本論文は、漢文を使用して日本語を書き表した文体である「和化漢文」の通時的な変容の実態と原理について、「文書」という資料カテゴリーを主要な対象に据え、古代から中世にかけての変容を中心として論じるものである。
日本語史研究の主目的は「時代によることばの変化を明らかにすること」であり、変化が著しい話し言葉の歴史を対象とするのが基本的な立場である。しかし、日本語史を多面的に明らかにするうえでは、書き言葉の歴史に目を向け、言語運用の全体像がいかに変化してきたのかを知ることも不可欠であると考える。
近代以前の書き言葉の中で重要な役割を果たしていたのが、漢文を使って日本語を書き表した文体「和化漢文」である。和化漢文は、行政命令から私信まで幅広い内容を含む「文書」や、公私の出来事を記した日記などの「記録」、歴史書・文芸作品などの「典籍」に至るまで書き言葉の文体として広く使用されていた。日本語の書き言葉の変容の実態と原理を理解するうえでは、和化漢文を検討の対象とすることが不可欠である。
これまで和化漢文の通時的研究は多様な観点から進められてきたが、個々の研究がバラバラに行われてきたきらいがあり、従来の方法論に見直しを加えることで(Ⅰ)通時的研究の充実を図ることが求められる。和化漢文の通時的研究の方法論的課題として、「記録」「文書」といった資料カテゴリーの枠組みそのものに対して日本語学的観点から検討の目を向けることが必要であるという(Ⅱ)資料カテゴリーの検討・再編成、話し言葉の歴史と関連させた検討を自覚的に行うことが必要であるという(Ⅲ)話し言葉との関わりの検討、という課題がある。これらの課題から、(Ⅰ)和化漢文の変容の実態を、(Ⅱ)資料の性質、(Ⅲ)話し言葉との関わり、を視野に入れながら検討することを本論文の目的とする。そのうえで、様式に応じた変容の実態が観察できるという点から資料カテゴリー上は「文書」を、表記現象や文法現象への検討にも接続され得るという点から言語的カテゴリー上は「語彙」を主要な対象に据え、「文書における語彙体系の変容」を考えるという核となるテーマを定める。
上述の目的を序論第一章で示したうえで、本論での検討に先立ち、序論第二章では本論文の目的・テーマに含まれる「和化漢文」「話し言葉」「文書」という概念に関する説明を行う。要点のみを示すと、「和化漢文」は「古典中国語文の表記規範に依拠しつつ、非中国語文的な表記現象や、非漢文訓読文的な文法・語彙現象を許容する日本語文」と定義し、「話し言葉」は「日常会話に使用される言語体系」と定義するとともに「前代の言語規範への依拠の度合いが低い」点にその特徴を求め、「文書」は「当事者から、他者に対して、他動的に、伝達を行う書面」と定義する。同時に、このような定義を行ううえでの立場について説明を行う。
本論は第一編から第三編までの三部構成をとる。第一編「借字表記語彙からみる和化漢文の語彙体系の変容」は、「和化漢文の語彙体系の変容」の実態を示そうとするものである。ここでは、「目出(メデタシ)」のような借字表記語を、和化漢文に非漢文訓読文的な語彙が使用されるようになるという変容を端的に示すものと把握したうえで、このような借字表記語が文書に発達する過程を、資料の性質と話し言葉との関わり、具体的な問題設定としては(ⅰ)どのような様式・用途・文体の文書に使用されたか(=文書史的観点)、(ⅱ)話し言葉における当該語との関係でどのような特徴を持ったか(=語史的観点)、という二つの視点から検討していく。
第一章「古往来の借字表記語彙」では、中世以前に作成された書状の模範文例集である古往来から借字表記語を収集し、そもそもどのような借字表記語彙が文書に使用されていたのか、という点への見通しをつける。第一章の検討をもとにして、第二章「文書の借字表記語彙(1)―「目出(メデタシ)」―」、第三章「文書の借字表記語彙(2)―「度(タシ)」―」、第四章「文書の借字表記語彙(3)―「穴賢(アナカシコ)」―」で、個別的な語の検討を行う。
第二章~第四章の検討から、借字表記語は対者敬語「候(サブラフ)」を使用する文書という特定の文体に偏って使用される場合がある(第二章・第三章)、借字表記語は話し言葉における当該語の変化を反映する場合がある(第二章・第三章・第四章)、という二つの特徴を導き出す。さらに、この「候」使用文書への偏りという特徴が一二世紀以降に形成されたものであることを予想したうえで(第四章)、第五章「借字表記語彙の使用開始時期と文体的特徴」では、この予想が第二章~第四章で扱った三語以外にも成り立つこと、「候」使用文書に偏る借字表記語彙は公家日記においても会話文への偏りを見せるという文体的価値を持つことを示す。付随して、文書における敬語「候」について、話し言葉における「サブラフ」との関係、文書における「候」の使用状況について、「侍(ハベリ)」との比較を視野に入れつつ補足を行うのが付章「文書における「侍(ハベリ)」と「候(サブラフ)」である。
