日本古代の力役編成と地方社会の研究

新井 重行

本論文は、古代日本の支配構造を、雑徭制と古代の地方社会における力役編成の検討を通じて明らかにすることを課題とする。
律令国家は、調庸など物納による税と力役とによって支えられていた。力役のうち、国司によって徴発され、地方において使役されると説明される雑徭は、日本令においては、母法となった唐制とは大きく異なり、全ての課丁が等しく負担するものとして運用された。それゆえに地方社会における力役編成の実態について考察することは、律令国家による支配の浸透度を如実に映し出すものであると考える。
このような問題関心から、本論文では、特に地方社会における国務・郡務のあり方を復元し、雑徭制の展開課程の中に意義付けるとともに、そのような文書による行政処理を可能にした文化的背景などについても検討することを課題とする。
第一部「地方社会における力役編成」では、地方社会における力役編成と、その前提となっている社会構造について描き出すことを課題とする。
第一章では、雑徭制についての通説の整理を行い、本論文の関心に基づいて雑徭制の展開過程を概観し、とくに政府による雑徭の把握法に関して、いくつかの指摘を行った。
第二章では、第一章において大宝令成立ののち次第に雑徭に付加されると考えた地方社会における力役そのものに焦点をあて、出土文字資料を主たる素材として、郡以下のレベルでの徴税のあり方と、それを担った郡雑任について、起源と性格を明らかにすることを試みた。
第三章では、八世紀の東大寺領荘園、及び荘所遺跡とされる上荒屋遺跡出土木簡に注目し、郡内には複数の郡領層がおり、各々が活動の背景となる共同体を統轄していること、従って郡領による支配は一郡内に均質に及ぶものとは考えにくいことなどを指摘した。
補論においては、国司による浮浪人の把握法とその労働徴発の検討を行い、浮浪人は国司にとって把握しやすい存在であり、労働徴発に優先的に充てられることがあり得たであろうと述べ、前章における推定を補強することを試みた。
第二部「文字文化と下級官人」では、国務・郡務を支えた下級官人と文書行政との関わりについて考察した。
第一章では、習書・落書についての研究史を整理し、文字の習得と書体の習得の違いについて十分に注意が払われてこなかったことを指摘した。また、古代の習書の資料は、そのほとんどが書体の習得を目指したものであり、その背景として、統一された書体で上申文書を作成することが強く求められた状況があったことを推定した。
第二章では、下級官人の事務処理能力という視点から、東大寺写経所において、高度な帳簿の操作が行われていたことを確認した。大帳や正税帳などを作成する地方の官人についても、このような事務処理能力を有することを前提としてよいと思われる。
第三部「「東大寺開田図」の史料学的考察」では、正倉院に伝存する、奈良時代の東大寺領荘園を描いた「東大寺開田図」を検討の対象とし、その史料学的な考察を行った。開田図のなかには、越前・越中の東大寺領荘園の様相を絵画的に表現したものがあり、これまでにも荘園の比定地や荘園内の社会構成等を検討する史料として用いられてきたが、これを史料群として捉え、文書としての機能について一般化するという視角からの検討は不十分であったと評価できる。
第一章では、その描画の特徴などが文書としての機能の違いを反映したものであることを推定した。また、同年作成の布図と紙図があるものについて両者の詳細な検討を行い、その関係が正文と原寸大の下書きと考えられることを述べた。
第二章および第三章では、それぞれ「東大寺開田図」・「東大寺山堺四至図」を対象に模写の調査を行い、その史料としての性格を明らかにし、系統についての考察を行った。これらは従来検討がなされなかった模写の利用価値を定めるための基礎作業といえる。
本論文では、上記の三部の構成をとり、各々異なる視点・素材を用いて、雑徭制と地方社会での徴税における力役編成の検討を軸にその社会構造の復元を行い、併せて地方社会を検討する史料となる「東大寺開田図」の基礎的な考察を行った。

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