第1章. はじめに:協働の難しさの整理
複数人で集まって行う協働(collaboration)は、人間社会の豊かさを支える有用な手段の一つである。輪読会を通じた知識の共有、共同研究による専門性の組み合わせ、あるいはデモ行進を通じた世論へのアピールなど、協働は、個人では実現できない集合財を生み出す可能性を持っている。一方で、その成果はしばしば非排除的であり、貢献しなかった人も便益を享受することができる。そのため、各個人にはタダ乗りの誘因が働き、合理的に振る舞うと協働が失敗してしまうという社会的ジレンマの構造になっている。
本研究は、こうしたジレンマに対して社会工学的な視点に立ち、協働を実現しやすくする仕組みの設計原理を検討する。従来の社会的ジレンマ研究では、囚人のジレンマや線形公共財ゲームが代表的なモデルとして用いられ、全員非協力のみが安定する状況を出発点として検討が進められてきた。しかし本研究では、こと協働場面においては、人々が繰り返しの関係を持つことや社会的選好を備えていることによって、状況が調整問題へと性質を変えていることを論じる。調整問題では、他者の行動に連動して自身も協力すべきかが決まり、多くの人が協力する状態と非協力する状態のいずれもが安定しうる。そこで重要なのが、初期条件である。協力的な期待が共有されたり、先手が実際に協力したりすることで、互いの出方が分からないという戦略的不確実性に負けずに協働が成功する可能性が広がる。
以上を踏まえ、本研究は、協働を助ける仕組みの設計原理を二つ提案する。一つ目は「自由な参加」である。これは協働にそもそも参加する際の自己選抜を通じて集団が互いへの楽観を共有することを助ける。二つ目は「自由な順序」である。これは集団内での意思決定の順序を内生化することで協力的な先手とそれへの返報を促す仕組みである。
第2章.「自由な参加」による打開
協働場面が調整問題として捉えられるとき、人々がどんな期待を持ってその状況に臨むかが集団の帰結を左右する。もし他者の協力を楽観する人が多ければ、彼ら自身もそれに応えて協力することで集団は協力的な均衡に至る。反対に、他者の協力に悲観的な人が多ければ、そのことが非協力を引き出し、自己成就的に非協力的な均衡に留まる。
それでは、何が人々の期待を決めるのだろうか。また、より協力的な期待を引き出すような介入は可能だろうか。先行研究では、情報が不十分な中で他者へ抱く期待は、心理属性などの個人差に帰されることが多かった。こうした研究は、既に集団の中にいる人々がどのような期待を抱くかは問うものの、その集団がどのように作られるかに依って人々が抱く期待が変わりうる点を見過ごしてきた。
これに対し本研究(第2章)では、現実の多くの協働において、集団のメンバーは固定されておらず、人々が自由に参加を選択して初めて定まることに注目した。各人の自由な参加/不参加が許されているとき、他者の協力に楽観的な期待を抱く人にとってのみ参加する選択が合理的になり、反対に、悲観的な人は自然と不参加を選ぶことになる。さらに、こうした自己選抜が生じることが共有知識になることで、協働に参加する人々の間で、互いへの期待がさらに楽観的な方向へ更新される。こうした二つの経路を通じ、自由参加の仕組みは、協力的な期待を持ち合う集団を構造的に作り出し、協働の成功を後押しする仕組みとして機能すると考えられる。
本研究では、こうした仮説を個人オプション付きの閾値型公共財ゲームを用いて定式化し、ゲーム理論的な分析を行った。続いて、実際の人々が仮説通りに振る舞うか、行動実験で調べた。実験では、閾値の値と個人オプションの有無を参加者内条件として操作し、各条件で参加者自身の意思決定と他者への期待を測定した。これにより、タダ乗りの誘因が様々に異なる状況において、自由参加が人々の期待と意思決定に与える影響を検証した。
実験の結果、個人オプションのある自由参加条件では強制参加条件に比べて、グループ内の協力者の比率が上昇し、閾値を問わず協働の成功率(=グループ内に閾値以上の協力者がいる確率)と集団全体の平均利得が改善することが分かった。さらに、自由参加条件において、①他者への期待に応じた自己選抜・②強制参加条件で他者に悲観的だった人の一部がより楽観的に期待を更新する、という二つの経路が予想通り確認された。
なお、協働を自由参加にして離脱を許すと、上記の理由でグループ内の協力者の比率が高まる一方で、協力を選ぶ人の総数は減ることになる。したがって、全体として協働の成功率が高まるか否かは、離脱者がグループに与える外部性(=どの程度留まって影響するか)にも依存する。離脱者を除いてグループの人数が確保されない場合、離脱者はグループにとって非協力者と同等の影響を持ってしまうため、結局協働は成功しにくくなる。本研究では、離脱者の外部性を直接操作する追加実験を行い、この点を経験的にも確認した。
