現代社会は,現時点での意思決定が長期的な影響を及ぼす課題に直面している。その代表例である気候変動では,人間の活動によって気温上昇や干ばつ,海面上昇といった深刻な環境の変化が発生している(IPCC, 2023)。現在生きている私たち(現在世代)が対策を怠った結果として気候変動が悪化すると,将来生まれてくる人々(将来世代)が生存する環境が脅かされることになる。こうした問題へ対処するためには,現在世代が将来世代の利益を考慮し,資源の利用を抑制するといった「世代間協力」が求められる。
時間的に隔たる世代間でいかに協力を成立させるかという問題は,「世代間ジレンマ(intergenerational dilemma; Wade-Benzoni & Tost, 2009)」として捉えることができる。これは現在世代と将来世代の間における資源配分をめぐる葛藤であり,将来世代の利益につながる行動が,現在世代の犠牲やコスト負担を伴う場合に発生する(Wade-Benzoni, 2002; Wade-Benzoni et al., 2008; Wade-Benzoni & Tost, 2009)。本論文では,Wade-Benzoni & Tost (2009)の議論を踏まえ,世代間ジレンマの特徴を(1)現在世代と将来世代の間で相互作用が成立せず,現在世代が将来世代へ一方向的に影響を与える「構造的非対称性」,(2)将来世代が遠い未来に存在するため具体的にどのような他者であるか知ることはできないという「時間的・認知的断絶」という二軸から整理した。
先行研究にはいくつかの限界が存在する。まず,先行研究は世代間ジレンマにおける協力の規定因の解明に重点を置いており,「いかに協力を促進するか」という実践的要請への応答は十分ではなかった(Chen et al., 2023)。世代間協力の実現に向けた介入手法は検討されているものの,仮想将来世代の導入(Kamijo et al., 2017)など一部に限られていた。さらに,「世代」概念が広く定義されており(e.g., Wade-Benzoni & Tost, 2009),気候変動のように返報不可能な強い非対称性と時間的・認知的断絶を伴う状況に適していなかった。加えて,世代間ジレンマは資源配分として扱われやすく,非協力が次世代の存続そのものを断つようなトリガー的構造の検証は限られている。そこで本論文は,現在世代と将来世代を明確に区別し,次世代の存続が個人の選択に直結するミニマムな構造の下で,構造的非対称性と時間的・認知的断絶の両面から協力促進の理論的・実証的基盤を構築することを目的として四つの研究を実施した(図1)。
図 1 博論全体の鳥瞰図:構造的非対称性と時間的・認知的断絶の二軸による整理

研究1では構造的非対称性という観点から,世代間の非対称な関係を模した経済ゲーム(世代間協力ゲーム)を実施し,世代間協力が成立する条件を検討した。世代間協力ゲームにおいて,参加者は各世代(世代1,世代2,世代3)として自分の次の世代へ協力的/非協力的に資源の配分意思決定を行う。その際,自分が非協力を選ぶと確実に次世代が存在できなくなる条件と,非協力をしても偶発的に次世代が生まれる条件を比較した。実験の結果,先行する世代が協力したとき,自らも次世代へ協力する傾向が高まるという「世代間互恵性」(Wade-Benzoni, 2002)が確認された。このとき,世代3の選択に対して,直前である世代2の行動の方が世代1より相対的に強い影響を及ぼしていた。さらに,自らの非協力が次世代の存続を確実に不可能にする条件では協力が顕著に促進され,人々は世代が継続することそのものに価値を見出している可能性が示唆された。これは,世代間ジレンマを単なる次世代との資源分配の問題ではなく,次世代の存在可否そのものを左右する問題として捉える必要性を表している。
研究2は,研究1で観察された非対称な世代同士の関係における協力の連鎖を支える基盤として,将来世代への協力を正当化する規範の受容に着目した。哲学や倫理学などの領域で蓄積されてきた議論(例:平等主義,功利主義)をもとに構成された,将来世代への協力を正当化する規範的メッセージ(Hiromitsu, 2024)について,賛成度とそれに基づいて行動したいという意欲を質問紙調査で尋ねた。その結果,加齢や子ども・孫を持つという意味でのライフステージの進展は,規範的メッセージへの賛成度・行動意欲と正の関連を示した。すなわち,ライフステージの進展を通じて将来世代とのつながりが具体的に意識されることで,協力的な態度が形成される可能性が示唆された。また,実際には子や孫のいる比較的年長者ほど協力的な態度を示すにもかかわらず,他者は「高齢者は賛成度や行動意欲が相対的に低い」と認識する傾向があり,実態と認知のギャップが示唆された。この結果は,世代間協力をめぐる議論において,高齢層に対するステレオタイプ(ageism; Butler, 1969)が意思決定や合意形成に影響しうることを示す。
