母タントラの宗教性 —真理観と初期中世世界

杉木 恒彦

『八十四成就者伝』は行者の型を比丘、脱俗の行者、在俗の行者の三つに分ける。同書において中心的な役割を果たしているのが脱俗の行者であった。彼は伝統的な比丘僧院を批判し、民衆の中に歩を進め、サンスクリット語文学から独立した民衆語文学の発生に寄与し、それを担い、在俗の行者という型を発生せしめた。在俗の行者は、世俗の職業と世俗外的な瞑想の両立により、世俗の職業を維持したまま専門的聖職者・行者たちと同等の境地に達することができた。このような宗教はバクティズムとともにインドの新しい宗教のあり方であった。
また同書は比丘もまた比丘としての僧院内での日々と世俗外的な瞑想の両立により、比丘の生活を維持したまま成就を得ることができるという第二の比丘観を述べている。これによって同書は脱俗の行者のみならず、比丘・在俗の者たちにも成就の獲得を認めるという、成就の契機の平等性を唱えていた。このことは、同書の密教が階級差別をしなかったこととも合わせて、彼らの平等的真理観と深く関係していた。彼らは世俗外の平等性の論理を世俗内に持ち込む試みをしていた。
彼らの真理は‘世俗内の諸存在の起源であり、世俗内の諸存在(心性の顕現)として世俗内に遍在する世俗外的な、空にして一なる真実在としての心性’として描かれる。そしてその真実在は伝統的に無規定の性の恍惚境と結び付いていた。
インドには、性の恍惚境の感受であるカーマは(それが万人が経験でき、万人の内にあるという意味で)遍在しているという‘遍在するカーマ’の観念があった。彼らはその‘遍在するカーマ’は真理が世俗内に(本来平等の姿で)分別相として遍在した姿であるととらえた。これによって世俗外と世俗内の二世界の連続性が具体化し、世俗外の論理は世俗内の本来的論理として(少なくとも彼らにとっては)機能し得るのであった。このことと、あらゆる階級や生活スタイルの相違にとらわれないという実践倫理と、それが現実社会に具体化した具体的な行為は密接に結び付いていた。
このような、階層性、生活スタイルの相違性を無化する方向性によって特徴付けられる実践倫理の存在意義は、インドの社会経済史の変化との関係性の中で理解されるべきである。
農業生産拡大という当時の政策の中にあって、農民を中心とするシュードラ層の人口は増大し、彼らの重要性はかつてないほどになった。領主へと成長を遂げたバラモンや比丘僧院は彼らの成長を押さえつつ、彼らからの租税徴収を確実に行うために、自分たちと彼らの間の宗教的資質の相違を、彼らを直接の救済の儀礼の枠から遠ざけることによって正統化を行った。
このような時勢に、領主へと成長した聖職者(バラモン・比丘僧院)たちを批判しつつ、農民を中心とするシュードラなどの下層民に対し救済の道を与える宗教運動が起こった。その典型的な例がバクティズムと民衆密教であった。『八十四成就者伝』が比丘僧院批判を強く行っていること、同書に登場する成就者にはシュードラ出身の者が圧倒的に多いことがこのことを物語っている。バクティズムの指導者である新鋭のバラモンたちも、民衆密教の指導者である脱俗の行者も、シュードラなどの下層民に対してバラモンあるいは比丘と同等の宗教的境地への到達を認めたのであった。

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