古代日本語における助詞モには、(1)のごとく範列的な事項・事態を想定させる用法がある一方で、(2)のごとく範列的な事項・事態を想定しかねる用法も確認される。
(1) a. 一昨日も昨日も今日も[前日毛昨日毛今日毛]見つれども明日さへ見まく欲しき君かも (万葉6・1014)
b. 燃ゆる火も[燃火物]取りて包みて袋には入るといはずやも智男雲(万葉2・160)
(2) a. うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも[情悲毛]ひとりし思へば
(万葉19・4292)
b. 見れど飽かずいましし君がもみち葉のうつろひ行けば悲しくもあるか[悲喪有香]
(万葉3・459)
(1)は「君を見た日」や「袋に入るもの」について、明示的であれ暗示的であれ複数の事項・事態を並べて提示する。文法論研究においては、このようなはたらきは「合説」と称されることがある。その一方で(2)は、あくまで「悲し」とのみ思うのであって、ほかの感情を含意しているわけではない。伝統的には「詠嘆」などと称されるそのはたらきを、本論文では「合説」に対置して「非合説」と称する。
以上のような「合説」の機能と「非合説」の機能との展開・派生関係を解明することを、本論文の最終的な目的とする。
序論第1章「助詞モの機能と用法」では、本論文の使用する術語や本論文のとる立場を確認した。そして、構文的環境を考慮しつつ、意味的な観点を基準とした助詞モの用法の整理を試み、本論文における助詞モへの大局的な理解を示した。本論第2章から第7章までの各章では、その用法の整理にしたがって、局所的な「モ」の用法に着目した分析をおこなった。
序論第2章「非合説のモをめぐる諸問題の整理」では、古代語の助詞モ研究を概観し、その現在地を整理した。そして、非合説の「モ」をめぐるいくつかの問題を提起し、そのうちの「非合説のモの位置づけ」を本論文全体の終着点に据えた。また、「『詠嘆』の意味」については、その一部を本論第2章にて論じた。
本論第1章「承接順序による係助詞の整理とその機能」では、「モゾ」「カモ」のような係助詞承接形に着目することで、統語的には係助詞に3種の承接を導けることを主張し、その3種の区分は、意味的・構文的性格の区分にも合致することを論じた。「モ」は、承接①③というふたつの側面を有する係助詞である。承接①の係助詞は、第2種副助詞に準じる性格を有しており、後世における「とりたて詞」としての「モ」はこの側面をのこしたものと考えられる。また、承接③の係助詞としての側面を有するという点において、「係り結び」という文法現象を介さずに、古代語における「モ」が「係助詞」であったことを証明した。
本論第2章「文末用法の助詞モの機能」では、いわゆる「詠嘆」を表すとされる、文末用法の助詞モを詳細に検討した。上代語資料において、「悲シ」「惜シ」などが単独の終止形終止法を構成しえないことを根拠として、「モ」が文に「詠嘆」を直接付与しているわけではないことを主張し、不定的な表現を文として成立させる役割を果たしていると結論づけた。いわゆる「詠嘆」は、そのようなはたらきから解釈上副次的に生じるものと考えられる。
本論第3章「「ⅩモYニ」節における助詞モの機能」では、「枝もとををに」「滝もとどろに」といった「ⅩモYニ」節に着目して、その「モ」の機能を「合説性説」から説明すべきか、「節構成説」から説明すべきかを論じた。そして、マデ節や連用形・テ形節などの副詞節に「モ」が用いられがたいことを根拠として、上代においては「節構成説」が支持されることを主張し、不定的な「Yニ」を副詞節として支えることに「モ」の役割を求めた。また一方で、合説性の成熟した中古以降においては「合説性説」からの解釈も可能であり、上代から中古にかけて、「ⅩモYニ」節の「モ」に対する再解釈が生じた可能性をも示唆した。
また「ⅩモYニ」節は、上代にこそ生産的に用いられたものの、中古以降には廃れゆく語法である。そこで、本論第4章「古代語における「ⅩモYニ」節の衰退」では、中古における「ⅩモYニ」節の使用実態を検討し、歌学書や『日本書紀』古訓の記述から「ⅩモYニ」節がある種の「古言」として認識されていた可能性を指摘した。ニ型からト型へという副詞形態の変化や、バカリ節などの自由度の高い副詞節の発達が「ⅩモYニ」節の衰退を招いたと考え、「ⅩモYニ」節がその役割を失ってゆく過程を論じた。
本論第5章「上代における希望表現と助詞モとの共起」では、「ヌカ(モ)」や「(テ)シカ(モ)」などの希望表現と共起する「モ」の果たすはたらきについて論じた。「実現可能性」という観点から希望表現を二分することで、助詞モが実現可能性の低い事態を提示する希望表現ときわめて強く共起することを明らかにして、そのような場合は合説性から解釈しがたく、非合説由来のはたらきが想定されることを主張した。
