後漢末士大夫像の構成過程からみた魏晉貴族制の形成

安部 聡一郎

いわゆる貴族制論爭の終結後その間に提起された諸々の分析概念の否定の上に出された「名士」は實際には先行する諸概念が問題としてきた士大夫の内面的な理念を重視する方向へと傾きつつあり、この觀點からすれば貴族制形成過程を總體的に再論していくためには士大夫の内面的な理念、さらにその發現形態の一つと思われる名聲がいかなる存在であるのかを檢討する必要があると考えられる。ここで考慮すべきはこの時代の歴史記述には編纂者の時代の状況が投影される場合があるという以前からの指摘である。特に正史・范曄『後漢書』は後漢滅亡後二百年余りを經て編纂されたものであり、かつ貴族制形成過程において重視されてきた理念や名聲が人間のある種の判斷によって構成されるものである以上、これに魏晉南北朝における後漢時代史理解の影響が伏在している可能性は高いと考えなければならない。本論は以上を踏まえ、特に基礎史料としての范曄『後漢書』の成立過程に注目し、その歴史的性格を捉えて分析を進めるための妥當な手法を考え(第一部)、その手法に基づいた貴族制形成過程の再檢討を行うことを目的とする(第二部)。こうした試みは、今まで貴族制形成過程を考える上で議論されてきた諸概念を捉え直し同過程の理解を深化させる上で充分な意味を持つだろう。
第一部ではまず後漢時代關係史料を取り卷く史學史的状況を檢討し、魏晉南北朝時代の史學史的状況から編者の思想・價値觀が記事自體に影響を及ぼす可能性が實際に存在することを明らかにし、各時代の言説を混淆させないために范曄『後漢書』に先行する各書の立場の違いを前提として比較檢討を行う手法を取るべきことを論じた。次いでこの考え方と手法の有効性を『後漢書』史料の比較から檢證し、『東觀漢記』から范曄『後漢書』に至る間に記事内容の變容と意味づけの變化があったという實例からここで試行した手法が作業假説として有効であることを確認した。
以上第一部における基礎作業をもとに、第二部では貴族制形成過程に關わる重要な史料を分析し、史料相互の關係や構造に立ち入ることでこの問題の再檢討を圖る。
第一章では黨錮の際の「天下名士の番付」の問題を論じた。「郷論關節の重層構造」の存在を具體的に示すものであるそれは、しかし本論の史料的見地から檢討すると主として三國末・西晉以降の議論をもとに形成され東晉以降現在知られる形に整理されたものであると考えられた。このことが提起する問題は多岐にわたるが、特に禮敎と中央の支配理念との複合によって成り立つ王法と士人と王朝との關係が主として第二章以降に關わっていく論點である。
第二章では郭泰の問題を取り上げた。淸流勢力の多樣性の象徴または全國的人物評價の主事者とされる郭泰は理念や名聲の歴史性と從來の諸概念の構成の再檢討の上で重要な位置を占めると考えられる。范曄『後漢書』は郭泰を聖人に比し得る人物評價者として論じるが、この點について范書に加えその評價を論じた蔡?「郭有道碑文」・皇甫謐『高士傳』・葛洪『抱朴子』・袁宏『後漢紀』をもとに郭泰の傳記・評價の論理構成を追い、次いで他の記事・佚文の比較を行った結果、郭泰は沒後當初は隱逸として評價されており、三國末から西晉を轉機としてその人物評價能力を聖人に比す評價が中心となっていったこと、その變化には同時代の隱逸をめぐる理解の變化があったことが明らかとなった。そしてこれと同期するように人物評價者としての郭泰が活動の場を廣げ、隱逸とは對比的に描かれるようになる記述が出現する。范曄『後漢書』の郭泰評價はこうした展開を引き繼ぐものであり、この點から人物評價者としての高い權威が廣く認められたのは實は西晉以降と見なさなければならない。
以上からは三國末~西晉が後漢末理解の上で轉轍點となることが窺え、かつ郭泰の評價は隱逸論の變化と深く關わっていた。第三章では同時期に注目しつつ郭泰と對比的に描かれるに至る「逸民的人士」と隱逸の關係を整理し、彼らが政治的な存在とされる儒家的隱逸の系譜に屬し、そして西晉以降、禮敎を通し王法の内の存在として仕官者と同等に位置づけられるに至ることを確認した。これは王法によって士を體制内へいかに回收するかの問題であると理解され、そこから所謂「逸民的人士」の西晉の正統性を證明する存在としての位置づけが窺い得る。最後に士の體制への回收と郷里社會の關わりを地方官・隱逸の祭祀から檢討した。三國魏で司馬氏專權が確立して以降、從來事實上放置されていた郷人による地方官祭祀に中央が關與していく事例がみられるようになる。こうした郷人による祭祀對象には隱逸が含まれる場合もあり、祭祀が敎化の手段としても機能したと考えることを踏まえれば、西晉國家が王法の先に郷人をも捉えようとしていた可能性を檢討することができる。これは今後檢討を要する課題であるが、史料の歴史性から新たな貴族制理解を切り開く切り口として追求していきたいと考えている。

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