第一編の検討から、「和化漢文の語彙体系の変容」が、「文体の使い分け」を受けながら、「話し言葉的要素の現れ」という形で生じる、という二つの特徴を示し、これを、「和化漢文の変容の実態を、資料の性質、話し言葉との関わり、を視野に入れつつ検討する」という問題意識への一つの回答とする。
これをもとに、第二編・第三編では、「文体の使い分け」「話し言葉的要素の現れ」に関する問題をそれぞれに掘り下げる形での検討を進める。第二編「「候体」の成立」では「文体の使い分け」を掘り下げる形で、「候」を使用する文書の文体である「候体」が、和化漢文文書の中で特殊な文体となったのはなぜか、という問題を考えていく。第一章「「候体」研究史と課題」では、候体(候文)を扱った先行研究を概観し、候体の言語的特徴や成立過程・時期、さらには候体の定義といった基本的な問題について、現状では合意が得られていないことを示す。そのうえで、候体の独自性として認められる言語的特徴を、文法・語彙・表記といった観点ごとに整理する。このうち語彙の問題について、第二章「候体の成立過程(1)―「候体語」―」で、候体の独自性として認められる語彙にどのようなものがあるかという問題を、一四世紀において「候」使用文書/「候」不使用文書の両方を多く発給した人物である今川了俊の発給文書を手がかりとして検討する。これを通じ、複合動詞「―入(イル)」、形容詞「無二勿体一(モツタイナシ)」、副詞「猶々(ナホナホ)」など、「候」使用文書に偏って使用された「候体語」の例を具体的に示す。また、表記の問題について、第三章「候体の成立過程(2)―「候」字形の変化―」では、候体の独自性の一つとして認められる「ヽ」のような極端に簡略化された字形が成立する過程を検討し、一二世紀後半~一三世紀前半頃に成立したことを実証的に示す。以上を踏まえて、文法・語彙・表記の観点ごとに整理した候体の言語的特徴は、(一)一一世紀後半以降に、(二)平仮名文書との共通特徴として形成された、という連動した流れとして把握できることを示したうえで、第四章「候体の成立試論」では、(一)(二)の流れが生じた背景を、古文書学における中世前期の文書機能論の成果を参照し、「中世的文書主義」を背景として平仮名文書が公的領域へ進出したことで、一一~一二世紀に漢字/仮名という対立軸が薄らいだことに求める。
第三編「話し言葉的な構文の現れ」では「話し言葉的要素の現れ」を掘り下げる形で、和化漢文における話し言葉的要素はどのように現れるか、という問題を考えていく。これに際しては、和化漢文の語彙を包括的に扱った先行研究と、和化漢文に現れる合成語、句、連文などを個別的に扱った先行研究の成果を統合する形で、和化漢文には語の選択上は広義漢文訓読語の使用という制約が認められる一方、合成語や句、連文などの形態・統語的結合体には非漢文訓読的要素がみられることに着目し、これら結合体を構文的知識に基づいて産出される「構文」と捉えることによって、「語選択の制約と、構文使用の非制約」という視座を設定する。この視座をもとに、接辞と自立語による派生、自立語と自立語による複合、文と文による連文といった様々なレベルでの構文の使用を通じて、和化漢文に話し言葉的要素が現れる状況を具体的に検討していく。第一章では「御目出(オンメデタシ)」のような「「御」+[形容詞]」(接頭辞+自立語による派生語)、第二章では「恐入(ヲソレイル)」のような「―入(イル)」」(自立語+自立語による複合語)、第三章では「御約束申(オンヤクソクモウス)」のような「「御―申(マウス)」(接頭辞+自立語+自立語による複合語)、第四章では「~歟不知(~カシラズ)」のような間接疑問文(連文による複文)を例にとり、各現象そのものの発達状況に照らし合わせながら、これらの話し言葉的要素が和化漢文に使用されるようになることを示していく。さらに、第五章では、関連する先行研究を参照しながら、第一章~第四章で扱った諸現象が対人配慮と関係があることを示し、各現象は「文書に対人配慮に関する表現が発達しやすい」という一般的特徴として位置づけられることを確認する。同時に、そのような特徴が現れる背景についても検討を行う。
最後に、終章「文体差の原理と話し言葉の原理」では、本論文の結論として、本論文で示した和化漢文の変容と先行研究に示された文体史観を統合するために、「文体の使い分け」と「話し言葉的要素の現れ」という二つの観点から、古代以来の和化漢文の変容を捉える構想を示す。
