第一部「近世後期江戸町方における空間管理と都市行政」では、都市空間の利用や管理における近世的なシステムが抱え込んでいた諸矛盾、諸問題について考察した。さらには、そうした問題に対処しようとした新しい都市行政の体制についても検討を加えた。
以下が、第一部の各章の内容である。
第一章「近世江戸町方の河岸地について-新肴場河岸地を事例に-」では、近世期江戸町方の魚市場を素材に、河岸地の占有権と水路浚渫=川浚負担との結びつきについて分析した。
第二章「近世江戸市中における道路・水路の管理」では、近世江戸の道路や水路の管理体制とその矛盾について考察した。
第三章「近世末期の江戸町名主と諸掛」では、天保改革を機に形成された新たな名主の組織について検討した。
以上、第一部の各章を通じては、矛盾を深めつつあった近世的な空間利用の秩序や空間管理体制、行政のシステムが、天保改革を契機に、その矛盾を表面化させて崩れ始めたり、あるいは、新たな体制づくりへの模索を開始する状況が明らかになった。今後は、近代的都市空間や行政システムへの移行を視野に入れながら、これら各章で扱ったテーマをさらに検討することが課題となる。
第二部「露店営業地と民衆世界」では、江戸の民衆世界の重要な構成要素のひとつである大規模な露店営業地について考察した。
以下が第二部の各章の内容である。
第一章「床店-近世都市民衆の社会=空間」では、近世期江戸町方各所の広場(広小路や防火用の空き地など)で営業する露店=床店(トコミセ)について検討した。
第二章「江戸町方の広小路における店舗営業と助成地経営」では、近世中後期、江戸隅田川にかかる新大橋の橋詰に設けられた広小路に展開する露店営業の場を具体的事例としてとりあげ、そのような場において人々が作り上げた諸々の権利関係について分析した。
第三章「床店と市場」では、近世末期の江戸町方、神田柳原土手通りにおける床店の古着屋と、同地に形成されていた古着市場について検討した。
第三章に付した補論「江戸東京の床店・葭簀張営業地」においては、江戸各所の床店場所や葭簀張営業地を概観し、また、第三章の補足として、柳原土手通りの床店場所の全体構造について分析した。さらには、明治初年、東京府による厳しい取締によって大規模な床店・葭簀張営業地が解体したことについて検討した。
第四章「城下町の近代化-都市民衆世界の動向に注目して-」では、巨大城下町内部において「自立的な社会=空間構造として成熟」を遂げていた民衆世界の近代都市社会における展開を追った。
以上、第二部の各章の考察においては、都市内部で自らが働き暮らすために必要な社会=空間をねばり強く作り上げていく小商人を中心とした民衆の存在が発見できた。