まとめると、協働の外部に個人オプションを作り自由参加にする仕組みは、協働の範囲が柔軟に決まり離脱者の影響が残り続けない限りにおいて、むしろ協働を助ける仕組みとして機能することが分かった。
第3章.「自由な順序」による打開
調整問題としての協働場面を左右するもう一つの初期値は、集団の中でより早く決断する人々の実際の意思決定である。もし早いタイミングで多くの人が協力すれば、続く人々もそれに応えて協力することで、集団は協力的な均衡に至る。その反対もまた然りである。
先行研究の多くは、こうした先手が決まるメカニズムについて、外生的な手番を与えて検討してきた。代表的なものが同時手番と逐次手番である。同時手番では先手は存在せず、各人は期待のみに頼って独立に意思決定する(第2章の自由参加における検討はまさにこの状況である)。また逐次手番では先手が存在するが、誰が先手になるかはランダムに外から決められる。
これに対し本研究(第3章)では、現実の多くの協働において、人々がリアルタイムに意思決定し、彼らの間での順序が内生的に生まれることに注目した。人々自身が意思決定のタイミングを選べる時、非協力を率先して相手に見せる理由はない。なぜなら、相手が条件つき協力という社会的選好を持つ限り、非協力を先に示すことは、非協力で返される可能性を上げることを意味しているからである。こうした相手より先んじた意思決定における協力と非協力の間の非対称性から、自発的な先手の方が外生的に指定した先手より協力率が高まることを予想した。
こうした仮説を検証するため、囚人のジレンマゲームを同時手番、逐次手番、リアルタイムという三つの時間構造で比較する行動実験を行った。実験の結果、ペアが相互協力に達する確率は、同時手番、逐次手番、リアルタイムの順で改善した。興味深いことに、先手の協力率そのものは逐次手番とリアルタイムでほぼ同じ68%だった。先手の意思決定時間の分析によれば、リアルタイムでは非協力の決断のみが終了間際にもピークのある二峰性の分布を示しており、これは、先手として非協力を選ぶ人の一部が戦略的にタイミングを遅らせていたことを示唆している。なお、リアルタイムの優位性は、先手よりむしろ後手の条件つき協力率の高さによってもたらされていた。外生的に割り当てられるのではなく、自ら選んで先手になって協力するという行為が、後手からより強い返報性を引き出したと言える。
こうした実験結果に対して整合的な解釈を得るため、ゲーム理論モデルを用いた分析を行った。その結果、リアルタイムでは相反する二つの効果が働くことが明らかになった。ポジティブな効果として、仮説通り、非協力を選ぶ人は戦略的に遅らせる誘因を持つ。しかし同時に、ネガティブな効果として、逐次手番で先手に割り当てられたら協力したであろう人の一部も、相手が先に動くことへの期待から意思決定を遅らせる誘因を持つ。この二つの効果のバランスが、リアルタイムにおける先手の協力率を決定していたと考えられる。従って、協力的な先手を最大限に増やすためには、非協力者が決断を遅らせることを促すのと同時に、協力者が躊躇して非協力に転じることを抑制する工夫が重要である。リアルタイムという仕組みは後手の条件つき協力を強く引き出すという点で有効だが、先手の協力をさらに促進する方法や条件については今後の検討が必要である。
第4章.まとめ
本研究で提案した二つの仕組みは、いずれも意思決定の自由度を増すことで、プレイヤー自身が協力へのコミットメントを形成する余地を広げている。あえて参加する、あるいはあえて先に協力するといった選択が、戦略的不確実性を緩和し、集団が協力的な均衡に至ることを助ける。これらは、個々人の協力性を直接高めるのではなく、相互作用の仕組みを工夫することで多様な個人を望ましい帰結へと方向づける仕組みと言える。
これらの仕組みが機能するのは、人々が、狭い意味での合理性通りに振る舞うのではなく、社会的選好を持ち、また他者も同様の選好を持つと予期するからである。こうした人間像に基づく本研究のアプローチは、経済学におけるメカニズムデザインと社会工学的な目的を共有しながらも、実際の人間行動の特性を積極的に活用する点で、それを拡張するものと言える。今後は、さまざまなタイムスケールにおいて人間がどのような深さの合理性を持つかを整理し、それを望ましい仕組みの設計に活かすことが社会科学における重要な展開となるはずである。