研究3では,将来世代との時間的・認知的断絶に対する介入として,将来世代の存続が脅かされている状況を描写するナラティブ・メッセージの効果を検証した。気候変動の影響で荒廃した未来の地球を描写する複数のメッセージを参加者に提示し,将来世代への協力意欲と,世代間協力ゲームでの協力行動を測定した。その結果ナラティブ・メッセージは,気候変動と関係ない文章を提示した条件(研究3-1)や統計情報を羅列したメッセージ条件(研究3-2)より,将来世代への協力「意欲」を高める傾向が示された。一方,ゲームにおける協力「行動」への効果は限定的であり,態度と行動の乖離が示唆された。ただし,ライフステージの進んだ参加者や,メッセージへの没入度が高い場合には,意欲・行動の双方で協力傾向が高まっていた。したがって,世代間協力の促進にはメッセージの形式だけでなく,読み手を没入させて内容を深く追体験させるような設計が重要である可能性が示された。
研究4では,研究2・3で示唆されたライフステージ効果(特に年齢効果)の外的妥当性を検証するため,典型的な世代間ジレンマである環境問題に関する国際世論調査データ(ISSPデータ; ISSP Research Group, 2024)を二次分析した。その結果,年齢と環境保護意欲の単純な関連は国によって方向が異なっていたものの,年齢×収入の交互作用効果を追加して分析すると,多くの国で正の交互作用効果が観察された。つまり,低収入層では年齢とともに環境保護意欲が低くなる一方,高収入層では年齢とともに意欲が高まる可能性が示唆された。これは,将来世代への協力傾向は加齢に伴う心理的変化だけでなく,経済的資源という現実的な制約との相互作用の中で形成されうることを示している。さらに補足的分析から,加齢の効果だけでなく,生まれた時代背景に特有の経験(コホート効果)も環境保護意欲を規定する可能性が示唆された。両者は補完的に考慮する必要がある。
本研究の理論的・学術的意義は第一に,世代間ジレンマを資源配分だけでなく,後続世代の存続可能性をめぐる問題として捉え直した点にある。第二に,年齢や子ども・孫の有無といったライフステージ指標が将来世代への協力傾向と一貫して正の関連を持つことを示し,「世代性」という発達課題が世代間協力を支えうるという視座(Wade-Benzoni & Tost, 2009)を補強した。第三に,人類の存続を重視するという現在世代の価値観が協力の動機となりうることを示した。これは,哲学や倫理学領域で議論されてきた世代間正義について,現在世代の価値観・動機に基づく正当化(e.g., Scheffler (2013)を援用した森村(2019))が,実社会で受容されて機能しうるという実現可能性を示唆している。
実践的意義としては,世代間協力を実現する社会・制度設計への提言を行った。構造的非対称性に対しては,世代間互恵性の可視化(過去世代から恩恵を受けていることの共有など)や,将来世代をめぐる制度の民主的正統性の確保が重要である。時間的・認知的断絶に対しては,没入感を伴うナラティブなどによって人々の想像力や感情に働きかける介入が有効である可能性が示された。また,経済状況によって年齢効果の方向性が異なるという研究4の結果を踏まえると,経済的不安や資源制約の緩和が重要である。さらに,ライフステージ効果から,将来世代への協力の担い手として高齢層の役割に注目することが求められるだろう。
本研究にはいくつかの限界がある。第一に,ライフステージ要因と協力傾向の関連の背後にあるメカニズムや因果関係は未検証である。将来世代への協力傾向が血縁関係にある他者への配慮に根ざすのか,または次世代一般への配慮に基づくのかを区別するためには,非血縁の若年者と継続的に関わる職業の人々を対象とした比較研究などが必要である。また,因果関係の方向性を検証するために,長期的な縦断研究などが求められる。ただし,本研究で協力傾向の高い集団を同定したことは,介入設計上の意義をもつ。第二に,実験で得られた知見の外的妥当性と社会実装の検証が必要である。今後は,市民参加の場を用いたフィールド実験や,エネルギー消費行動・政策支持(投票行動)などとの関連の検証が求められる。
