意識的なステレオタイプ抑制の研究

大江 朋子

人は、特定のカテゴリに属する物体を認知する場合と同様に、特定の集団に属する人物を認知する場合、その集団に対するステレオタイプを利用し、円滑かつ適応的に情報処理を実行させる。しかし、物体の認知とは異なり、対人場面ではステレオタイプをそのまま利用できない状況がある。そのような状況で、人は、自分の思考、判断、行動にステレオタイプの影響が現れないように意識的に自己制御をする、すなわち、意識的にステレオタイプを抑制する(以下、ステレオタイプ抑制stereotypesuppression)ことがある。本論文の目的は、意識的なステレオタイプ抑制の内容と効果を包括的に理解することである。
ステレオタイプ抑制は、ステレオタイプの影響を制御する上で、一概に効果的な手段であるとは言えない。ステレオタイプを抑制した後には、通常よりも過剰にステレオタイプ的な反応が生じやすい。抑制後のリバウンド効果(reboundeffect)と呼ばれるこの現象が1994年にステレオタイプ研究で報告されて以来、ステレオタイプの抑制動機や抑制方略を取り上げる研究が急増し、それらが抑制後にどのような効果をもつかが検討されてきた。それらの研究により、ステレオタイプ抑制に関する認知過程が明らかにされつつあるものの、実験室実験の制約上、抑制動機や抑制方略の一側面にのみ焦点を当てている。ステレオタイプ抑制の全体像を把握するためには、まず、抑制動機と抑制方略の種類を包括的に抽出し、次に、抑制動機と抑制方略の関係を明確化する必要がある。また、それぞれの動機や方略が抑制後にどのような帰結をもたらすか、そして、なぜそのような帰結が生じるのかを検討する必要がある。本論文では、これらの点を明らかにするために実施した調査研究(第一部)と実験研究(第二部)を報告した。
第一部では、導入にて、ステレオタイプ抑制の情報処理モデルを検討してきた研究を概説した後、以下の3つの研究にて、ステレオタイプの意識的な抑制を抑制動機と抑制方略に区別し、動機と方略それぞれの内容を検討した。
研究1では、大学生47名の自由記述から、女性ステレオタイプを抑制する際の動機と方略を質的に分類し、先行研究との対応を議論した。
研究2では、質的分類の結果をもとに、女性ステレオタイプの抑制動機と抑制方略を測定する尺度を作成し、大学生390名にその尺度に回答してもらった。探索的因子分析の結果、女性ステレオタイプの抑制動機として偏見否定動機(偏見を否定し個人を尊重しようとする動機)と規範・関係維持動機(社会規範や相手との関係性を維持しようとする動機)が抽出された。抑制方略としては、回避方略(相手への関与や潜在的な問題状況を回避する方略)と接近方略(相手について積極的に考えようとする方略)が抽出された。パス解析の結果、規範・関係維持動機は回避方略の採用傾向を高めており、社会規範や関係性に配慮しようとする動機が、ステレオタイプに関連する問題や相手への関与を避ける方略につながることが明らかになった。一方、偏見否定動機は回避方略の採用傾向を低め、同時に、接近方略の採用傾向を高めており、個人を尊重しステレオタイプを否定しようとする動機が、問題を回避せずに、積極的な対処をとるという方略につながることが明らかになった。研究2では性差別主義傾向も測定しており、性差別主義が、偏見否定動機と負の相関に、男性回答者の規範・関係維持動機と負の相関に、女性回答者の回避方略と正の相関にあることが示された。これらの結果をもとに、どのような抑制がステレオタイプ活性化の促進と低減につながるかを議論した。
研究3では、大学生728名が高齢者ステレオタイプの抑制動機尺度と抑制方略尺度に回答した。探索的因子分析の結果は研究2と同様であり、抑制動機として偏見否定動機と規範・関係維持動機が、抑制方略として回避方略と接近方略が抽出された。パス解析の結果も研究2と同様であり、規範・関係維持動機は回避方略の採用傾向を高め、偏見否定動機は回避方略の採用傾向を低めると同時に、接近方略の採用傾向を高めていた。また、新たな知見として、規範・関係維持動機が接近方略の採用傾向を高めることが示された。高齢者に親切に接するといった社会規範のあり方や、高齢者を身内として考えるといった相手との関係性が、この経路の有無を規定している可能性がある。
第一部を通して、これまで個々に扱われてきた複数の抑制動機と抑制方略を集約し、その関係を把握することができた。また、概して、規範・関係維持動機は回避方略の採用を、偏見否定動機は接近方略の採用を促進することが明らかになった。
