中国のテレビ放送における広告の発展と機能―批判的アプローチと実証的アプローチの融合への試み―

楊 霜

情報革命の嵐が時代を席巻する中で、世界のテレビ放送を取り巻く技術環境とメディア環境は大きく変容しつつある。テレビ放送のあり方をめぐる議論が盛んに行なわれ、そのなかでは産業組織の再編、経営方式の再検討など経済的条件にかかわる課題と現実の動きは注目される。テレビ放送の経済的側面に関する研究は、アメリカでは放送サービス、市場、産業組織に関する経済学的分析が進んでおり、体系的な研究成果が出されている。一方、日本のメディア研究界では、経済サービスとしての放送の特質を十分に認識する必要性があると強調し、放送の経済的側面、産業構造、財源問題に焦点を当てる研究が積極的に行われている。
中国のテレビ放送の経済的側面を見る場合、広告の導入と発展という歴史的変化に注目する必要があると思われる。中国のテレビ放送は国内社会の激動と世界情勢の急速な変化のもとで、重層的な変容が起こり、政府の厳しい管理下に置かれていた行政機関から次第に市場にさらされる事業体へと変質しつつある。その変容の最も重要な特徴の一つは、テレビ局現場は実際の経営活動に試み、政府管理機関はその活動の妥当性を判断し、認められる行為を規範化・法律化することである。いわゆる「実践から真の知見が生まれる」という中国指導層が提唱する方針の実践である。ここ20数年、テレビ局の経営活動において、広告は圧倒的なウェートを占めている。したがって、本論文は中国のテレビ放送の変容過程を経営方式の変化を軸に整理し、そのうえ、広告のテレビ放送における位置づけと役割の変化および広告経営の実態を考察する。それによってテレビ放送に取り組まれた市場競争のメカニズムの特徴をつかみ、市場競争体制の確立がテレビ放送に果たした役割とその機能の限界を分析する。
本論文は六章から構成される。
第一章では、世界のテレビ放送業界の揺らぎとその経済的側面に関する論議を踏まえ、中国のテレビ放送の経済システムの転換に着目し、上述の研究課題を設定し、広告経営的視点と批判的政治経済学的視点と結合した研究アプローチを提示した。
第二章では、テレビ放送の経済的側面と広告の機能に関する先行研究をレビューし、広告の機能の発揮と社会的コンテクストとの相互作用への理解の重要性、広告をシステムとして捉える視点などの示唆を受け、中国の広告産業の発展にある特殊性と関連研究の欠如を指摘したうえ、歴史社会的背景と広告経営現状との二つの視角により課題を論証する意義を述べた。
第三章においては、歴史軸の視座より広告産業の発達過程を辿り、テレビ放送における広告の位置づけの変化を軸としてテレビ放送の経済システムの転換過程と全体の変容を跡付けた。
広告の発達の条件として、①産業革命、大量生産制度の確立、②マスメディアの存在が挙げられているが、社会主義国家である中国では、この二つの条件に加え、③政治的・文化的環境も重要な条件であり、しかもこの条件は特定の時期において広告の発展に支配的な影響を与えていた。中国社会の急激な変容のもとで、広告産業は曲折した道のりを辿ってきた。1949年共産党政権が成立してから社会主義計画経済が確立されたため、広告産業は衰退する一方であり、10年近くの空白期さえあった。しかし1978年より実施された改革開放政策をきっかけに広告に転機が訪れた。80年代の回復期を経て、広告産業は市場経済の深化のもとで90年代を通して驚異的な成長を遂げた。さらに、21世紀の情報化・国際化の波に乗って、広告産業の発展は国内広告市場の開放、海外市場への進出などに踏み出す形で新しい時代を迎えている。
1979年にゼロからスタートした広告産業は2004年には1千億元を超えた規模を有している。また、2005年には、中国の広告支出総額は世界でアメリカ、ブラジルに次ぎ、第三位に躍進した。そのなかでは、テレビ広告費は10年連続でマスメディア四媒体のトップに据えている。広告は中国社会のあらゆる分野に浸透し、社会や経済に影響を及ぼす制度的な存在になってきて、テレビ放送の発展にとって重要な推進力ともなっている。
続いて第四、第五章では、事例研究の手法を用いて、広告経営活動における典型例を通して広告の発展がテレビ放送に与えた影響を分析した。まずは、唯一の国家クラスのテレビ局である中央テレビ局の広告入札活動を取り上げた。世界でも特殊的であるこの広告入札活動の全貌を考察することによって、入札が登場した背景、中央テレビ局の広告経営意識と実績、メディア、政府、企業の三者の関係の変化、そして中央テレビ局と地方テレビ局との関係などの状況を明らかにした。次は、省クラスのテレビ局による衛星放送チャンネルの経営戦略の代表例に焦点を絞って検証した。その結果、テレビ局の二重の役割(宣伝機能と商業機能)、テレビ局の広告活動に対する政府と企業の働き方、実践による模索の活発化といった特徴が見出された。
