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西洋古典学は、古代ギリシャ語ならびにラテン語でしるされたあらゆる文献資料をあつかう。決して狭義の「文学」に対象を限るわけではない。そこで、今日、こうした文献を対象とする学問ならば他にもあるではないか、それらとは異なる西洋古典学の特色は何であるのか、とあらためて問うとなれば、その精髄は、文献学、別名、本文校訂に求められよう。これはテクストを緻密に読み、かつ他の諸テクストのありようとも比較検討して、いっそう正確な校訂を施す知的な作業である。付言するとギリシャ・ローマの作品の写本は、一部例外はあるものの、もっとも古いものでも紀元後1000年をさほど遡らない。つまりオリジナルと写本の間には、じつに様々な誤写・誤った改訂や、善意による混乱が潜んでいるのである。

「学」としての西洋古典学の始まりは、ヘレニズム期のアレクサンドリアに求められる。そしてうんと端折ったいい方になるが、古典古代の書物に取り組んだ一大ムーブメントがルネサンスであった。ちなみに「人文主義」「人文科学」と訳されていることば(たとえば英語の humanism や humanities)は、神学ではない人間の学を意味し、元来それは古典研究であり、古典のテクストの正しい復元と同義であった。以後、古典学は脈々として今日まで続いている。本研究室ではルネサンス期以降の学者が著した古典研究もまた、研究の対象に含めている。

文学部に西洋古典学専修課程が設けられたのは、1963年の改革に伴ってのことである。ただしいうまでもないが古典語の教育は帝国大学の開始に遡るし、新制大学にあっても発足時から、大学院人文科学系研究科に西洋古典学専門課程が設置されていた。

ギリシャ・ローマは現代文明の淵源である、というはやさしい。もしそれに本気で取り組むのならば、ギリシャ語・ラテン語を正確に知ることが要求される。いかなる言語でもその修得は決してたやすくはないが、ギリシャ語・ラテン語はやはり相当に骨の折れる言語であると思う。しかしこれこそ古典の古典たる所以といえようが、ギリシャ・ローマに記された書物は、ことばに信を置き、精緻な技法を駆使した表現力をもっている。それゆえことばを知れば知るほど、着実に対象に近づいていける。そこで学部・大学院を通じてまず訓練されるべきは、歴史的な枠組みを最大限意識しての読解である。

西洋古典学が対象とする分野の広さに比べ、専任教員が1名と余りに少ないけれども、非常勤講師の協力をえながら、ギリシャ語/ラテン語双方の、韻文/散文作品のそれぞれが、各年度ごとにもれることのないように、講義・演習科目は工夫されている。それとともに2~3年のあいだに、なんとか厖大な古典の全容に対しておおまかな見通しがたつように、プログラムは成り立っている。自分が読みたい本を自分が読みたいやり方で読むのではなく、書物に耳を傾けて、たいまつの火をリレーするがごとく、謙虚に本の命を次世代に託す、このことこそ西洋古典学の真髄かもしれない。