第二部では、まず導入にて、ステレオタイプへの接近可能性(ステレオタイプに関連する概念がどの程度利用されやすい状態にあるか)を扱うことの重要性を説明した上で、ステレオタイプへの接近可能性に影響する要因を概説した。その後、以下の3つの実験で抑制方略を操作し、どのような抑制方略がなぜステレオタイプへの接近可能性を増減させるのかを検討した。ステレオタイプへの接近可能性の測定には、語彙決定課題(lexicaldecisiontask)を用いた。
研究4では、認知操作の側面から第一部で抽出された回避方略と接近方略の影響を実験的に検討するために、それぞれ、集団置換え抑制と特性置換え抑制という認知操作を導入した。集団置換え抑制は、ステレオタイプの問題から遠ざかり、ステレオタイプとは無関連の内容を思考の中心に据える認知操作であり、特性置換え抑制は、抑制対象である集団について積極的に考え続ける認知操作である。女性ステレオタイプを抑制対象としてこれらの方略を操作した結果、ステレオタイプへの接近可能性は、集団置換え抑制方略の採用後に高まり、特性置換え抑制方略の採用後に低くなった。さらに、これらの方略の実行時にどのような非ステレオタイプ特性が生成されているかを調べると、特性置換え抑制方略の条件においてのみ、抑制時にステレオタイプに反する特性語を生成するほど、ステレオタイプへの接近可能性が高まっていた。
研究5では、研究4の結果を受け、抑制時に生成する特性語の種類を直接操作し、特定の種類の特性語を生成することがステレオタイプへの接近可能性の増減につながるか否かを検討した。女性ステレオタイプを抑制する際に、ステレオタイプとは反対の意味の特性を非ステレオタイプ特性として生成させる条件と、ステレオタイプにも反ステレオタイプにもあてはまらない中立的な特性を生成させる条件を操作した。その結果、どちらの抑制方略でもステレオタイプへの接近可能性は高まり、抑制時に生成する特性語の種類にかかわらず、特性語の生成操作がステレオタイプへの接近可能性を高めることが示された。
研究6では、どのような抑制がステレオタイプへの接近可能性を増減させるのかを検討した。この研究では高齢者ステレオタイプを抑制対象とし、抑制時に非ステレオタイプ特性を生成させる条件を設け、このとき、抑制対象の集団と非ステレオタイプ特性との連結に注意を向けさせるか否かを操作した。その結果、対象集団と非ステレオタイプ特性との連結に注意を向けなかった条件(連結なし抑制)ではステレオタイプへの接近可能性が高くなり、その連結に注意を向けた抑制条件(連結あり抑制)ではステレオタイプへの接近可能性が高まらなかった。抑制後にステレオタイプへの接近可能性を決定する要因は、単にステレオタイプ特性を非ステレオタイプ特性に置換える認知操作にあるのではなく、そこで活性化される非ステレオタイプ特性を対象集団にどの程度連結させて考えるかに依存していることが明らかとなった。
研究6ではさらに、抑制操作がステレオタイプへの接近可能性に影響することの背景にある認知過程を明らかにしようとした。連結なし抑制の後にステレオタイプへの接近可能性が高まる理由は、抑制時の監視過程(ステレオタイプを利用していないかどうかを確認する過程)がステレオタイプを活性化させ続けるという従来の説明が当てはまる。ただし、第二部の実験では、監視過程が作用しても、抑制時に非ステレオタイプ特性を対象集団に連結して活性化させると、ステレオタイプへの接近可能性が高まらないことが示された。抑制後であるにもかかわらず、なぜステレオタイプへの接近可能性が高まらないかについては、抑止効果とファン効果(faneffect)が考えられる。抑止効果の説明では、特定の非ステレオタイプ特性がステレオタイプ特性の接近可能性を低減させる効果をもち、非ステレオタイプ特性が活性化されるほどステレオタイプ特性への接近可能性が低くなる。ファン効果の説明では、一つの集団に対して多くの特性概念を連結して活性化させることで、その集団に連結する特性概念の数が増え、その結果、概念間の干渉によってステレオタイプ特性と非ステレオタイプ特性の両方への接近可能性が低減する。研究6では、どちらの効果が支持されるかを検討し、どちらかといえばファン効果を支持する結果を得た。しかし、ファン効果を強く支持する証拠は得られておらず、ファン効果をより直接的に支持する結果を得ることが課題として残された。

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