日本語史研究の主目的は「時代によることばの変化を明らかにすること」であり、変化が著しい話し言葉の歴史を対象とするのが基本的な立場である。しかし、日本語史を多面的に明らかにするうえでは、書き言葉の歴史に目を向け、言語運用の全体像がいかに変化してきたのかを知ることも不可欠であると考える。
近代以前の書き言葉の中で重要な役割を果たしていたのが、漢文を使って日本語を書き表した文体「和化漢文」である。和化漢文は、行政命令から私信まで幅広い内容を含む「文書」や、公私の出来事を記した日記などの「記録」、歴史書・文芸作品などの「典籍」に至るまで書き言葉の文体として広く使用されていた。日本語の書き言葉の変容の実態と原理を理解するうえでは、和化漢文を検討の対象とすることが不可欠である。
これまで和化漢文の通時的研究は多様な観点から進められてきたが、個々の研究がバラバラに行われてきたきらいがあり、従来の方法論に見直しを加えることで(Ⅰ)通時的研究の充実を図ることが求められる。和化漢文の通時的研究の方法論的課題として、「記録」「文書」といった資料カテゴリーの枠組みそのものに対して日本語学的観点から検討の目を向けることが必要であるという(Ⅱ)資料カテゴリーの検討・再編成、話し言葉の歴史と関連させた検討を自覚的に行うことが必要であるという(Ⅲ)話し言葉との関わりの検討、という課題がある。これらの課題から、(Ⅰ)和化漢文の変容の実態を、(Ⅱ)資料の性質、(Ⅲ)話し言葉との関わり、を視野に入れながら検討することを本論文の目的とする。そのうえで、様式に応じた変容の実態が観察できるという点から資料カテゴリー上は「文書」を、表記現象や文法現象への検討にも接続され得るという点から言語的カテゴリー上は「語彙」を主要な対象に据え、「文書における語彙体系の変容」を考えるという核となるテーマを定める。
上述の目的を序論第一章で示したうえで、本論での検討に先立ち、序論第二章では本論文の目的・テーマに含まれる「和化漢文」「話し言葉」「文書」という概念に関する説明を行う。要点のみを示すと、「和化漢文」は「古典中国語文の表記規範に依拠しつつ、非中国語文的な表記現象や、非漢文訓読文的な文法・語彙現象を許容する日本語文」と定義し、「話し言葉」は「日常会話に使用される言語体系」と定義するとともに「前代の言語規範への依拠の度合いが低い」点にその特徴を求め、「文書」は「当事者から、他者に対して、他動的に、伝達を行う書面」と定義する。同時に、このような定義を行ううえでの立場について説明を行う。
本論は第一編から第三編までの三部構成をとる。第一編「借字表記語彙からみる和化漢文の語彙体系の変容」は、「和化漢文の語彙体系の変容」の実態を示そうとするものである。ここでは、「目出(メデタシ)」のような借字表記語を、和化漢文に非漢文訓読文的な語彙が使用されるようになるという変容を端的に示すものと把握したうえで、このような借字表記語が文書に発達する過程を、資料の性質と話し言葉との関わり、具体的な問題設定としては(ⅰ)どのような様式・用途・文体の文書に使用されたか(=文書史的観点)、(ⅱ)話し言葉における当該語との関係でどのような特徴を持ったか(=語史的観点)、という二つの視点から検討していく。
第一章「古往来の借字表記語彙」では、中世以前に作成された書状の模範文例集である古往来から借字表記語を収集し、そもそもどのような借字表記語彙が文書に使用されていたのか、という点への見通しをつける。第一章の検討をもとにして、第二章「文書の借字表記語彙(1)―「目出(メデタシ)」―」、第三章「文書の借字表記語彙(2)―「度(タシ)」―」、第四章「文書の借字表記語彙(3)―「穴賢(アナカシコ)」―」で、個別的な語の検討を行う。
第二章~第四章の検討から、借字表記語は対者敬語「候(サブラフ)」を使用する文書という特定の文体に偏って使用される場合がある(第二章・第三章)、借字表記語は話し言葉における当該語の変化を反映する場合がある(第二章・第三章・第四章)、という二つの特徴を導き出す。さらに、この「候」使用文書への偏りという特徴が一二世紀以降に形成されたものであることを予想したうえで(第四章)、第五章「借字表記語彙の使用開始時期と文体的特徴」では、この予想が第二章~第四章で扱った三語以外にも成り立つこと、「候」使用文書に偏る借字表記語彙は公家日記においても会話文への偏りを見せるという文体的価値を持つことを示す。付随して、文書における敬語「候」について、話し言葉における「サブラフ」との関係、文書における「候」の使用状況について、「侍(ハベリ)」との比較を視野に入れつつ補足を行うのが付章「文書における「侍(ハベリ)」と「候(サブラフ)」である。