(以上)
複数人で集まって行う協働(collaboration)は、人間社会の豊かさを支える有用な手段の一つである。輪読会を通じた知識の共有、共同研究による専門性の組み合わせ、あるいはデモ行進を通じた世論へのアピールなど、協働は、個人では実現できない集合財を生み出す可能性を持っている。一方で、その成果はしばしば非排除的であり、貢献しなかった人も便益を享受することができる。そのため、各個人にはタダ乗りの誘因が働き、合理的に振る舞うと協働が失敗してしまうという社会的ジレンマの構造になっている。
本研究は、こうしたジレンマに対して社会工学的な視点に立ち、協働を実現しやすくする仕組みの設計原理を検討する。従来の社会的ジレンマ研究では、囚人のジレンマや線形公共財ゲームが代表的なモデルとして用いられ、全員非協力のみが安定する状況を出発点として検討が進められてきた。しかし本研究では、こと協働場面においては、人々が繰り返しの関係を持つことや社会的選好を備えていることによって、状況が調整問題へと性質を変えていることを論じる。調整問題では、他者の行動に連動して自身も協力すべきかが決まり、多くの人が協力する状態と非協力する状態のいずれもが安定しうる。そこで重要なのが、初期条件である。協力的な期待が共有されたり、先手が実際に協力したりすることで、互いの出方が分からないという戦略的不確実性に負けずに協働が成功する可能性が広がる。
以上を踏まえ、本研究は、協働を助ける仕組みの設計原理を二つ提案する。一つ目は「自由な参加」である。これは協働にそもそも参加する際の自己選抜を通じて集団が互いへの楽観を共有することを助ける。二つ目は「自由な順序」である。これは集団内での意思決定の順序を内生化することで協力的な先手とそれへの返報を促す仕組みである。
第2章.「自由な参加」による打開
協働場面が調整問題として捉えられるとき、人々がどんな期待を持ってその状況に臨むかが集団の帰結を左右する。もし他者の協力を楽観する人が多ければ、彼ら自身もそれに応えて協力することで集団は協力的な均衡に至る。反対に、他者の協力に悲観的な人が多ければ、そのことが非協力を引き出し、自己成就的に非協力的な均衡に留まる。
それでは、何が人々の期待を決めるのだろうか。また、より協力的な期待を引き出すような介入は可能だろうか。先行研究では、情報が不十分な中で他者へ抱く期待は、心理属性などの個人差に帰されることが多かった。こうした研究は、既に集団の中にいる人々がどのような期待を抱くかは問うものの、その集団がどのように作られるかに依って人々が抱く期待が変わりうる点を見過ごしてきた。
これに対し本研究(第2章)では、現実の多くの協働において、集団のメンバーは固定されておらず、人々が自由に参加を選択して初めて定まることに注目した。各人の自由な参加/不参加が許されているとき、他者の協力に楽観的な期待を抱く人にとってのみ参加する選択が合理的になり、反対に、悲観的な人は自然と不参加を選ぶことになる。さらに、こうした自己選抜が生じることが共有知識になることで、協働に参加する人々の間で、互いへの期待がさらに楽観的な方向へ更新される。こうした二つの経路を通じ、自由参加の仕組みは、協力的な期待を持ち合う集団を構造的に作り出し、協働の成功を後押しする仕組みとして機能すると考えられる。
本研究では、こうした仮説を個人オプション付きの閾値型公共財ゲームを用いて定式化し、ゲーム理論的な分析を行った。続いて、実際の人々が仮説通りに振る舞うか、行動実験で調べた。実験では、閾値の値と個人オプションの有無を参加者内条件として操作し、各条件で参加者自身の意思決定と他者への期待を測定した。これにより、タダ乗りの誘因が様々に異なる状況において、自由参加が人々の期待と意思決定に与える影響を検証した。
実験の結果、個人オプションのある自由参加条件では強制参加条件に比べて、グループ内の協力者の比率が上昇し、閾値を問わず協働の成功率(=グループ内に閾値以上の協力者がいる確率)と集団全体の平均利得が改善することが分かった。さらに、自由参加条件において、①他者への期待に応じた自己選抜・②強制参加条件で他者に悲観的だった人の一部がより楽観的に期待を更新する、という二つの経路が予想通り確認された。
なお、協働を自由参加にして離脱を許すと、上記の理由でグループ内の協力者の比率が高まる一方で、協力を選ぶ人の総数は減ることになる。したがって、全体として協働の成功率が高まるか否かは、離脱者がグループに与える外部性(=どの程度留まって影響するか)にも依存する。離脱者を除いてグループの人数が確保されない場合、離脱者はグループにとって非協力者と同等の影響を持ってしまうため、結局協働は成功しにくくなる。本研究では、離脱者の外部性を直接操作する追加実験を行い、この点を経験的にも確認した。