さらに、本論文が希望表現に括らなかった「マシ」にも、希望の意が色濃く認められることがある。本論第6章「助動詞マシに共起する助詞モの位置づけ」では、そのような「マシ」と「モ」との共起を検討した。「マシ」に共起する「モ」は、従来は意志表現や希望表現などと結びつけられて〈最小限度〉に解されてきたが、「マシ」の文型を細かく分類して「モ」との共起を検討し、〈最小限度〉には解釈しがたいことを論じた。そして、上代特殊語法の「ズハ」を伴う「マシ」に「モ」が共起しやすいことを根拠として、助詞モの構文的環境としての「マシ」が実現可能性の低い希望表現に結びつけられることを主張し、「モ」のはたらきが非合説性に由来することを明らかにした。
本論第7章「上代における「ダニモ」の「モ」」では、副助詞の「ダニ」に後接する「モ」の機能を検討した。従来「ダニ」と「ダニモ」とは等しい表現であり、「モ」は〈最小限度〉の意を重ねているだけであると考えられてきたが、希望表現や否定表現に共起する「ダニ」や「モ」の検討から、上代における「ダニモ」が〈最小限度+詠嘆〉から〈最小限度〉への過渡期にあったことを指摘した。
本論第8章「訓点資料における助詞モの用法」では、上代語資料や中古和文資料から訓点資料へと検討対象を移して、助詞モの使用実態に迫った。漢文訓読文における助詞モには、合説性の顕著な「モ亦」や接続用法の比率の増加など、和文には見られない特徴が確認された。和文に比して用法の多彩さを欠くものの、その欠けた用法は主として非合説の機能から説明されるべきものであることを指摘し、漢文訓読文の「モ」がいち早く合説の助詞としての立ち位置を獲得していたことを述べた。
以上の検討により、本論文では「非合説」の機能から「合説」の機能への展開・派生を想定すべきであると結論づけた。上代においてすでに、非合説由来の用法と合説由来の用法とがともに成熟していたため、両者の具体的な展開・派生関係の解明には相当の困難が伴うが、(2a)のような文末用法の助詞モを起点として、逆接性の解釈が生じ、さらにそこから〈最大限度〉の用法への展開が導かれる。そこが「非合説」から「合説」への(ひとつの)入口であったと考えられる。
また、本論第3章から第7章にかけては、先行論において「合説」の機能から説明されることのあった「モ」の諸用法ついて、それぞれ「非合説」の機能に由来することを述べた。そのような議論を積み重ねることによって、助詞モ研究における古代語の「モ」の重心をわずかばかり「非合説」の側に動かすことができたものと思われる。
(1) a. 一昨日も昨日も今日も[前日毛昨日毛今日毛]見つれども明日さへ見まく欲しき君かも (万葉6・1014)
b. 燃ゆる火も[燃火物]取りて包みて袋には入るといはずやも智男雲(万葉2・160)
(2) a. うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも[情悲毛]ひとりし思へば
(万葉19・4292)
b. 見れど飽かずいましし君がもみち葉のうつろひ行けば悲しくもあるか[悲喪有香]
(万葉3・459)
(1)は「君を見た日」や「袋に入るもの」について、明示的であれ暗示的であれ複数の事項・事態を並べて提示する。文法論研究においては、このようなはたらきは「合説」と称されることがある。その一方で(2)は、あくまで「悲し」とのみ思うのであって、ほかの感情を含意しているわけではない。伝統的には「詠嘆」などと称されるそのはたらきを、本論文では「合説」に対置して「非合説」と称する。
以上のような「合説」の機能と「非合説」の機能との展開・派生関係を解明することを、本論文の最終的な目的とする。
序論第1章「助詞モの機能と用法」では、本論文の使用する術語や本論文のとる立場を確認した。そして、構文的環境を考慮しつつ、意味的な観点を基準とした助詞モの用法の整理を試み、本論文における助詞モへの大局的な理解を示した。本論第2章から第7章までの各章では、その用法の整理にしたがって、局所的な「モ」の用法に着目した分析をおこなった。
序論第2章「非合説のモをめぐる諸問題の整理」では、古代語の助詞モ研究を概観し、その現在地を整理した。そして、非合説の「モ」をめぐるいくつかの問題を提起し、そのうちの「非合説のモの位置づけ」を本論文全体の終着点に据えた。また、「『詠嘆』の意味」については、その一部を本論第2章にて論じた。
本論第1章「承接順序による係助詞の整理とその機能」では、「モゾ」「カモ」のような係助詞承接形に着目することで、統語的には係助詞に3種の承接を導けることを主張し、その3種の区分は、意味的・構文的性格の区分にも合致することを論じた。「モ」は、承接①③というふたつの側面を有する係助詞である。承接①の係助詞は、第2種副助詞に準じる性格を有しており、後世における「とりたて詞」としての「モ」はこの側面をのこしたものと考えられる。また、承接③の係助詞としての側面を有するという点において、「係り結び」という文法現象を介さずに、古代語における「モ」が「係助詞」であったことを証明した。
