論文の目的は,社会計画論の理論的枠組みを構築し,それを高齢者福祉の分野に適用して,最適福祉ミックスという社会のあるべき姿をもたらす方途を示すことである.まず,社会計画を立てるとは,「目的と期限とを明示して諸主体の社会的活動をあらかじめ決めること」であり,社会計画とはそのさいの決定事項である.さらに補足すれば「時間的・空間的な意思決定機会の統合」である.現実の社会計画や関連諸概念を整理するには,「計画内容」と「計画プロセス」,「計画する社会」と「計画される社会」,そして意思決定機会の「時間的な統合」と「空間的な統合」という対概念を用い,また,「合理性」・「公共性」・「自由」の諸価値の観点から,望ましい社会計画の在り方を探求するのが有効である.また,方法論的には「歴史信仰」の残滓と「社会学主義」とが計画概念をこれまで制約してきたと分かる.それらを脱するこの論文の立場は,「社会工学的立場」と呼ぶことができる.
原理的な問題は,社会計画の必要性であるが,これに答えるには,「各人による決定」では「誰にとっても望ましくない事態」さえ生じることを示せばよい.それは,「パレート劣位」で表わすことができる.また,時間的統合は意思決定樹で,空間的統合はゲーム・モデルで示せる.そして,ジレンマ・ゲームにおいては,「各人による決定」の結果であるナッシュ均衡がパレート劣位となる.そのような状況は現実に生じうるので,社会計画は必要と分かる.では,そのときに,ジレンマを脱することは可能なのか.第一に,計画を保障する外部機関の存在によって(非対称的な統合)か,第二に,計画される諸主体の「われわれ」による統合(対称的な統合)によって,それは可能となるが,両者とも,「囚人のジレンマの解消」という問題に帰着する.進化ゲーム理論を用いて「群間進化ゲーム・モデル」を構築すると囚人のジレンマは解消される.したがって,ある条件の下では,外部の機関が存在しなくても,「われわれ」による決定をなしうることが理論的に保証される.
次に,計画の目標水準について検討する.いわゆるゴールドプランの目標値は,合理的な「費用-便益」や「費用/効果」の基準によって決められてはいないが,われわれは,このような決め方を望ましくないとは考えない.それは,われわれが多元的価値を持つためである.すなわち,産出と投入とが同じ価値に準じていればその差を基準にするし,産出において代替的な計画が考えられれば,両者の比を問題にできる.そして,産出が,多元的価値のうち1つの価値を全て包括するような「価値包括的計画」では,産出と投入との絶対的な水準を価値判断によって決める方法がもっともなものと考えられるのである.
多元化が進む現状を人々はどう認識しているのであろうか.とくに旧来からの「社会民主主義的―自由主義的」という軸に人びとは固執しているかどうか.社会調査結果において,「高福祉か低負担か」そして「公営か民営か」の2項目をクロスさせると,高福祉かつ民営志向が少なからず存在している.そこで,合理的選択理論に基づきさらに「利己性」を仮定してモデルを構築する.すると,収入が高くリスクが大きいほど高福祉志向になり,収入が高くリスクが小さいほど民営志向になると予想できる.ここから,世帯年収は,「高福祉民営」志向で最高,「低負担公営」志向で最低となる,などの予測が導けるが,それらはデータで確かめられる.したがって,「民営を望む高収入の人々には社会保障を支える負担感が小さくそれゆえ高福祉を,と考える」と説明できる.同時に,人びとの社会保障制度についての意識は,平均的にみれば,合理的な計算によっても支えられていると分かる.
これまでの検討結果を,「福祉ミックス」の考え方を利用し,高齢者福祉に適用する.いま,「福祉ミックス」の規範的な面をとりあげ社会工学的立場にたてば,それを社会計画論的にとらえる途が開ける.多元的諸主体を「計画される社会」とし,それらの「空間的統合」の可能性が考えられるのである.福祉ミックスを合理性・公共性・自由の観点から再構築し,望ましい計画の在り方を検討する.まず,福祉ミックスの目的については,ある福祉提供量を確保したまま,各部門の提供量の比率を変え,総負担を最小化することとわかる.この計画を「包括的計画」としてみたとき,これは合理的な目的の表現である.また,人々の合理的な思考からみても,このような目的は承認されるであろう.次に,計画プロセスであるが,それについては,既存概念として「条件整備国家」がある.しかし,計画される諸主体の「対称的統合」も可能であろうから,多元的福祉提供主体自身がまず調整にあたり,それが公的機関と協力・対抗関係のもと並存するという構想をもつことができる.多元的主体によるパレート改善は,計画の目的に資するものでもある.このようにして,公共性が保たれるのである.そして,誘導の方法であるが,これについては,福祉の現状をあらためて観察すると,制度的な誘導によっては,諸主体がその独自性を失う可能性があるので,自由の損失を最小限にするには,経済的な誘導によるのが望ましいと分かる.さらに,このような計画の目的と誘導方法を,介護保険制度下における企業とNPOのミックスに適用する.市場モデルを基本に数理モデルを構築して,最適福祉ミックスをもたらすためにはどうすればよいか検討すると,NPOに何らかの優遇をしたほうが,最適福祉ミックスに近づくことを示すことができる.