本論文の目的は、プラハ出身のユダヤ人作家フランツ・カフカ(Franz Kafka: 1883-1924)が執着していた〈わからなさ〉というキーワードで日記や手紙の記述、作品群を捉えなおし、本人にも制御不能で、理解したとは明言されていない〈わからなさ〉の追求というかたちで展開された、フランツ・カフカの詩学を明らかにすることにある。またその過程で生じた書き物から、〈わからなさを含む存在〉と他者から一方的に判断された場合に、逆境を打破するための方法を抽出することも可能であることを提示する。意図的に実益書として生き抜く術を読者に教授した著作物であると主張するものではないが、結果的に必要とする読者たちの視点、すなわち被害者である、被害者となり得る、被害者としての経験を持つ者たちの見解ではそのように解釈することも可能であることを指摘したい。主旨を追いやすいように、〈わからなさを含む存在〉が作品内で殺害、もしくは排除されず、生き延びることに成功し、作品の範囲内で生き抜いている場合に重点を置くが、〈わからなさを含む存在〉が排除され処刑されてゆく作品に関しても最小限触れておく。
はじめに作家が自らの外に、そして自らの内面に認識し、言及した〈わからなさ〉をどのように分析し、対処したのか、明らかにする。続いて、作品内で〈わからなさ〉の具現として提示された〈わからなさを含む存在〉がどのような役割を果たしているのか、ということに注目し、カフカの作品群に多種多様性と雑多性を容認する世界観が展開されていることを示す。そのうえで、〈内面のわからなさ〉が読者の内面に生じた時の対処法をカフカが書き物によって提示していること、さらに〈わからなさを含む存在〉と他者から一方的に判断された場合に逆境を打破するための方法を作品内から抽出することも可能であることを証明する。
作家本人の思考に必ずしも〈定義づけ〉に基づいてすべての事柄を理解してゆく、理路整然とした方向性や一貫性がみられないがゆえに、カフカが記している〈わからなさ〉を定義づけることも困難である。しかし便宜上、対外的なわからなさを〈他者のわからなさ〉、作家が内面にその存在を認めていたなにかしらを〈内面のわからなさ〉としておく。〈他者のわからなさ〉とは他者から生じ得るもの、〈内面のわからなさ〉とは自分が把握していない自分の内面から生じ得るものである。すなわち、〈他者のわからなさ〉とは、根本的に言動が予測不能な他者から生じ、いわれのない誹謗中傷、身体的精神的暴力、殺害など理由もわからないまま外から押し付けられる事態に関わる、ないしは被る可能性のある〈わからなさ〉であり、あるいは未知のものに対する好奇心に導かれる外からの刺激により触発される〈わからなさ〉である。〈内面のわからなさ〉とは、自分の意識では制御不能で、すべてを把握することも不可能な自分の内面にあるなにものか、すなわち夢、幻視、無意識の世界など、その存在を意識しつつも自分にはその正体やそれらがどこから生じるのか自分にもわからない、内面のなにかしらのことである。自己分析に基づき、こうした二つの〈わからなさ〉への対処法をカフカは提示し、書き物として遺した。
プラハ・ドイツ語文学と呼ばれていた研究分野では、多種多様性と雑多性が常態であるプラハの状況が、その場所で行われた創作活動にも影響を及ぼすとの考え方がかつては主流であり、現在においても容認されている。その半ば伝統的な観点を踏襲し、本論では伝記的解釈を前提としつつ、作家が意識的無意識的に影響を受けたプラハ/中欧の文化的背景に加え、プラハのユダヤ人の歴史的背景、慣習的なユダヤとの関り及びさまざまなユダヤ思想からの影響を含めてカフカの作品を読み解く。そのうえで、カフカが常に他者に救いの手を差し伸べていた状況に鑑み、カフカの作品が彼の妹たちのような社会的立場の弱い者にとっては精神的身体的に生き延びてゆく方法を示唆する作品群ともなり得ることを提示する。
第1章では作家の伝記的背景、手紙や日記の記述から、作家が〈わからなさ〉という感覚の存在を認識し、執着を示しつつ、内外の〈わからなさ〉に対処していたことを確認する。〈内面のわからなさ〉の対処法として、自己分析に基づき、カフカは〈有害な教育/しつけ〉の悪影響が原因の一つであると認識し、次世代にはその状況を回避すべく、子供達を家族/一族から離して教育を受けさせるように推奨していた。また、自らの経験を生かし、相談してきたユダヤ系の若い世代に、より広い世界へゆき、異なる価値観を知ることが〈内面のわからなさ〉の対処法の一つであると示唆していたことを明らかにする。そして、これらの対処法が〈他者のわからなさ〉を前提に考察されていることを示す。
