初期視覚系は,視野全体を隈なく処理することができるように配置された複数の特徴検出器で構成されることが知られている。これら複数の特徴検出器は視野のある範囲に提示された視覚情報をそれぞれ独立に,かつ並列に処理している。個々の特徴検出器が処理している空間的範囲は心理物理学的に同定可能なものであり,初期視覚系の特徴検出器は視野内の比較的狭い範囲に提示された刺激だけを処理していることが知られている。したがって,この仮定に完全に従うならば,個々の特徴検出器の出力は周辺の刺激の影響を受けないと考えられる。しかしながら,異なる視野を処理する特徴検出器間の相互作用によって説明できる知覚現象が報告されている。そこで本研究ではラテラルマスキングという手法を用いて特徴検出器間の相互作用を検討した。ラテラルマスキングでは,ガボールパッチと呼ばれる視覚刺激を使用する。ガボールパッチは正弦波格子に2次元ガウス関数をかけたもので,無限に続く正弦波格子の一部を滑らかに切り出したものである。ガボールパッチは空間次元で局在する刺激であるため,空間的相互作用にかかわる特徴検出器の数を可能な限り限定することができる。ラテラルマスキングでは,このような刺激を視野の中心とその両側に提示して,中心刺激の感度に対する周辺刺激の影響を測定する。この手法を用いて第2章と第3章では,とくに視覚的運動情報を処理する特徴検出器間の空間的な相互作用を検討した。実験の結果から,運動刺激を用いた場合で,適切な位置に提示した周辺刺激によって中心刺激に対する感度が上昇すること,中心刺激と周辺刺激が同一方向に運動する場合に中心刺激に対する感度が選択的に上昇すること,中心刺激の運動方向と周辺刺激の運動方向とが一直線上に並ぶような場合に,中心刺激に対する感度が上昇することなどの知見を得ることができた。また,第3章では,周辺刺激の刺激強度に応じて,中心刺激に対する感度が変化することを見出した。さらに,周辺刺激の強度が強い場合は周辺刺激が中心刺激に影響を及ぼす範囲が増大する傾向があることを示唆する結果を得た。第4章では,周辺刺激が中心刺激に対して最も影響を及ぼす両者の時間関係を逆相関法を用いて検討した。そして,中心刺激よりも時間的に先に提示した周辺刺激が中心刺激に対して最も大きな影響を与えることを示唆する実験結果を得た。第5章では,本研究で得られた知見から,運動視機能を担う運動検出器間の結合様式を推測し,さらに方位検出器をも含めた特徴検出器間の相互作用について論じた。