終章の第六章では、考察から見えてきた広告の発展と機能について総括した。
広告システムの確立を軸として見た中国のテレビ放送の変貌過程と広告経営実態を通して、中国のテレビ放送における広告の発展とその機能の発揮具合について、以下のことが言えると思われる。
1、広告はテレビ放送の外部環境の市場化を促進する
中国の広告産業は解放後一旦衰弱したが、79年に回復されて以来、驚異的なスピードをもって相当大きい市場規模を形成した。GDPにおける広告費の比率は、1980年の0.003%から2004年の0.924%という広告先進国の仲間入りの割合にまで達し、飛躍的な増加を見せた。このような急成長は中国社会の計画的経済から市場経済へ転換する過程を加速し、消費社会の形成に拍車をかける面では、大きな役割を果たしています。メディアとの関連の角度からみれば、広告の発展はテレビ放送を取り巻く外部環境の市場化を推し進め、競争体制を整えつつあります。
2、テレビ放送は広告メディアとして確立
中国のテレビ放送は国営事業体として発足し、かつて単一のイデオロギーを唱える国家の宣伝器具にすぎなかったが、改革開放政策のもとでその経済システムに広告が導入され、損益に自ら責任を負う体制に変わっていった。広告の導入はテレビ局の営利が許されない歴史にピリオドを打つ出来事であり、テレビ放送を企業化の道に導く一里塚的な意義をもつ重要な改革である。
広告産業の発達と市場経済の進展につれて、広告収入は次第にテレビ局の経営基盤の中心となり、90年代半ば頃、市クラス以上のテレビ局において、広告経営を中心とする経営システムがほぼ定着した。ゴールデンタイムの広告入札は、市場メカニズムを活用して、テレビ局の経済利益を最大限にした。また、広告市場における争奪戦の激化は、サービス・エリアの拡大の原動力ともなった。省クラス衛星放送が盛んになったのはその結果である。一方、新しい経済システムの定着はテレビ放送の市場化進展を速め、番組の内容と編成にまで根本的な変容をもたらし、多様なジャンルで人気番組が続々登場した。テレビ放送は広告メディアとして確立し、社会に対する影響はより多様化してきたのである。
3、広告依存システムの意義と問題点
広告がテレビ放送の経営基盤になったことは、テレビ放送における権力体制や力関係に変化をもたらした。以前のテレビ局が圧倒的な優位性・主導性をもつ状況から、広告主である企業ニーズや利益が重要視されるようになった。また、広告費が経営基盤になることは多チャンネル化のもとで視聴者がテレビ放送を無料かもしくは安い料金で利用できる前提である。その反面、広告の導入によって視聴率至上主義が進行し、番組の低俗化や広告主の番組への介入などの問題が浮上してくる。広告に代表される市場要素のテレビ放送に対する影響力は確実に増強してきた。しかし、中国の特有の党がメディアを管理する原則、広告産業の立ち遅れなどの歴史社会的条件のもとで、広告システムがテレビ放送に定着したとはいえ、広告主(市場)の影響力は国家のコントロールによって制約される部分があり、一定の範囲内に止まることも明らかである。
中国のテレビ放送の改革を含め、中国社会のさまざまな改革は、「石を探って、川を渡る」という大胆な試みを奨励する方法で進められてきた。その基本的な進みパターンは「実践探索――理論解釈――政策規範」である。広告はこのような社会的環境のなかで急速な発展を遂げ、テレビ放送事業の発達にとって根本的な推進力となり、テレビ放送のあり方を影響する重要な要素となってきている。

本論文は中国社会のダイナミックな歴史変遷過程を背景とし、テレビ放送における広告活動の発展と機能の変化を実証的に考察したものであり、その研究意義として下記のことが挙げられる。まずは、広告研究分野において、広告と社会との相互作用関係、広告とメディアとの表裏的発展関係を歴史的に考察したものとして、広告のシステム的機能を検証したことである。次は、中国の特別な社会環境におけるテレビ放送の変容の特徴を広告を中心とする経済的側面から系統的かつ実証的に分析したことである。そして三番目は、可能な限り大量的かつ信憑性の高いデータ資料を集めて実証性の高い論証を展開したことである。
一方、今後の課題として、広告経営の地域格差に対する考察と広告メディアとしてのテレビ放送に対するは消費者側の受容変化を視野に入れるべきであると思われる。

一覧へ戻る