第2章では、作家の住環境であり、多くの物語の発想及び創作の場として影響を与えたであろう生まれ故郷の町プラハに焦点を当て、宗教も宗派も言語も文化も民族も思想も混在し、政治的理由や地理的条件からまさに多種多様性と雑多性が常態であったことを示す。また、この地で芸術活動が独自の進展を遂げ、さまざまな民族が交流しつつ展開された芸術活動にカフカが友人のマックス・ブロートとともに関わっていたことを示し、多種多様性と雑多性に対して抵抗のない作家の姿勢を提示する。
第3章では、多種多様な存在と出会う可能性を含む土地柄から影響を受けた作家によって、作家が認識していた〈内面のわからなさ〉〈他者のわからなさ〉がどのように物語内に提示され、どのような役割を果たしているのか具体的に例を挙げて確認する。
カフカの作品群において〈わからなさ〉のテーマは主に〈わからなさを含む存在〉として提示された。作品内の登場人物が他者と対峙した場合、当該の他者それぞれの独自の視覚的、聴覚的要因や、登場人物の抱くunconscious/implicit bias(先入見/無意識的偏見/暗黙の偏見)に基づき、この登場人物が〈わからなさ〉を感じ取り、自らが対峙したもの/者を〈わからなさを含む存在〉と認識し、その存在を中心に作品が展開されている場合がある。〈わからなさを含む存在〉が〈人〉以外のものであった場合、〈人〉になり猿性から離れたと主張するかつてチンパンジー/猿であった報告者の場合、そして明らかに〈人〉であると対峙する他者から認められ得る人物の場合を扱うが、いずれの作品においても多種多様性や雑多性の具現である〈わからなさを含む存在〉が、物語の中で対峙する他者の寛容さを試す役割を担っていることを確認する。作品としては『雑種』、『家父の心配』、『あるアカデミーへの報告』そして『失踪者』を扱う。第一に、これらの作品は、正体不明性、出口、多種多様性及び雑多性というテーマに関し、研究史においても検討されることの多い作品である。第二に、これらの作品には〈わからなさを含む存在〉が保護され、心配される環境、機会を与えられ社会で活躍してゆく環境、得体の知れないもの/者でありながらも社会の中で精神的身体的に生き延びてゆく可能性を含む環境が描かれ、弱者にとっては理想的な要素が含まれた世界が繰り広げられているためである。もちろん、〈わからなさ〉がカフカの作品の起点になっている例はこれらの作品のみではない。
カフカが構想した短編集『罰』(『判決』、『変身』、『流刑地にて』)では、閉鎖的な場所や狭い領域(具体的には家庭内、島内)において、〈わからなさを含む存在〉が告発者たちの直接あるいは間接的な介入により死に至る物語内容となっている。カフカのみではなかろうが、対照的な方向性を持つ作品群が遺されていること自体、作家が創作に際して多角的視点から構想していたことを示している。
カフカの創作活動において、〈わからなさを含む存在〉や状況は中心的な役割を果たしている。それらは、本来の姿や素性、正体が明かされないため、物語のテクストの多義性と多様な読解可能性を誘発する。また、作品内で〈わからなさを含む存在〉の本来の姿、素性、正体が解明されることはないことを確認し、主な傾向として、〈わからなさを含む存在〉が〈人〉ではない場合には他者の寛容な態度が示されていること、狭い場所において〈わからなさを含む存在〉が〈人〉である場合には想定外の告発者が突如現れ死へ向かうことになること、そのような事態を避けるために、より広い世界へと〈逃げ道〉を探すこと、しかし〈逃げ道〉の先の結末に関してはさまざまな断片において、さまざまな可能性が提示されたに過ぎないことを指摘した。すなわち、作家自身にも決定的に〈正解〉となり得るような答えはわからないということが暗示されてもいるが、そのわからなさはさらなる創作活動の起爆剤ともなっている。さらに、〈わからなさを含む存在〉が作品内で活路を開いている記述から、被害者になる可能性の高い読者たちには、他者から一方的に〈わからなさを含む存在〉として扱われ虐げられた時の〈出口/逃げ道〉を探す方法、生き延びてゆく方法、いわば生き残り戦略を学ぶことも可能であることを提示した。
