広東語の文末助詞

飯田 真紀

本稿は中国語方言の一種である広東語の文末助詞の体系的分析を行った。文末助詞は中国語諸方言に広く共通して見られるが、広東語においては高度に文法化されたカテゴリーとして位置づけられる。しかしながら先行研究では文末助詞というカテゴリー固有の機能やその体系性が十分に捉えられていたとは言いがたい。
本稿ではまず文末助詞の類固有の機能を、それが付く文(発話)に対して、発話者たる「私」と発話現場である「今、ここ」を離れることのない非自律的なテクストであるという指標を付すことであると考えた。次に数十個にも上ると言われる文末助詞の形式を、連用規則を主な根拠にA類・B類・C類・D類の順に生起する4つの類に分類した。
これら4つの下位類はそれぞれ文末助詞が付く文(言表内容)の異なる側面に対して作用する。A類の文末助詞“住、嚟、先、添”はどれも動詞や形容詞など語彙的意味を持つ語から個別に機能拡張・文法化を起こしてきた形式で、文末助詞体系の中では周辺的な類である。A類は文や述語が描くコトのあり方を表し分ける機能を持つ「コト目当て」の形式であり、それ自身、コトとともに文で述べられる事柄的内容の一部となるものである。A類には類内部での連用の仕方からさらに2類が区別され、統語的に前に生起する“住、嚟”はコトの時間的あり方を示し、後に生起する“先、添”はコトの関係的あり方を示す。
他方、B類からD類までの各類は、文の事柄的意味を作り上げる成分ではなく、文で述べられる内容(言表内容)に対する発話時の話し手からした様々な主観的態度―<言表態度>―を表す。
その中でB類の唯一の構成員であるg-はモノ化機能を持つ構造助詞“嘅”[ge3]が命題目当てに機能拡張したもので、命題をモノ化する。すなわち、命題の個別性を捨象することにより、命題を一般的で普遍的な性質のものとして提示する働きを持つ。次に、C類の構成員であるl-とj-とは事態に対する話し手の見立てを表す。基本的には文で描かれる事態に対して、l-はそれを「新しい状況」と見立て、j-はそれを「何らかの尺度において相対的に度合いが少ない状況」だと見立てる。その他に拡張的用法として、l-には話し手の認識変化表示の用法があり、j-にも発話の価値付け用法があるが、各用法を通じて見られるのはそれぞれ<変化>(l-)や<序列>(j-)の存在を捉えようとする話し手の見立てだと考えられる。
D類に属す形式は非常に多いが、文類型への生起状況と音声・音韻的特徴を手がかりにしてさらに下位分類された。大まかに言えば命題をめぐる話し手の認識判断的または行為実行的態度を表すものと、発話伝達プロセスへの話し手の関与の仕方を表示するものである。後者には多くの形式が存在するが、<発話活動役割(発し手/受け手)>、<発話の種類(声/情報)>、<情報伝達の方式(聞き手依存/非依存)>を指標に体系的に分類した。
以上の言表態度を表すB~D類の位置付けは次のようである。
まずB類とC類とを比べると、B類が命題の性質そのものを規定する点で客体的・素材的であるのに対して、C類は話し手による見立てという、より主観的・主体的な色合いが強い。そして、最後尾に位置するD類は話し手が言表内容をどのようなものとして発話の場に差し出そうとしているのか、実際に発話を行う段階における言表内容の表出方法を表し分ける機能を持つ。これと比べるとB類C類はいわば内容的側面に関与するものだと言えよう。したがって、本稿ではB類C類といった表出以前の内容目当ての作用を持つ文末助詞はそれだけで自足的に生起することはなく、何らかの有形(D類)・無形の表出方法を必ず伴うと考えた。

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