一九二〇年代中国近代詩における文学と国家の二重奏―風と琴の葛藤―

鄧 捷

中国の近代とともに出発した中国近代詩(新詩)は、中国近代文学全体と同様、国民国家建設という課題を内包する国民文学であった。また中国の近代のもう一つ大きな問題である「個」の確立も、同時に近代文学が担おうとする使命であった。中国の文学者たちは、常に「国家」と、「個」の表現としての「文学」の狭間で創作の営みを強いられる宿命にあった。言語に高度な洗練を要求する「詩」において、その葛藤はいっそう際だったものとなる。「愛国」と「文芸」(聞一多語)の共存を求める「詩」の姿勢は、時には小説や他の文学形式よりも鮮明である。
五四以後の様々な詩論を概観すると、国民国家建設という課題は、時には「国家」、「民族」、「大衆」、「生活」などの言葉で表されるが、それを表現することは常に詩の機能、詩人のあるべき存在を内在的ないし外在的に規範するコードとなっている。国民国家建設にあたって、「国家」と「個」の双方の確立は、相反しながらも一つに収斂せざるをえない問題であった。中国の詩人はある意味でジレンマを抱えたまま、理想の詩人像を追求し続けたのである。詩のあり方、詩人のあり方が語られる時、よく「琴」、「音盤」、「蘆管」、「蘆笛」などの比喩が用いられ、また音を発するこれらの「発声器」に影響を及ぼす存在として、外界や現実の象徴である「風」が常に意識されてきた。詩人が一つの発声器として如何なる内容を如何に歌うべきか、また個としての詩の表現と、現実、国家との関わりは如何にあるべきかという問題に関する様々な思考と実践の足跡を、私は「風と琴」の系譜と呼ぶことにする。小論は、このような個と国家の観念が葛藤し織り成す中国の近代を、主に一九二〇年代の新詩という文学の断面において描くことを目的としたものである。
第一章「新詩詩論における『人格』言説」では、個の解放と詩体の解放を迎えた初期の新詩における「個」の表現の問題について考察する。詩は貴族的であるべきか、平民的であるべきかという論争と、「詩人の人格」の主張に注目する。近代西洋思潮由来の「人格」概念は日本を経由して中国に伝えられたが、誕生したばかりの新詩を論じる際の一つのキーワードとなっていた。初期の詩論における「人格」の言説は、文学(新詩)という斬新な制度を用いて、「個」の思想と「国民国家建設」の理念を同時に語ろうとする知識人の努力の軌跡である。
第二章「『愛国』と『文芸』のはざまで」では、新格律派詩人聞一多の、タゴール批判に見られる「文学の現実性」の主張と、その前後における彼の唯美的文学観の矛盾に着目し、同様の問題が梁実秋や朱湘ら、清華大学(学校)・大江会・「新格律派」の流れに属する文学者、詩人にも共通に見られることとその意味を考察する。聞一多ら清華グループ詩人たちが展開した新格律詩運動は、「愛国」と「文芸」の共存への追求であり、近代国家としての中国を代表する、中国詩自体に即した白話新詩形の試行である。
第三章「一九二〇年代中国におけるタゴールの受容と聞一多の格律詩」では、二〇年代中国におけるタゴールの受容に注目する。タゴールの翻訳紹介を通じて、人間は対象ではなく自分自身を表現するという文学観を確立した鄭振鐸、人間タゴールに個としての「精神の自由」を見出し、彼の「不滅の人格」を讃える徐志摩、そして「国家」への強い関心からタゴール文学に異論を唱えた聞一多。タゴール訪中をめぐる賛否両論は、実は個と国家観念の衝突でもあった。しかし、聞一多を中心とした格律詩運動への徐志摩の参加により、「格律詩派」が「新月詩派」へと変容する様子は、成熟した「個」と「国家」との関係の一つの可能性を示していると考えられる。
第四章「日本留学生における「国民文学」論――穆木天」では、東京帝国大学で象徴詩と出会った詩人穆木天を考える。詩人の「内生活の真実の象徴」としての「純粋詩歌」を主張する一方、「国民」の生活と感情を表現する「国民文学」も提唱する。この二つの主張を詩において実現させる方法として、彼は「国民の生命と個人の生命が交響する」ことを提示する。彼の詩は、個人生命を象徴する「恋愛」と、「国民生命」を象徴する「故国」の二つのテーマが交錯する「交響曲」であった。穆木天の詩論は、象徴詩という最も前衛な文学様式を獲得し、それによって一個人の情念及び国民国家の理念を同時に表出しようとした試行である。
第五章「二つの国家に翻弄された詩人―江文也」では、植民地台湾出身の「日本人」音楽家・詩人江文也を扱うことにする。北京で執筆し戦時下の東京に出版された彼の二冊の詩集『北京銘』及び『大同石佛頌』を、同時代の日本人作家芥川龍之介の中国旅行記と比較することで、台湾・日本・中国という複雑な文化背景をもつ江文也の文化想像及びアイデンティティーの分析を行う。北京を訪れた当初の江文也は、芥川と同様なまなざしで王城北京を見つめ、中国の伝統文化に陶酔するが、彼の視線が景観から個体(人力車夫など)へと移るとともに、血統上の祖国中国の現実と民族の葛藤は重くのしかかってくるのであった。二冊の詩集は、「日本人」音楽家江文也が、二つの国家に翻弄される中、詩という、彼にとってのかりそめの表現形式に託した、個としての「心の声」=「志」ではなかろうか。

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