〈わからなさ〉の追求というかたちで展開されているフランツ・カフカの詩学とは、いわば徹底した不確実性の詩学Poetics of Radical Uncertainty / Die Poetik der radikalen Unsicherheitとでも呼ぶべきものである。〈内面のわからなさ〉は自分では制御できず、〈他者のわからなさ〉は予測不能であり、そのような自らが内的、外的に刺激を受けた感覚を起点とし、フランツ・カフカは自らの創作活動を展開している。日記、手紙、作品に書かれた内容は、どこまでが自覚的創作であるのか、時には作家自身も把握していない、あるいは把握していないかのような装いを纏い読者に提供される。明確な解答、明確な定義の束縛を許容しえないわからなさそのもの、その徹底した不確実性そのものを追及してゆく姿勢こそが、フランツ・カフカの詩学と呼ばれ得るものであるといえよう。
はじめに作家が自らの外に、そして自らの内面に認識し、言及した〈わからなさ〉をどのように分析し、対処したのか、明らかにする。続いて、作品内で〈わからなさ〉の具現として提示された〈わからなさを含む存在〉がどのような役割を果たしているのか、ということに注目し、カフカの作品群に多種多様性と雑多性を容認する世界観が展開されていることを示す。そのうえで、〈内面のわからなさ〉が読者の内面に生じた時の対処法をカフカが書き物によって提示していること、さらに〈わからなさを含む存在〉と他者から一方的に判断された場合に逆境を打破するための方法を作品内から抽出することも可能であることを証明する。
作家本人の思考に必ずしも〈定義づけ〉に基づいてすべての事柄を理解してゆく、理路整然とした方向性や一貫性がみられないがゆえに、カフカが記している〈わからなさ〉を定義づけることも困難である。しかし便宜上、対外的なわからなさを〈他者のわからなさ〉、作家が内面にその存在を認めていたなにかしらを〈内面のわからなさ〉としておく。〈他者のわからなさ〉とは他者から生じ得るもの、〈内面のわからなさ〉とは自分が把握していない自分の内面から生じ得るものである。すなわち、〈他者のわからなさ〉とは、根本的に言動が予測不能な他者から生じ、いわれのない誹謗中傷、身体的精神的暴力、殺害など理由もわからないまま外から押し付けられる事態に関わる、ないしは被る可能性のある〈わからなさ〉であり、あるいは未知のものに対する好奇心に導かれる外からの刺激により触発される〈わからなさ〉である。〈内面のわからなさ〉とは、自分の意識では制御不能で、すべてを把握することも不可能な自分の内面にあるなにものか、すなわち夢、幻視、無意識の世界など、その存在を意識しつつも自分にはその正体やそれらがどこから生じるのか自分にもわからない、内面のなにかしらのことである。自己分析に基づき、こうした二つの〈わからなさ〉への対処法をカフカは提示し、書き物として遺した。
プラハ・ドイツ語文学と呼ばれていた研究分野では、多種多様性と雑多性が常態であるプラハの状況が、その場所で行われた創作活動にも影響を及ぼすとの考え方がかつては主流であり、現在においても容認されている。その半ば伝統的な観点を踏襲し、本論では伝記的解釈を前提としつつ、作家が意識的無意識的に影響を受けたプラハ/中欧の文化的背景に加え、プラハのユダヤ人の歴史的背景、慣習的なユダヤとの関り及びさまざまなユダヤ思想からの影響を含めてカフカの作品を読み解く。そのうえで、カフカが常に他者に救いの手を差し伸べていた状況に鑑み、カフカの作品が彼の妹たちのような社会的立場の弱い者にとっては精神的身体的に生き延びてゆく方法を示唆する作品群ともなり得ることを提示する。
第1章では作家の伝記的背景、手紙や日記の記述から、作家が〈わからなさ〉という感覚の存在を認識し、執着を示しつつ、内外の〈わからなさ〉に対処していたことを確認する。〈内面のわからなさ〉の対処法として、自己分析に基づき、カフカは〈有害な教育/しつけ〉の悪影響が原因の一つであると認識し、次世代にはその状況を回避すべく、子供達を家族/一族から離して教育を受けさせるように推奨していた。また、自らの経験を生かし、相談してきたユダヤ系の若い世代に、より広い世界へゆき、異なる価値観を知ることが〈内面のわからなさ〉の対処法の一つであると示唆していたことを明らかにする。そして、これらの対処法が〈他者のわからなさ〉を前提に考察されていることを示す。
第2章では、作家の住環境であり、多くの物語の発想及び創作の場として影響を与えたであろう生まれ故郷の町プラハに焦点を当て、宗教も宗派も言語も文化も民族も思想も混在し、政治的理由や地理的条件からまさに多種多様性と雑多性が常態であったことを示す。また、この地で芸術活動が独自の進展を遂げ、さまざまな民族が交流しつつ展開された芸術活動にカフカが友人のマックス・ブロートとともに関わっていたことを示し、多種多様性と雑多性に対して抵抗のない作家の姿勢を提示する。