本論第2章「文末用法の助詞モの機能」では、いわゆる「詠嘆」を表すとされる、文末用法の助詞モを詳細に検討した。上代語資料において、「悲シ」「惜シ」などが単独の終止形終止法を構成しえないことを根拠として、「モ」が文に「詠嘆」を直接付与しているわけではないことを主張し、不定的な表現を文として成立させる役割を果たしていると結論づけた。いわゆる「詠嘆」は、そのようなはたらきから解釈上副次的に生じるものと考えられる。
本論第3章「「ⅩモYニ」節における助詞モの機能」では、「枝もとををに」「滝もとどろに」といった「ⅩモYニ」節に着目して、その「モ」の機能を「合説性説」から説明すべきか、「節構成説」から説明すべきかを論じた。そして、マデ節や連用形・テ形節などの副詞節に「モ」が用いられがたいことを根拠として、上代においては「節構成説」が支持されることを主張し、不定的な「Yニ」を副詞節として支えることに「モ」の役割を求めた。また一方で、合説性の成熟した中古以降においては「合説性説」からの解釈も可能であり、上代から中古にかけて、「ⅩモYニ」節の「モ」に対する再解釈が生じた可能性をも示唆した。
また「ⅩモYニ」節は、上代にこそ生産的に用いられたものの、中古以降には廃れゆく語法である。そこで、本論第4章「古代語における「ⅩモYニ」節の衰退」では、中古における「ⅩモYニ」節の使用実態を検討し、歌学書や『日本書紀』古訓の記述から「ⅩモYニ」節がある種の「古言」として認識されていた可能性を指摘した。ニ型からト型へという副詞形態の変化や、バカリ節などの自由度の高い副詞節の発達が「ⅩモYニ」節の衰退を招いたと考え、「ⅩモYニ」節がその役割を失ってゆく過程を論じた。
本論第5章「上代における希望表現と助詞モとの共起」では、「ヌカ(モ)」や「(テ)シカ(モ)」などの希望表現と共起する「モ」の果たすはたらきについて論じた。「実現可能性」という観点から希望表現を二分することで、助詞モが実現可能性の低い事態を提示する希望表現ときわめて強く共起することを明らかにして、そのような場合は合説性から解釈しがたく、非合説由来のはたらきが想定されることを主張した。
さらに、本論文が希望表現に括らなかった「マシ」にも、希望の意が色濃く認められることがある。本論第6章「助動詞マシに共起する助詞モの位置づけ」では、そのような「マシ」と「モ」との共起を検討した。「マシ」に共起する「モ」は、従来は意志表現や希望表現などと結びつけられて〈最小限度〉に解されてきたが、「マシ」の文型を細かく分類して「モ」との共起を検討し、〈最小限度〉には解釈しがたいことを論じた。そして、上代特殊語法の「ズハ」を伴う「マシ」に「モ」が共起しやすいことを根拠として、助詞モの構文的環境としての「マシ」が実現可能性の低い希望表現に結びつけられることを主張し、「モ」のはたらきが非合説性に由来することを明らかにした。
本論第7章「上代における「ダニモ」の「モ」」では、副助詞の「ダニ」に後接する「モ」の機能を検討した。従来「ダニ」と「ダニモ」とは等しい表現であり、「モ」は〈最小限度〉の意を重ねているだけであると考えられてきたが、希望表現や否定表現に共起する「ダニ」や「モ」の検討から、上代における「ダニモ」が〈最小限度+詠嘆〉から〈最小限度〉への過渡期にあったことを指摘した。
本論第8章「訓点資料における助詞モの用法」では、上代語資料や中古和文資料から訓点資料へと検討対象を移して、助詞モの使用実態に迫った。漢文訓読文における助詞モには、合説性の顕著な「モ亦」や接続用法の比率の増加など、和文には見られない特徴が確認された。和文に比して用法の多彩さを欠くものの、その欠けた用法は主として非合説の機能から説明されるべきものであることを指摘し、漢文訓読文の「モ」がいち早く合説の助詞としての立ち位置を獲得していたことを述べた。
以上の検討により、本論文では「非合説」の機能から「合説」の機能への展開・派生を想定すべきであると結論づけた。上代においてすでに、非合説由来の用法と合説由来の用法とがともに成熟していたため、両者の具体的な展開・派生関係の解明には相当の困難が伴うが、(2a)のような文末用法の助詞モを起点として、逆接性の解釈が生じ、さらにそこから〈最大限度〉の用法への展開が導かれる。そこが「非合説」から「合説」への(ひとつの)入口であったと考えられる。
また、本論第3章から第7章にかけては、先行論において「合説」の機能から説明されることのあった「モ」の諸用法ついて、それぞれ「非合説」の機能に由来することを述べた。そのような議論を積み重ねることによって、助詞モ研究における古代語の「モ」の重心をわずかばかり「非合説」の側に動かすことができたものと思われる。