文学部のひと

 

文学部とは、人が人について考える場所です。

ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。

その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。

編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、

ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、

そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

 

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小島 毅 教授(次世代人文学開発センター)

第1の答え

夢中になっていること……夢の中で蝶になって舞い飛び我を忘れた荘子の心境にはまだ達していませんけれど、研究対象にしている儒教経典の注解書を読んでいると、時が経つのは忘れます。無我夢中になっているということでしょうか。先人たちが所与の聖典テクストに施した解釈、しばしば屁理屈とすら思えるその論理の展開を、感心しながら読んでいます。経学って今でいえば憲法解釈のようなもので、時の政権が御用学者に命じて自分たちに都合のいい学説を書かせたり、逆に政府批判を古言に託して婉曲に行う戦術として活用されたりしてきました。制約なく自説を開陳するのとは違い、ある縛りのもとで先人たちが知恵を絞った成果だけに、納得させられる説に出会うと快感をおぼえます。

社会的にはさまざまな問題があり、大学に奉職する身として、またひとりの人間として、何かしなければと思わせる事象が多い今日この頃ですが、古人のテクストに没入している時に、やはり幸せを感じます。

【上賀茂神社にて】

 

第2の答え

学生にどう伝えているか……「人文学は世の役に立たない」という月並みな批判に対して開き直って「無用の用」を説くこともありますが、それでは学生たち自身の慰めにはなっても、彼らが現に求められている事柄(奨学金・研究費の申請書、就職試験の面接での答弁、など)への具体的な助けにはなりませんよね。ですので大上段に振りかぶり、「経学を通じた思想史研究は現代社会の諸課題を外部から観察するのに有効だ」と講じています。自然界(と今ふつうに呼んでいるもの)を易学ではどう捉えていたか、過去の事件の記憶と記録について春秋学(東アジアの伝統的な歴史思想)はどう論じていたか、社会の秩序を保つ方策を礼学はどう説いてきたかなど、経学のなかから今に繋がる問題を拾い出して考えることができます。そのためには日々の作業としてテクストの読み方を習得し、それを今のことば(それが何語であろうとも)に直して他者に説明する訓練を積み重ねていく、そうした地道な営為こそが人文学の人文学たる所以だと強調するようにはしています。

自分が楽しいと感じることを自発的に研究する。気取って『論語』から引けば、「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや」に尽きるでしょうね。

 

小島 毅:
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