去る2010年4月10日,中国の北京大学において第2回PESETO人文学会議が開催され,北京大学,ソウル大学,東京大学の人文学系部局の代表が集まった.本研究科からは小松久男・人文社会系研究科長科以下8名の教員が出席した.同会議はソウル大学の発案で,2007年から隔年で開催され,日中韓三カ国の人文学の学術交流をめざしている.第1回目はソウルで開かれ,今回はその2回目である.
 同会議では「東アジアの文学と歴史における古典の現代的価値」というテーマが掲げられ,各大学代表の挨拶のあと,6つの研究報告と各報告に対する他国研究者からのコメント,さらに一般参加者との質疑応答が行われた.日本からは,古井戸秀夫教授と藤原克己教授がそれぞれ「歌舞伎の『三国志』」と「東アジアのなかの『源氏物語』」についての報告を行った.
 古井戸教授は,『三国志演義』のなかで五虎大将軍の一人として人気のある関羽が,日本人の間でもいかに愛され,歌舞伎や浮世絵などで翻案され続けてきた点について説明した.同教授によれば,歌舞伎『関羽』は,歌舞伎十八番のなかで「唯一,外国人の英雄豪傑を描く作品」であった.また二代目団十郎が『閏月仁景清(うるおいづき-ににんかげきよ)』のなかで演じた関羽は当時の江戸で人気を博し「四ヶ月のロングラン」となった.
 藤原教授は,国風文化の典型と考えられがちな『源氏物語』がいかに中国の古典文学を踏まえたものであったかについて,多数の例を引きながら明らかにした.この報告に対しては,北京大の厳紹璗教授から,古代東アジアにおける「文化共同体」の存在を証明したものであり,「21世紀の東アジア文化と文明の発展に貴重な経験」を提供したものだとのコメントがあった.
 このほかソウル大の徐敬浩教授は「〈三国演義〉における作者の役割」と題する報告のなかで,日本や韓国ではアメリカと違って歴史ドラマに人気がある点に特徴があるとしたうえで,『三国演義』が歴史記述として読まれるよう作者・羅漢中によって誘導されている点を指摘した.これに対し六反田豊准教授(朝鮮史)は,日韓における判官贔屓や三国志読者層についてコメントした.
 北京大の劉勇強教授は,『三国演義』に先立つ『三国志平話』では「(魏・呉・蜀という)天下三分の計」から始まっているのに対し,『三国演義』では「桃園の義」(劉備・関羽・張飛による義兄弟の契り)から始まっているのはなぜか,という点について考察した.これに対して,佐川英治准教授(中国史)は,より史実に近づけたという点での演義が平話と異なっている点を指摘し,両者の導入部の違いは成立時の政治情勢が関係しているとする説を紹介した.
 ソウル大の朴煕秉教授は朝鮮時代の崔漢綺という忘れられた思想家の意義を強調した.これに対して,川原秀城教授(東アジア思想史)は思想研究と思想史研究との相違について注意を喚起した.また北京大学の何晋教授はその報告のなかで,「演義」という文学ジャンルの隆盛を指摘したあと,『史記』のなかで描かれた周公の姿が史実そのままというよりは司馬遷による潤色の部分があると述べた.これに対して大西克也准教授(中国古代語学)は,他の例もあげながら『史記』のもつ「演義」性について指摘した.
 次回のPESETO人文学会議は,2年後に東京大学で開催される予定である.


第二回北京大学―ソウル大学―東京大学(PESETO)
三大学人文学会議日程表
2010-4-10 (土)

 総合テーマ:「東アジアにおける古典文学作品及び歴史文献の現代的意義」
(原題“東亜文史経典的現代価値”)

◆ 午前9:00-10:00 開会式
内容:三大学人文学科の代表者による挨拶および各大学における過去二、三年の人文学領域の動向等の紹介
司会:北京大学社会科学部部長 程郁綴
- 9:00-9:20 北京大学副学長 楊河
- 9:20-9:40 東京大学大学院人文社会系研究科科長 小松久男
- 9:40-10:00 ソウル大学人文大学学長 辺昌九

◆ 10:10-11:00 学術報告(一)
(報告の順番:次回主催校、次々回主催校、今回主催校)
司会:北京大学 厳紹璗
- 10:10-10:30 東京大学 古井戸秀夫
歌舞伎の『三国志』――歌舞伎十八番『関羽』から黙阿弥『三人吉三』まで
- 10:30-10:40 コメンテーター1:ソウル大学 朴秀哲
- 10:40-10:50 コメンテーター2:北京大学 王暁秋
- 10:50-11:00 質疑応答

◆ 11:00-11:50 学術報告(二)
司会:北京大学 厳紹璗
- 11:00-11:20 ソウル大学 徐敬浩
『三国演義』における作者の役割
- 11:20-11:30 コメンテーター1:東京大学 六反田豊
- 11:30-11:40 コメンテーター2:北京大学 劉勇強
- 11:40-11:50 質疑応答

◆ 13:30-14:20 学術報告(三)
司会:北京大学 王暁秋
    場所:中関新園行政ビル205会議室
- 13:30-13:50 北京大学 劉勇強
  三国の分立——「仲相断陰」の三国関連作品における取捨と変容
- 13:50-14:00 コメンテーター1:東京大学 佐川英治
- 14:00-14:10 コメンテーター2:ソウル大学 李昌淑
- 14:10-14:20 質疑応答

◆ 14:20-15:10 学術報告(四)
司会:北京大学 王暁秋
- 14:20-14:40 東京大学 藤原克己
東アジア文化圏のなかの『源氏物語』
- 14:40-14:50 コメンテーター1:ソウル大学 李美淑
- 14:50-15:00 コメンテーター2:北京大学 厳紹璗
- 15:00-15:10 質疑応答

◆ 15:25-16:15 学術報告(五)
司会:北京大学 王暁秋 教授
- 15:25-15:45 ソウル大学 朴煕秉
崔漢綺の『明南楼叢書』――朝鮮時代気学の行方
- 15:45-15:55 コメンテーター1:東京大学 川原秀城
- 15:55-16:05 コメンテーター2:北京大学 張敏
- 16:05-16:15 質疑応答

◆ 16:15-17:05 学術発表(六)
司会:北京大学 王暁秋
- 16:15-16:35 北京大学 何晋
『史記』における周公演義――周公物語を中心に
- 16:35-16:45 コメンテーター1:東京大学 大西克也
- 16:45-16:55 コメンテーター2:ソウル大学 呉洙亨
- 16:55-17:05 質疑応答

◆ 17:05-17:30 閉会式
司会:北京大学 牛大勇
- 17:05-17:25 第三回PESETO会議主催校 東京大学代表挨拶
- 17:25-17:30 閉会挨拶 北京大学副学長 張国有
- 17:30 閉会