時間的に隔たる世代間でいかに協力を成立させるかという問題は,「世代間ジレンマ(intergenerational dilemma; Wade-Benzoni & Tost, 2009)」として捉えることができる。これは現在世代と将来世代の間における資源配分をめぐる葛藤であり,将来世代の利益につながる行動が,現在世代の犠牲やコスト負担を伴う場合に発生する(Wade-Benzoni, 2002; Wade-Benzoni et al., 2008; Wade-Benzoni & Tost, 2009)。本論文では,Wade-Benzoni & Tost (2009)の議論を踏まえ,世代間ジレンマの特徴を(1)現在世代と将来世代の間で相互作用が成立せず,現在世代が将来世代へ一方向的に影響を与える「構造的非対称性」,(2)将来世代が遠い未来に存在するため具体的にどのような他者であるか知ることはできないという「時間的・認知的断絶」という二軸から整理した。
先行研究にはいくつかの限界が存在する。まず,先行研究は世代間ジレンマにおける協力の規定因の解明に重点を置いており,「いかに協力を促進するか」という実践的要請への応答は十分ではなかった(Chen et al., 2023)。世代間協力の実現に向けた介入手法は検討されているものの,仮想将来世代の導入(Kamijo et al., 2017)など一部に限られていた。さらに,「世代」概念が広く定義されており(e.g., Wade-Benzoni & Tost, 2009),気候変動のように返報不可能な強い非対称性と時間的・認知的断絶を伴う状況に適していなかった。加えて,世代間ジレンマは資源配分として扱われやすく,非協力が次世代の存続そのものを断つようなトリガー的構造の検証は限られている。そこで本論文は,現在世代と将来世代を明確に区別し,次世代の存続が個人の選択に直結するミニマムな構造の下で,構造的非対称性と時間的・認知的断絶の両面から協力促進の理論的・実証的基盤を構築することを目的として四つの研究を実施した(図1)。
図 1 博論全体の鳥瞰図:構造的非対称性と時間的・認知的断絶の二軸による整理
研究1では構造的非対称性という観点から,世代間の非対称な関係を模した経済ゲーム(世代間協力ゲーム)を実施し,世代間協力が成立する条件を検討した。世代間協力ゲームにおいて,参加者は各世代(世代1,世代2,世代3)として自分の次の世代へ協力的/非協力的に資源の配分意思決定を行う。その際,自分が非協力を選ぶと確実に次世代が存在できなくなる条件と,非協力をしても偶発的に次世代が生まれる条件を比較した。実験の結果,先行する世代が協力したとき,自らも次世代へ協力する傾向が高まるという「世代間互恵性」(Wade-Benzoni, 2002)が確認された。このとき,世代3の選択に対して,直前である世代2の行動の方が世代1より相対的に強い影響を及ぼしていた。さらに,自らの非協力が次世代の存続を確実に不可能にする条件では協力が顕著に促進され,人々は世代が継続することそのものに価値を見出している可能性が示唆された。これは,世代間ジレンマを単なる次世代との資源分配の問題ではなく,次世代の存在可否そのものを左右する問題として捉える必要性を表している。
研究2は,研究1で観察された非対称な世代同士の関係における協力の連鎖を支える基盤として,将来世代への協力を正当化する規範の受容に着目した。哲学や倫理学などの領域で蓄積されてきた議論(例:平等主義,功利主義)をもとに構成された,将来世代への協力を正当化する規範的メッセージ(Hiromitsu, 2024)について,賛成度とそれに基づいて行動したいという意欲を質問紙調査で尋ねた。その結果,加齢や子ども・孫を持つという意味でのライフステージの進展は,規範的メッセージへの賛成度・行動意欲と正の関連を示した。すなわち,ライフステージの進展を通じて将来世代とのつながりが具体的に意識されることで,協力的な態度が形成される可能性が示唆された。また,実際には子や孫のいる比較的年長者ほど協力的な態度を示すにもかかわらず,他者は「高齢者は賛成度や行動意欲が相対的に低い」と認識する傾向があり,実態と認知のギャップが示唆された。この結果は,世代間協力をめぐる議論において,高齢層に対するステレオタイプ(ageism; Butler, 1969)が意思決定や合意形成に影響しうることを示す。