第一編の検討から、「和化漢文の語彙体系の変容」が、「文体の使い分け」を受けながら、「話し言葉的要素の現れ」という形で生じる、という二つの特徴を示し、これを、「和化漢文の変容の実態を、資料の性質、話し言葉との関わり、を視野に入れつつ検討する」という問題意識への一つの回答とする。
これをもとに、第二編・第三編では、「文体の使い分け」「話し言葉的要素の現れ」に関する問題をそれぞれに掘り下げる形での検討を進める。第二編「「候体」の成立」では「文体の使い分け」を掘り下げる形で、「候」を使用する文書の文体である「候体」が、和化漢文文書の中で特殊な文体となったのはなぜか、という問題を考えていく。第一章「「候体」研究史と課題」では、候体(候文)を扱った先行研究を概観し、候体の言語的特徴や成立過程・時期、さらには候体の定義といった基本的な問題について、現状では合意が得られていないことを示す。そのうえで、候体の独自性として認められる言語的特徴を、文法・語彙・表記といった観点ごとに整理する。このうち語彙の問題について、第二章「候体の成立過程(1)―「候体語」―」で、候体の独自性として認められる語彙にどのようなものがあるかという問題を、一四世紀において「候」使用文書/「候」不使用文書の両方を多く発給した人物である今川了俊の発給文書を手がかりとして検討する。これを通じ、複合動詞「―入(イル)」、形容詞「無二勿体一(モツタイナシ)」、副詞「猶々(ナホナホ)」など、「候」使用文書に偏って使用された「候体語」の例を具体的に示す。また、表記の問題について、第三章「候体の成立過程(2)―「候」字形の変化―」では、候体の独自性の一つとして認められる「ヽ」のような極端に簡略化された字形が成立する過程を検討し、一二世紀後半~一三世紀前半頃に成立したことを実証的に示す。以上を踏まえて、文法・語彙・表記の観点ごとに整理した候体の言語的特徴は、(一)一一世紀後半以降に、(二)平仮名文書との共通特徴として形成された、という連動した流れとして把握できることを示したうえで、第四章「候体の成立試論」では、(一)(二)の流れが生じた背景を、古文書学における中世前期の文書機能論の成果を参照し、「中世的文書主義」を背景として平仮名文書が公的領域へ進出したことで、一一~一二世紀に漢字/仮名という対立軸が薄らいだことに求める。
第三編「話し言葉的な構文の現れ」では「話し言葉的要素の現れ」を掘り下げる形で、和化漢文における話し言葉的要素はどのように現れるか、という問題を考えていく。これに際しては、和化漢文の語彙を包括的に扱った先行研究と、和化漢文に現れる合成語、句、連文などを個別的に扱った先行研究の成果を統合する形で、和化漢文には語の選択上は広義漢文訓読語の使用という制約が認められる一方、合成語や句、連文などの形態・統語的結合体には非漢文訓読的要素がみられることに着目し、これら結合体を構文的知識に基づいて産出される「構文」と捉えることによって、「語選択の制約と、構文使用の非制約」という視座を設定する。この視座をもとに、接辞と自立語による派生、自立語と自立語による複合、文と文による連文といった様々なレベルでの構文の使用を通じて、和化漢文に話し言葉的要素が現れる状況を具体的に検討していく。第一章では「御目出(オンメデタシ)」のような「「御」+[形容詞]」(接頭辞+自立語による派生語)、第二章では「恐入(ヲソレイル)」のような「―入(イル)」」(自立語+自立語による複合語)、第三章では「御約束申(オンヤクソクモウス)」のような「「御―申(マウス)」(接頭辞+自立語+自立語による複合語)、第四章では「~歟不知(~カシラズ)」のような間接疑問文(連文による複文)を例にとり、各現象そのものの発達状況に照らし合わせながら、これらの話し言葉的要素が和化漢文に使用されるようになることを示していく。さらに、第五章では、関連する先行研究を参照しながら、第一章~第四章で扱った諸現象が対人配慮と関係があることを示し、各現象は「文書に対人配慮に関する表現が発達しやすい」という一般的特徴として位置づけられることを確認する。同時に、そのような特徴が現れる背景についても検討を行う。
最後に、終章「文体差の原理と話し言葉の原理」では、本論文の結論として、本論文で示した和化漢文の変容と先行研究に示された文体史観を統合するために、「文体の使い分け」と「話し言葉的要素の現れ」という二つの観点から、古代以来の和化漢文の変容を捉える構想を示す。