第3章では、多種多様な存在と出会う可能性を含む土地柄から影響を受けた作家によって、作家が認識していた〈内面のわからなさ〉〈他者のわからなさ〉がどのように物語内に提示され、どのような役割を果たしているのか具体的に例を挙げて確認する。
カフカの作品群において〈わからなさ〉のテーマは主に〈わからなさを含む存在〉として提示された。作品内の登場人物が他者と対峙した場合、当該の他者それぞれの独自の視覚的、聴覚的要因や、登場人物の抱くunconscious/implicit bias(先入見/無意識的偏見/暗黙の偏見)に基づき、この登場人物が〈わからなさ〉を感じ取り、自らが対峙したもの/者を〈わからなさを含む存在〉と認識し、その存在を中心に作品が展開されている場合がある。〈わからなさを含む存在〉が〈人〉以外のものであった場合、〈人〉になり猿性から離れたと主張するかつてチンパンジー/猿であった報告者の場合、そして明らかに〈人〉であると対峙する他者から認められ得る人物の場合を扱うが、いずれの作品においても多種多様性や雑多性の具現である〈わからなさを含む存在〉が、物語の中で対峙する他者の寛容さを試す役割を担っていることを確認する。作品としては『雑種』、『家父の心配』、『あるアカデミーへの報告』そして『失踪者』を扱う。第一に、これらの作品は、正体不明性、出口、多種多様性及び雑多性というテーマに関し、研究史においても検討されることの多い作品である。第二に、これらの作品には〈わからなさを含む存在〉が保護され、心配される環境、機会を与えられ社会で活躍してゆく環境、得体の知れないもの/者でありながらも社会の中で精神的身体的に生き延びてゆく可能性を含む環境が描かれ、弱者にとっては理想的な要素が含まれた世界が繰り広げられているためである。もちろん、〈わからなさ〉がカフカの作品の起点になっている例はこれらの作品のみではない。
カフカが構想した短編集『罰』(『判決』、『変身』、『流刑地にて』)では、閉鎖的な場所や狭い領域(具体的には家庭内、島内)において、〈わからなさを含む存在〉が告発者たちの直接あるいは間接的な介入により死に至る物語内容となっている。カフカのみではなかろうが、対照的な方向性を持つ作品群が遺されていること自体、作家が創作に際して多角的視点から構想していたことを示している。
カフカの創作活動において、〈わからなさを含む存在〉や状況は中心的な役割を果たしている。それらは、本来の姿や素性、正体が明かされないため、物語のテクストの多義性と多様な読解可能性を誘発する。また、作品内で〈わからなさを含む存在〉の本来の姿、素性、正体が解明されることはないことを確認し、主な傾向として、〈わからなさを含む存在〉が〈人〉ではない場合には他者の寛容な態度が示されていること、狭い場所において〈わからなさを含む存在〉が〈人〉である場合には想定外の告発者が突如現れ死へ向かうことになること、そのような事態を避けるために、より広い世界へと〈逃げ道〉を探すこと、しかし〈逃げ道〉の先の結末に関してはさまざまな断片において、さまざまな可能性が提示されたに過ぎないことを指摘した。すなわち、作家自身にも決定的に〈正解〉となり得るような答えはわからないということが暗示されてもいるが、そのわからなさはさらなる創作活動の起爆剤ともなっている。さらに、〈わからなさを含む存在〉が作品内で活路を開いている記述から、被害者になる可能性の高い読者たちには、他者から一方的に〈わからなさを含む存在〉として扱われ虐げられた時の〈出口/逃げ道〉を探す方法、生き延びてゆく方法、いわば生き残り戦略を学ぶことも可能であることを提示した。
〈わからなさ〉の追求というかたちで展開されているフランツ・カフカの詩学とは、いわば徹底した不確実性の詩学Poetics of Radical Uncertainty / Die Poetik der radikalen Unsicherheitとでも呼ぶべきものである。〈内面のわからなさ〉は自分では制御できず、〈他者のわからなさ〉は予測不能であり、そのような自らが内的、外的に刺激を受けた感覚を起点とし、フランツ・カフカは自らの創作活動を展開している。日記、手紙、作品に書かれた内容は、どこまでが自覚的創作であるのか、時には作家自身も把握していない、あるいは把握していないかのような装いを纏い読者に提供される。明確な解答、明確な定義の束縛を許容しえないわからなさそのもの、その徹底した不確実性そのものを追及してゆく姿勢こそが、フランツ・カフカの詩学と呼ばれ得るものであるといえよう。