研究3では,将来世代との時間的・認知的断絶に対する介入として,将来世代の存続が脅かされている状況を描写するナラティブ・メッセージの効果を検証した。気候変動の影響で荒廃した未来の地球を描写する複数のメッセージを参加者に提示し,将来世代への協力意欲と,世代間協力ゲームでの協力行動を測定した。その結果ナラティブ・メッセージは,気候変動と関係ない文章を提示した条件(研究3-1)や統計情報を羅列したメッセージ条件(研究3-2)より,将来世代への協力「意欲」を高める傾向が示された。一方,ゲームにおける協力「行動」への効果は限定的であり,態度と行動の乖離が示唆された。ただし,ライフステージの進んだ参加者や,メッセージへの没入度が高い場合には,意欲・行動の双方で協力傾向が高まっていた。したがって,世代間協力の促進にはメッセージの形式だけでなく,読み手を没入させて内容を深く追体験させるような設計が重要である可能性が示された。
研究4では,研究2・3で示唆されたライフステージ効果(特に年齢効果)の外的妥当性を検証するため,典型的な世代間ジレンマである環境問題に関する国際世論調査データ(ISSPデータ; ISSP Research Group, 2024)を二次分析した。その結果,年齢と環境保護意欲の単純な関連は国によって方向が異なっていたものの,年齢×収入の交互作用効果を追加して分析すると,多くの国で正の交互作用効果が観察された。つまり,低収入層では年齢とともに環境保護意欲が低くなる一方,高収入層では年齢とともに意欲が高まる可能性が示唆された。これは,将来世代への協力傾向は加齢に伴う心理的変化だけでなく,経済的資源という現実的な制約との相互作用の中で形成されうることを示している。さらに補足的分析から,加齢の効果だけでなく,生まれた時代背景に特有の経験(コホート効果)も環境保護意欲を規定する可能性が示唆された。両者は補完的に考慮する必要がある。
本研究の理論的・学術的意義は第一に,世代間ジレンマを資源配分だけでなく,後続世代の存続可能性をめぐる問題として捉え直した点にある。第二に,年齢や子ども・孫の有無といったライフステージ指標が将来世代への協力傾向と一貫して正の関連を持つことを示し,「世代性」という発達課題が世代間協力を支えうるという視座(Wade-Benzoni & Tost, 2009)を補強した。第三に,人類の存続を重視するという現在世代の価値観が協力の動機となりうることを示した。これは,哲学や倫理学領域で議論されてきた世代間正義について,現在世代の価値観・動機に基づく正当化(e.g., Scheffler (2013)を援用した森村(2019))が,実社会で受容されて機能しうるという実現可能性を示唆している。
実践的意義としては,世代間協力を実現する社会・制度設計への提言を行った。構造的非対称性に対しては,世代間互恵性の可視化(過去世代から恩恵を受けていることの共有など)や,将来世代をめぐる制度の民主的正統性の確保が重要である。時間的・認知的断絶に対しては,没入感を伴うナラティブなどによって人々の想像力や感情に働きかける介入が有効である可能性が示された。また,経済状況によって年齢効果の方向性が異なるという研究4の結果を踏まえると,経済的不安や資源制約の緩和が重要である。さらに,ライフステージ効果から,将来世代への協力の担い手として高齢層の役割に注目することが求められるだろう。
本研究にはいくつかの限界がある。第一に,ライフステージ要因と協力傾向の関連の背後にあるメカニズムや因果関係は未検証である。将来世代への協力傾向が血縁関係にある他者への配慮に根ざすのか,または次世代一般への配慮に基づくのかを区別するためには,非血縁の若年者と継続的に関わる職業の人々を対象とした比較研究などが必要である。また,因果関係の方向性を検証するために,長期的な縦断研究などが求められる。ただし,本研究で協力傾向の高い集団を同定したことは,介入設計上の意義をもつ。第二に,実験で得られた知見の外的妥当性と社会実装の検証が必要である。今後は,市民参加の場を用いたフィールド実験や,エネルギー消費行動・政策支持(投票行動)などとの関連の検証が求められる。