研究課題と着眼点
 本研究の目的は、社会的ジレンマ状況における人々の協力行動を予測するモデルを構築し、さらに予測モデルを応用した分析支援システムを開発することである。それにより、社会的ジレンマの解消をめざす介入実践者の意思決定を支援する。社会的ジレンマとは、集団利益の視点からは協力が望ましい一方で、個人の視点からは非協力の方が合理的な選択となる状況である。社会的ジレンマに起因する社会問題は、渋滞や環境負荷、組織の生産性低下など多岐にわたり、莫大な経済損失を伴うことも報告されている。これらの問題に対し、利得構造を調整する制度設計や、問題そのものを緩和する技術開発といった構造的アプローチが導入されている。しかし、こうしたアプローチは高コストになりがちである。そのため、比較的低コストで協力を促す心理的アプローチへの注目が高まっている。もっとも、こうした介入においては、「期待通り」の効果を示さない事例も存在する。その理由として、協力行動に影響を与える多様な予測変数およびそれらの調整効果が、介入設計に十分に反映されていない点が挙げられる。したがって、介入の成功確率を高めるには、現場や集団に応じた予測変数間の関係性を的確に分析する必要がある。しかしながら、それを実現できるのは、高度な分析能力を有する一部の専門家、あるいは豊富な実務経験を積んだ現場の熟練者に限られる。このことは、特に心理的アプローチの普及を妨げる要因の一つと考えられる。
 このような背景のもと、本研究では、高度な分析を支援するための情報システムの提供を試みた。具体的には、社会的ジレンマの発生現場の特徴を入力すると、その状況において協力促進効果の高い介入施策がリコメンドされる仕組みの実現である。本研究では、その中核的な機能として、さまざまな実践的文脈における介入効果を分析可能な協力行動の予測モデルの構築をめざした。検討においては、社会的ジレンマの現場に実証データが十分に蓄積されておらず、予測モデルの構築に大きな制約が生じた。そこで、社会的ジレンマを模擬した実験室実験が豊富に行われていることに着目し、それらを代替的に活用する方針とした。具体的には、社会的ジレンマの実証研究を網羅的に収集したCooperation Databank (CoDa) を機械学習の対象とすることで、予測モデルの構築を進めた。さらに、構築した予測モデルを実装し、実務者が専門的知識を持たなくても施策選択の意思決定を行える分析支援システムを開発した。以下では、これらの取り組みの科学的根拠を与える5つの実証的検討について報告する。
 
協力行動予測モデルの構築
 はじめに、主に実験室実験に基づいて構築されたCoDaのデータセットを、機械学習向けの訓練データとして再構築する手法について検討した。CoDaでは、独立変数が複数ある実験において、特定の独立変数の条件群がまとめて報告されていることが多く、各条件の影響を適切に反映させる必要があった。そこで、サンプルサイズに基づく重み付けにより、その影響が正確に反映されるようにした。また、個々の実験条件とその集計結果が共に報告されている場合には冗長性が生じ、予測性能の低下を招くおそれがあった。これに対処するため、不要な冗長データを自動的に除外するロジックを導入した。さらに、変数の数値化や欠損値の補完、スケーリングなどのデータ変換処理を施し、最終的に7,984行×576列から成るデータセットが構築された。これにより、実験室実験のデータを、機械学習モデルの訓練データとして活用するための方法論が明らかになった (研究1)。
 続いて、構築されたデータセットに対する機械学習手法を検討した。目的は協力行動の予測であり、訓練データとは別の検証データに対する予測精度、すなわち汎化性能を重視した。この課題に対処するため、3種類の代表的な機械学習モデルをアンサンブルする手法を適用した。さらに、データセットの行数、つまり実験条件数が機械学習の訓練データとしては限られていたため、過学習の懸念があった。この懸念を軽減するために、交差検証法とモデルパラメータ推定の早期停止法を組み合わせた。その結果、メタ回帰を行う前後の異質性分散の比として定義される疑似決定係数は、検証データに対して0.63であった。このことは、構築したモデルが検証データの異質性分散の63%を説明できることを意味し、実用的にも有望であることが示された。さらに、CoDaに含まれている約300条件のフィールド実験のデータを検証データとして評価した結果、予測誤差は実験室実験と同等であった。これにより、外的妥当性が一定程度担保されていることが示唆された (研究2)。
 
