本論文は、近代日本の一時期を画した文芸批評家であり思想家である保田與重郎の思想と方法に関する検討である。論文全体は第一部「保田與重郎の思想的背景」、第二部「保田與重郎の論理と方法」、第三部「日本浪曼派とその周辺」の全三部全九章から構成される。
第一部「保田與重郎の思想的背景」においては、保田の思想と方法が形成された同時代的な背景を検討した。第一章「イントロダクション――保田與重郎の問題機制」において、保田における一連の問題規制に関して簡潔な展望を行うことで、以下の個別の章に向けての円滑な導入を目指した。第二章「日本浪曼派批判の再構成――〈民衆〉という虚構」においては、保田の一九三〇年代の言説を中心に分析を行い、日本浪曼派の運動の一側面に関して、「民衆」概念の「民族」概念への分岐という観点から検討を行った。第三章「保田與重郎と〈民芸〉運動――〈沖縄〉というトポス」では、柳宗悦と保田の両者の「民芸」をめぐる言説、特に「沖縄」に関連した言説を具体的に比較検討しながら、保田の批評において「民芸」思想の占めた位置の評価を試みた。第四章「保田與重郎と〈差異〉――幻想としての〈郷土〉」においては、保田における「郷土」に関する思想を検討し、保田の「郷土」である大和地方に対する賛美の言説の背後に隠蔽された、一九三〇年代の日本における「差別」と「差異」をめぐる問題系を検討した。
第二部「保田與重郎の論理と方法」においては、保田の思想における論理と方法を、その古典論を中心に総合的に考察した。最初に第五章「保田與重郎の言説戦略――方法としての〈文学史〉」において、保田による日本浪曼派の運動の言説戦略の内実に関して、保田の「歴史」と「文学史」に関する認識を一つの軸として考察を行い、そこから新たな「日本浪曼派批判」に向けての論理の再構成を目指した。第六章「表象としての〈女性〉――保田與重郎の言説とジェンダー」においては、保田の言説における「女性」の表象と日本の「民族」の表象の関係性という問題に関して、保田の同時代「女性」論と古典文学論における「女性」像の構築のあり方をめぐって検討した。第七章「〈文学史〉の哲学――保田與重郎と〈古典〉論の展開」においては、『万葉集の精神』に代表される保田の「古典」評論における論理の構造を踏まえながら、保田の構想した日本浪曼派の運動の解明に関して体系的な展望を提示し、保田の方法の持つ可能性と限界を検討した。
第三部「日本浪曼派とその周辺」は、保田の戦後の動向と周辺の文学史的な問題に関して考察した部分である。第八章「保田與重郎の〈戦後〉――「絶対平和論」の再検討」においては、戦後のテキスト「絶対平和論」における保田の言説に関して、その一九四〇年代から一九五〇年代にかけての「近代」批判を一つの論点としながら考察を行い、保田における「戦後」の位相を検証することで、そこから日本浪曼派の運動に対する評価の再構成を目指した。最後の第九章「保田與重郎とその文学史的圏域――芥川龍之介と太宰治」は、芥川龍之介と太宰治という二人の文学者のテキストを取り上げ、近代日本のロマン主義的な志向の系譜を考察したものである。