ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは、社会学にはその対象である社会的事実のすべてを包括できるような理論枠組、すなわち「普遍理論」が必要であると主張し、さらに、彼の言う「システム理論のパラダイム転換」の結果である「自己言及システムの理論」を社会学のなかにとり入れることによって、社会学の「普遍理論」としての社会システム理論の構築を試みた。つまり、ルーマンによる社会システム理論の革新の中心にはこの「自己言及システムの理論」がある。こういったことから本論文では、ルーマンの種々雑多な試みを有機的なつながりにおいて把握し、さらに、ルーマン社会システム理論をさらに精緻化させたりあるいはその応用への道を拓いたりするにあたっては、彼の言う「自己言及システムの理論」の理解が鍵になると考える。
しかしながら、これまで多くのルーマン社会システム理論に関する研究が産出されてきているにもかかわらず、「自己言及システムの理論」と社会学理論とのかかわりは、これまでの研究においてなかなか明らかにされてはこなかった。その主な理由としては、ルーマンのテキストにおいて、システム理論的な用語の使用に際してその内容や背景の説明が欠けていることに加え、社会学の世界に「自己言及システムの理論」を理解する上での前提が欠けていることが挙げられるであろう。
以上のようなことを踏まえ、本論文では次のような特徴をもつ考察を行った。
1)ルーマンの言う「自己言及システムの理論」の「パラダイム」とは、結局のところどのような考え方を指し示しているのかを明らかにする。具体的には、1950~1970年代にハインツ・フォン=フェルスターを中心にイリノイ大学バイオロジカル・コンピュータ・ラボラトリに集った研究者たちを「自己言及システムのパラダイム」を担った研究者集団として指摘した。
2)「自己言及システムの理論」が社会学とどうかかわってくるのかを、ルーマンが「社会の普遍理論」の構築を目標としていたことを考慮に入れつつ、「コミュニケーションの自己言及性」という論点に着目する。というのは、ルーマンにおいては、コミュニケーションが社会システムを構成するとされており、また、コミュニケーション概念がシステム理論と社会学とを架橋するものとして位置づけられているからである。このような考えに基づき、ダブル・コンティンジェンシーの問題とかかわる行為概念とコミュニケーション概念との関係、コミュニケーション・メディア、社会と相互作用の分化、社会の機能的分化、進化、そして社会学的観察の問題といった、従来からある社会学のテーマをいかにルーマンが「自己言及システムの理論」の観点から捉えなおしているのか論じた。
3)ルーマンの研究営為はこれまで前期/後期などと区分されて解釈されてきたが、ルーマンの学問的キャリアを貫くものとして自己言及というキーワードを位置づけることによって、ルーマン社会システム理論に新たな見取り図を与える。
4)ルーマンのテキストにおいては、自己言及というタームがさまざまな局面、さまざまな水準で用いられている(「他者言及に伴われた自己言及」、要素・プロセス・システムという「自己言及の三つの水準」など)。このことをヒントに、ルーマンにおける自己言及概念の多面性を検討し、社会システム理論の今後の展開方向を考える。
以上のように、本論文ではシステム理論そのものの検討、およびシステム理論と社会学との関係の考察をつうじて、ルーマン社会システム理論を捉える新しい一つの視角を提供した。本論文のようなパースペクティヴはルーマン社会システム理論への可能なアプローチのなかの一つにすぎないのではあるが、ルーマン研究ではなく、ルーマンの企図を受け継いで「社会学的システム理論」としての社会システム理論の研究をさらに発展させていくという関心からみれば、他のアプローチに比して多くの利点をもっている。