認識の仕組みを求めて

井島 正博(日本語日本文学)

日本語学、中でも文法を一生の仕事にしてしまった経緯はどこにあったのか、熟々思い返してみたい。そういえば私がまだ幼かった頃、高校の国語教師であった父から、ヨットの帆に船の上から扇風機で風を送ったらヨットはどっちに進むか、などという問題と取り混ぜて、「水が飲みたい」の「が」は何を表わしているのかなど、今から思えば時枝文法をもとにした問題などを考えさせられた。それでどうやら文法は面白いと感じるようになったようだ。

高校でも数学や理科などが得意だったが、その頃適性検査を兼ねたテストがあって、そこでも完全に理科系向きであるという結果だった。ただその頃から何となく、人間がものを考えるおおもとには言語があり、その仕組みを解明することを一生の仕事にしたいと思うようになった。それで文理の選択の折には文科系を選び、文Ⅲを受験した。

駒場の二年間は本当に充実して楽しかった。才能豊かな同級生や先輩たちに出会えたのも幸福だったし、文化の中心である東京も満喫した。言語学研究会なるものを立ち上げて、チョムスキーを読んだり、池上嘉彦先生にアポを取って質問に行ったりした(構造主義や記号論が華やかな頃で、私はロラン・バルトなどに傾倒しており、そんな質問もした)。また同人誌を作って小説を書いて、駒場祭で売ったりした。週末には駒場近くの観世能楽堂や国立劇場、歌舞伎座などで、能や文楽、歌舞伎などを見た。また蓮実重彦先生の映画のゼミをとって、年間二百本以上映画を見たり、渡辺守章先生の演劇のゼミをとったりしたが、渡辺先生演出の『椿姫』の最終の通し練習を見につれて行ってもらった後、椿姫役の玉三郎の楽屋に行ったことは特に忘れがたい。日本語学については、一年の時、古田東朔先生の概論の夏休み課題として、時枝誠記の『国語学原論』とソシュールの『一般言語学講義』とを、夏の日盛り、ふうふう苦労して読んだ。

その頃、日本語文法は新しい動きが関西の方で進んでいたが、私が本郷に進学した頃は、研究者を目指すなら古典の資料のいずれかの専門家になりなさい、という指導がなされ、関東の文法研究はどんどん立ち後れて行った。それから大学院にかけて、今風に言えば、随分ひどいアカハラを受けることになる(あの頃夜な夜な読んだドストエフスキーが切実に感じられた)。思い返すと、その後どの大学に移っても、直上の上司には恵まれたためしがない。

東大のいいところは、卒業生があちこちの大学の教員になっていることで、随分私のことを心配していただいた。やっと首の皮一枚で教員となることができて、半年ほど経った頃、使役や受身など、格に関わる問題に興味を覚え、まだまだ書き方も未熟であったが、論文を書き始める。一九八〇年代の中頃は、関西の文法研究では、テンス・アスペクト研究が流行となっていたが、その影響も受けつつ、一方でロシアやフランスの物語理論、なかでもG・ジュネットの理論を下敷きにしたテンス理論をまとめたのもその頃である。今読み返しても、自分で理論を紡いでいくのがいかにも楽しそうである。

その頃は、日本語の文法に閉じこもった研究を窮屈に思っており、文学理論のみならず、哲学、心理学、社会学、文化人類学などの理論に関わる書籍を買い集めて、読みあさっていた。また、日本語文法の研究も、できるだけ知見を広めるために、毎年テーマを変えていた。もしそのような総合的な言語理論が完成したらたいしたものだが、人生は短く、気力もいつまでも続くものではない。一生の計画は完成できそうなほどほどのものであるべきだったのかもしれない。

それはともあれ、一九九〇年頃にはモダリティ研究が盛んな時代には、言語行為論を下敷きにしたモダリティの理論について考え、その後文法研究はさまざまな分野に拡散していくが、私も、「は」と「が」の違いなどを論じる情報構造理論、「行く」と「来る」の違いなどを含む視点理論、順接・逆接、仮定・確定の違いとして論じられる条件文の理論、否定や数量詞に関する理論、「も」や副助詞などのいわゆる〝とりたて詞〟の理論、「のだ」「ことだ」「ものだ」など形式名詞述語文の理論など、およそ現代語文法の主たるテーマに関しては一渡り論じてきた。

東大に移ってきた頃には、最初の頃考えたテンス・アスペクトの理論は古典語にも有効であるという目算から、古典語の文法についても論じるようになる。「き」と「けり」の違いは、学校文法では経験過去、伝聞過去のように教えられるが、むしろ物語論をもとにした考え方の方が実情に合っており、それらをまとめて博士論文として、また著書を上梓した。近年は、古典語ではモダリティの方に研究を進め、現代語では複文のテンス・アスペクトについてまとめようとしている。

思えば、人間は言語を通してどのようにものを考えるのか、世界を認識するのかといった、内へ内へと向かう研究を進めてきた。日本語学には文献をもとにした国語史研究、フィールドワークによる方言研究もあり、またさらには文学部には文学、歴史、社会学など他者へ、外へと向かう研究がある。結局私は自分自身から一歩も外へ出なかったのかもしれないが、他の道は歩けなかったようにも思われる。最後に、現在の国語研究室は、教員同士も仲がよく、学生指導も円満に進められていることを付け加えておきたい。