まとめると、協働の外部に個人オプションを作り自由参加にする仕組みは、協働の範囲が柔軟に決まり離脱者の影響が残り続けない限りにおいて、むしろ協働を助ける仕組みとして機能することが分かった。
第3章.「自由な順序」による打開
調整問題としての協働場面を左右するもう一つの初期値は、集団の中でより早く決断する人々の実際の意思決定である。もし早いタイミングで多くの人が協力すれば、続く人々もそれに応えて協力することで、集団は協力的な均衡に至る。その反対もまた然りである。
先行研究の多くは、こうした先手が決まるメカニズムについて、外生的な手番を与えて検討してきた。代表的なものが同時手番と逐次手番である。同時手番では先手は存在せず、各人は期待のみに頼って独立に意思決定する(第2章の自由参加における検討はまさにこの状況である)。また逐次手番では先手が存在するが、誰が先手になるかはランダムに外から決められる。
これに対し本研究(第3章)では、現実の多くの協働において、人々がリアルタイムに意思決定し、彼らの間での順序が内生的に生まれることに注目した。人々自身が意思決定のタイミングを選べる時、非協力を率先して相手に見せる理由はない。なぜなら、相手が条件つき協力という社会的選好を持つ限り、非協力を先に示すことは、非協力で返される可能性を上げることを意味しているからである。こうした相手より先んじた意思決定における協力と非協力の間の非対称性から、自発的な先手の方が外生的に指定した先手より協力率が高まることを予想した。
こうした仮説を検証するため、囚人のジレンマゲームを同時手番、逐次手番、リアルタイムという三つの時間構造で比較する行動実験を行った。実験の結果、ペアが相互協力に達する確率は、同時手番、逐次手番、リアルタイムの順で改善した。興味深いことに、先手の協力率そのものは逐次手番とリアルタイムでほぼ同じ68%だった。先手の意思決定時間の分析によれば、リアルタイムでは非協力の決断のみが終了間際にもピークのある二峰性の分布を示しており、これは、先手として非協力を選ぶ人の一部が戦略的にタイミングを遅らせていたことを示唆している。なお、リアルタイムの優位性は、先手よりむしろ後手の条件つき協力率の高さによってもたらされていた。外生的に割り当てられるのではなく、自ら選んで先手になって協力するという行為が、後手からより強い返報性を引き出したと言える。
こうした実験結果に対して整合的な解釈を得るため、ゲーム理論モデルを用いた分析を行った。その結果、リアルタイムでは相反する二つの効果が働くことが明らかになった。ポジティブな効果として、仮説通り、非協力を選ぶ人は戦略的に遅らせる誘因を持つ。しかし同時に、ネガティブな効果として、逐次手番で先手に割り当てられたら協力したであろう人の一部も、相手が先に動くことへの期待から意思決定を遅らせる誘因を持つ。この二つの効果のバランスが、リアルタイムにおける先手の協力率を決定していたと考えられる。従って、協力的な先手を最大限に増やすためには、非協力者が決断を遅らせることを促すのと同時に、協力者が躊躇して非協力に転じることを抑制する工夫が重要である。リアルタイムという仕組みは後手の条件つき協力を強く引き出すという点で有効だが、先手の協力をさらに促進する方法や条件については今後の検討が必要である。
第4章.まとめ
本研究で提案した二つの仕組みは、いずれも意思決定の自由度を増すことで、プレイヤー自身が協力へのコミットメントを形成する余地を広げている。あえて参加する、あるいはあえて先に協力するといった選択が、戦略的不確実性を緩和し、集団が協力的な均衡に至ることを助ける。これらは、個々人の協力性を直接高めるのではなく、相互作用の仕組みを工夫することで多様な個人を望ましい帰結へと方向づける仕組みと言える。
これらの仕組みが機能するのは、人々が、狭い意味での合理性通りに振る舞うのではなく、社会的選好を持ち、また他者も同様の選好を持つと予期するからである。こうした人間像に基づく本研究のアプローチは、経済学におけるメカニズムデザインと社会工学的な目的を共有しながらも、実際の人間行動の特性を積極的に活用する点で、それを拡張するものと言える。今後は、さまざまなタイムスケールにおいて人間がどのような深さの合理性を持つかを整理し、それを望ましい仕組みの設計に活かすことが社会科学における重要な展開となるはずである。
(以上)