範文法に比べ、ブルガリアのアカデミー文法はその内容に不明瞭な記述が多く、ロシアの規範文法ほど明確な定義がなされていない。とくに本稿との関連では、相の解釈をめぐり、本来、意味的に能動相に属するものを受動に分類しているようにも見受けられるものもある。
また、第2章では、現代ブルガリア語動詞の体カテゴリーについても概観した。体については、動詞の体形成の問題を取り上げ、完了化、不完了化のプロセスをみた。
完了化のプロセスは、何よりもまず新たな語彙的単位が形成され、同時に「体」という新たな文法的特徴づけを獲得する点を明らかにした。
たとえば、不完了体の本源動詞“пиша”に接頭辞の“за”を付けて“запиша”となると、「録音する」の意味になるだけではなく、完了体という、新たな文法的特徴も獲得する。
他方、不完了化のプロセスは、動詞の語彙的意味に関係せず、体形成の手段として機能するにすぎない点が明確となった。
たとえば、先ほどの完了体“запиша”から、対応する不完了体“записвам”を形成すると、その際に、新たな語彙的意味は獲得せず、たんに体のみが変わるのである。
ブルガリア語動詞の体の特徴の一つは、このような方法によって、接頭辞が完了化機能を持たないケースや不完了化接尾辞を付けずに不完了体動詞を獲得するケースを排除し、不完了化をとくに体形成プロセスとして一般化させた点にある。

第3章では、受動相を表示する諸形態に関して形態論的考察を行なった。
現代ブルガリア語の受動相は以下のような形態をもつ。
(1)非再帰能動他動詞+се
(2)過去受動分詞+繋辞(съм動詞等)
これらの形態は実際の運用はともかく、理論上、すべての時制、法において用いることができるとされている。
とくに第3章では、個々の形態を分けて、それぞれの形態が内包する問題点について考察した。
(1)の形態に関して問題となるのは、受動表示形態以外のсеとの関連性である。いわゆる再帰動詞との関連性が問題となるのであるが、第3章では、再帰動詞を意味用法の観点から検討を行なった。ブルガリア語では、ロシア語がそうであるように、再帰動詞を非他動詞と言明していない。それは、再帰動詞の分類に関するブルガリア語文法の伝統的な解釈が、その形態にсеとсиを区別していることも一因であろう。確かに“ЩесипишемпоЕ-майл.”「Eメールで(お互いに)やり取りしましょう」のようにсиが「お互いに」の意味でとれる場合もある。しかし、それ以外のсиを伴う形態では、必ずしもсе同様の意味機能は果たしておらず、むしろ再帰代名詞や助詞сиの要素が強く、再帰動詞として認識できるレベルにあるか、議論の余地がある。本稿では、この再帰動詞のсиの扱いについて与格性との関連で言及を行なった。
(2)の形態との関連では、現代ブルガリア語の分詞について検討を行なった。とくに受動分詞に関しては、過去受動分詞と体の相関性、非他動詞派生の過去受動分詞形、そして、過去受動分詞形と形容詞化の問題について考察した。
現代ブルガリア語では、完了体動詞からだけではなく不完了体動詞からも過去受動分詞を形成できる。たとえば、不完了体動詞“чета”「読む」からは、“четен”、不完了体動詞“пиша”「書く」からは“писан”のように。現代ブルガリア語に不完了体派生の受動過去分詞が散見される理由の一つは、現代ブルガリア語において受動現在分詞がほぼ消滅していることにあり、受動現在分詞が担う相対時称内の『同時性』の機能を不完了体動詞から形成される受動過去分詞が受け入れているためである。たとえば、“Гледамносенатаотвълнителодка.”「(私は)波によって運ばれるボートを眺めている」(※носената<不完了体動詞нося「運ぶ」の過去受動分詞単数女性・後置限定詞形)など。
さらに、ブルガリア語動詞のなかには、非他動詞から形成される過去受動分詞形がみられる。たとえば、非他動詞“ходя”から“ходено”など。アカデミー文法では、これらの形態を受動に分類しているのだが、ストヤノフのように、これらの形態を能動相に定義する研究者もいる。本稿では、これらの形態が受動相の意味ではなく能動的(非他動詞的)に動作が捉えられている点を明らかにした。
そして、過去受動分詞形とその形態の形容詞化の問題についての言及を行ない、ときとして、同じ形態が分詞としても形容詞としても機能する同形異義語が存在することを明らかにし、それらの違いに対する判断は文脈に頼らざるを得ない点について指摘した。

第4章では、ブルガリア人作家パヴェル・ヴェジノフの作品を通じて、現代ブルガリア語における、受動相を表示する2つの形態と体の相関を用法の観点から考察し、また、各受動形態と再帰動詞、過去受動分詞それぞれの間の関係性について、テクスト分析を行なった。
同じスラヴ語でもロシア語では、受動を表現する際にいくつかの制限がある。たとえば、完了体他動詞の受動相は、その受動形容分詞過去短語尾形をбытьの諸形とともに述語として用いる形態をとる(例:“КнигабылапрочитанаИваном.”「本はイワンによって読み終えられた」)。また、不完了体他動詞の受動相については、受動形容分詞過去(短語尾形)が一般的にないので、完了体の場合と異なり、その受動相は末尾に-сяの要素を加えることで形成される。ただし、この形態は、不活動体名詞を主語とする場合の3人称の表現のみに限られている(例:“ТекстчитаетсяИриной.”「本文はイリーナに読まれている」)。
第3章でみたように、ブルガリア語では、ロシア語にみられるような形態形成上の制限がなく、すべての時制から受動形態が形成できるとしている。しかし、それはあくまで理論上のことであり、テクスト分析を通じて実際の運用ではどうなのかを確認した。
相と体との相関では、とくに完了体動詞から派生する動詞がсеを伴う受動形態がみられるのか、不完了体動詞派生の過去受動分詞と繋辞の結合による受動形態はみられるのかに注目した。
その結果、完了体動詞から派生する動詞がсеを伴う受動形態に関しては、それと思しき箇所(“препишатсе”)がみられたが果たして受動形態といえるか疑問点が残ったため、問題点の指摘に留めた。
また、不完了体動詞派生の過去受動分詞と繋辞の結合による受動形態では、“рисуван”という、外来語起源の動詞から形成された形がみられたが、当該箇所では語義的な側面の点から不完了体を選択した可能性が考えられる点を指摘した。
体の選択という観点では、基本的にはロシア語の用法と類似する点が認められた。
ブルガリア語における伝統的な解釈において完了、不完了の双方の体から受動を形成することができると主張する背景にはブルガリア語の標準語を形成する過程において、形態論上の形式が先行したことが考えられる。20世紀後半の作家の作品に比べ、19世紀から20世紀前半の、標準語形成期の作家の作品にсе動詞の使用が多くみられたのはその証左の一つといえるだろう。
テクスト分析を通じては、そのほかに、сеを伴う動詞の意味の多様性や過去受動分詞と形容詞(含、受動分詞派生の形容詞)で、同形異義語が多い点が浮き彫りとなった。この、同形異義語が多いということは、形態以上に文脈の占めるウェートが大きいということでもある。

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