本研究では、人々のパーソナル・ネットワークにおけるネットワーク他者の構成を社会的文脈と考え、その効果を検討することを通して、社会的文脈が人々に与える効果を検討した。この社会的文脈の効果のモデルとして、Huckfeldt(1986)の文脈効果contextualeffectモデルを修正して用いた。
修正文脈効果モデルでは、人々がネットワークから受ける効果を、認知的文脈効果と構造的文脈効果に分離した。すなわち、自らの置かれた社会的文脈の認知によって生じる効果と、認知とは独立に生じる社会的文脈の効果そのものを検討した。
疑似ソシオメトリとスノーボール・サンプリング法を併用した調査データを分析した結果として、第二、第三章では、人々の社会的・政治的問題に対する態度と知識量が、それぞれパーソナル・ネットワークにおける他者の意見分布と、他者の持つ意見の平均値によって規定されていることが示された。さらに、ネットワークの認知を統制しても、ネットワーク自体の状態が人々の態度を規定しており、知識量ではその傾向がさらに強かった。すなわち、人々は自らの社会的文脈を認知することで影響されるが、認知していなくても文脈そのものの効果を受けうることが示唆された。
第四、第五章では、文脈効果、特に認知とは独立した効果が存在することを前提とした上で、そのことが我々の社会にもたらす帰結を検討した。Huckfeldtら(Huckfeldt,2001;Huckfeldt,Ikeda&Pappi,2000)は、人々が政治的議論の相手として政治について知識があると認知した相手を選んでおり、さらにその認知が正確であること示した上で、人々はネットワーク他者から効率的に政治に関する情報を手に入れることができ、それによって自らの政治的意思決定の質を高めていると主張した。しかし、文脈効果は他者から受ける影響が非自覚的であるため、人々がコミュニケーション相手を選択していると考えていること、そしてそこから知識を獲得していることは、かならずしも質の高い判断を保証しない。構造的文脈効果によって、政治について知識のない、質の低い意思決定を行った他者から影響を受ける可能性があるからである。
本研究では、知識と関心が高い人々と、いずれかが欠ける人々の受ける文脈効果を比較した。その結果、知識量については、知識と関心の高い人々は文脈効果を受けにくく、むしろ知識と関心が低い人々に情報を供給している可能性が示唆された。一方で、態度についてはそうした文脈効果の方向性は確認されなかった。
このことから、人々は社会的・政治的問題について、情報に関しては構造的文脈効果の存在を考えてなお、質の高い情報源から情報を獲得しているが、その一方で態度に関しては、そうした垂直的な関係のなかで決定されているわけではないことが示された。この結果は、ネットワークが人々の判断の質を高める可能性を持つだけでなく、政治的エリートによってその意思決定が強く規定される、一種の「エリート支配」の可能性には否定的である。従って、文脈効果の存在は、民主主義的な政治システムにとって有用であると判断した。
しかし、第五章では女性が男性から知識量を評価されるとき、自らが有している知識量がほとんど考慮されないことが明らかになった。男性が女性から評価されるときには、知識が多いほど、女性から知識が多いと評価されるのに対して、女性が男性から評価されるときには、知識量とその評価の相関はほとんどなかった。
このことから、全体として考えたとき、文脈効果が民主主義的な政治システムに対してポジティブな効果を及ぼす一方で、特定の階層や社会集団に対して評価のバイアスがかかっている状況下では、そうした人々に対して不利益に働く可能性が示唆された。そうした人々は他者に影響力を行使することが難しくなり、世論形成における働きが小さくされる可能性がある。よって、ネットワークとその効果の帰結を検討する際には、その負の側面を常に視野に入れ、精緻に検討していかなければならないと結論した。
本研究はネットワークによって人々の態度、知識が規定されることを示したが、このこと自体は古くから多くの研究が共有してきた視点を継承するものである。しかし、そこに社会心理学的な社会的影響、特に被影響者にとって非自覚的な影響力を構造的文脈効果としてモデル化し、大規模計量調査の手法を用いて検討したことで、社会的影響が我々の社会にもたらすインパクトを検討することを可能にしたと言える。その結論は、容易に出せるものではないが、重要な視点と方法論を提供したと思われる。