撮影 上野則宏
『校本万葉集』は、あるいは湮滅の憂き目を見たかもしれない書物である。校本とは、諸本間の本文異同を細大漏らさず記した書物のことである。『万葉集』の校本の作成は、明治45年以降、東京帝国大学の国語研究室を中心に進められた。大正12年、原稿4882頁の浄書・印刷が完了したが、9月1日の関東大震災に遭遇、製本所にあった500部の印刷済み本文は、すべて焼失してしまった。たまたま編者の手元に校正刷りが2部残されており、それをもとに再度印刷し直すことができた。それがこの5帙25冊の和装本である。もしその校正刷りが残っていなければ、多年の苦心が一瞬にして失われていたところだった。まさしく僥倖というべきだろう。
(日本文学・多田一臣)