ベトナム市場経済下の国家所有制度と企業経営構造 ―国家、企業と労働者との関係の変化の分析―

NGUYEN THI LAN HUONG

国有企業改革については、「ビッグバン派」と「グラジュアリズム派」によって異なる主張がなされている。「ビッグバン派」は、所有権が明確に付与されている限り、それが誰に帰属しようと経済効率は達成されるという。実際には、国有企業・公企業の民営化によって、国家が企業活動への介入をやめ、企業資産は国家所有から民間所有に移転される。これに対し、「グラジュアリズム派」は、国有企業が市場経済に応じて改革を行い、急速な民営化が少なくとも移行期初期には不可欠ではないと主張する。ベトナムでは、「グラジュアリズム派」にしたがって、国家、企業および労働者の関係を調整しながら、国有企業に対する国家所有と企業経営構造を作り出している。
序論では、「ベトナムの市場経済における国家所有と企業経営の構造の形成」という問題を提起した。
本論は5部から構成される。第1部では、共産党と国有企業の関係を明らかにするために、ドイモイ以前の全人民所有制度の導入過程と国営企業の地位を考察する。第2部では、共産党の指導のもとで、ベトナムの社会主義指向の市場経済の特色を明らかにするために、国有企業改革に関する共産党の考えを考察する。第3部では、ドイモイ以降における、国家所有制度と国家所有権の行使目的を明らかにするために、行政機関、企業および労働者の関係の変化を考察する。第4部では、国有企業の株式会社化によって、国有企業における国家、企業および労働者の関係がどのように変化したかを明らかにするために、国家、労働者および企業の外部の投資家の地位を考察する。最後に、第5部では、ベトナムの企業構造と国有企業の改革のあり方について明らかにするために、現在の国家企業集団の形成と企業間の平等性について考察する。
ベトナムにおける国有企業改革に関する政策は、共産党によって決定される。共産党は、国際情勢の影響を受けて、国有企業の効率を向上するために、企業の利害関係者の利益を調整することに努めている。1990年代後半、政府が党の指導に従い、多数の国有企業を独資有限会社、また、株式会社に改組することを決定したが、この過程は、国有経済の私有化または国有企業の民営化概念を反映していない。国家は、国有企業の資本の100%あるいは一部の株式に対する所有権を行使し、行政による介入を縮小化するために、企業の経営権を経営者に委譲している。
本論の考察から、国有企業に対する国家所有制度の維持は、経済の発展のみならず、政治の安定化を目指していることが明らかにされる。国有企業においては「党機関と企業の分離」および「行政機関と企業の分離」がなされていない。国有企業の改組によって生じた公私混合企業は、多様な所有者によって所有されているが、「党機関と企業の分離」および、「行政機関と企業の分離」が徹底されていないのである。経営権は、党機関や政府機関に関係のある経営者によって行使されているのが現状である。会社は、法律のみにもとづいて運営されているのではない。
企業に対する国家の所有権の維持によって、共産党は、社会的な義務を果たすことができる。特に、共産党は社会全体を指導し、企業内の党組織の指導を実現することができる。国家所有制度の存在によって、一部の企業に国有資産の使用に関して優遇的機会を与えている。この制度については、まさしく所有者間の不平等および国有・民間企業間の不平等が生じている。
本論文が研究史上達成した成果とし、特に、次の3点を指摘したい。まず、第1に、本論文は先行研究と異なる方向へ展開するが、企業統治の実態上の問題点を踏まえながら国有企業改革における問題点を指摘し、政策の改善策を探っていることである。また、共産党と政府による国有企業の地位を歴史的に把握することに努めている。第2は、本論文が、企業における国家、企業および労働者の利害関係について政策上、法律上の観点を整理しながら、国有企業の存続という実質的意味を把握していることである。最後に、第3として、これまで、ベトナム国有企業改革に関するベトナム人および外国人研究者による研究は十分になされていなかった現状を鑑み、諸文献を系統立てて、新たに整理直し、検討し、実地調査で得た資料に基づいて事例企業を分析した上で、理論と検証を行っている点である。これによって、ベトナム市場経済下の国家所有制度と企業の経営構造の形成過程の全体像を俯瞰することができる。

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