協力行動予測モデルの応用
 次に、構築した協力行動の予測モデルをソフトウェアとして実装し、分析支援システムとしての運用可能性を検討した。予測モデルを使用するにあたっては、現場や集団の特徴に応じて、約200項目の予測変数の値を設定する必要がある。そのため、専門知識を持たないユーザがこのようなパラメータ設定を実施することは容易ではない。そこで研究3では、パラメータ設定の効率化を目標に、ガイド機能を備えたエディタ画面を設計した。加えて、分析支援に特に有用と考えられる「介入施策の効果ランキング機能」を提案し、同機能を含む各種出力を効率的に提示する解析ダッシュボード画面を設計した。上記の各機能についてのプロトタイピングを行った結果、すべてが設計通りに動作し、実用上の有効性も確認された (研究3)。
 一方で、設定すべき予測変数が依然として多いという課題が残った。そこで、パラメータ設定の負担を軽減するため、優先的に設定すべき重要な予測変数を検討した。機械学習モデルにおける予測変数の重要度推定には、Permutation Feature Importance (PFI) 法が広く用いられている。しかし、実験室実験を主体とするCoDaのデータセットにPFI法を適用すると、推定精度が低下する可能性が懸念された。そこで、研究4では従来手法を改良した新たな推定方法を提案し、推定精度が約6倍高まることをシミュレーションにより確認した。本推定手法を用いてCoDaのデータセットを分析した結果、利得構造や他者の協力に対する期待に関連する予測変数が重要であることが示され、これは先行研究の知見とも整合していた。これらの知見から、今後のパラメータ設定を効率化できる可能性が示された (研究4)。
 最後に、開発した分析支援システムを想定し、その枠組みが介入実践者などのユーザに与える心的効果について、オンライン実験により検討を行った。実験では、社会的ジレンマのシナリオを参加者に提示し、その対応策となる3種類の介入施策の中から1つを選択するように求めた。その際、助言者として、行動科学に精通した専門家、本分析支援システムを想定したAI、および職場の同僚を設定し、各助言に対する活用意図を尋ねた。その結果、最も活用意図が高かったのはAIからの助言であった。また、AIからの助言を継続的に活用した場合、個人のウェルビーイング向上が最も期待された。以上の結果から、AIを用いた意思決定支援の枠組みは、ユーザに肯定的に受容される可能性が示唆された (研究5)。
 
総合考察
 上述の実証研究で得られた知見は、協力行動予測モデルの構築と応用について、以下のように総括できる。第一に、実験室実験に基づく大規模データセットは、適切なデータ変換処理を施すことで、機械学習モデルの訓練データとして活用できることが確認された。第二に、構築された予測モデルは、実験室実験のみならずフィールド実験に対しても一定の汎化性能を示し、これにより実社会の問題への適用可能性が示された。第三に、予測モデルを実装した分析支援システムの開発を通じて、モデルの効率的な活用には、パラメータ設定ガイドと結果の可視化機能が不可欠であることが分かった。また、重要な予測変数の特定により、パラメータ設定を一層効率化できる見通しが得られた。第四に、本システムを想定したAIからの助言は、人間からの助言よりも活用意図が高く、意思決定支援の枠組みとして受容されやすいことが明らかになった。以上の点から、本研究で示した協力行動予測モデルおよび分析支援システムは、社会的ジレンマの解決に向けた意思決定支援として有効であると結論づけられる。
 本研究の学術的意義は、従来の社会的ジレンマ研究が協力行動のメカニズム解明に主眼を置いてきたのに対し、蓄積された知見を活用してその射程を予測の領域へと拡張した点である。加えて、実験室実験を主体に学習された予測モデルが一定の外的妥当性を示した点は、このアプローチの有用性を支持するものである。さらに、予測モデルの構築および重要な予測変数の推定は、社会的ジレンマ研究全体に関する実証データを用いた。これは、メタ分析の新たな方向性を示すものであり、他の研究領域への応用も期待される。実践的意義としては、協力行動の予測モデルを理論的な枠組みにとどめず、実務に活用可能な分析支援システムとして実装した点が挙げられる。これにより、従来は高度な専門知識や経験を必要としていた介入設計が、より多くの実践者にとって身近なものとなる見通しが得られた。また、分析支援システムを想定したAIの助言に対し、肯定的な心的効果が得られた。この成果も、本研究の実践的貢献を一層強化するものである。
 今後の課題としては、予測モデルの外的妥当性をさらに高めるための実証データの蓄積、システムの改良に向けた技術的・運用的課題への対応、ならびに倫理的側面への配慮が挙げられる。こうした課題に取り組むことで、本研究の成果はより実践的なものになることが期待される。