本稿は以下の六章で構成される。
第一章は、「王安石の学術史観」の考察である。従来、王安石の学問が正統儒学の系譜から外されてきた一因は、儒仏道を折衷した「不純な儒学」とされてきたことにある。本稿ではその評価を批判的に再検討し、彼の学問的立場を「学術的危機への理論的応答」として再構成する。特に、儒仏道の三教融合という表層的な特徴の背後に、「大道の分裂」という学術史観に基づく自覚的な思想的構想が存在していた点を重視する。王安石は仏老思想を批判的に受容しつつ、大道の分裂を乗り越えて、「体用兼備」「経世致用」という「全一の道」の復興をめざしたのである。それによって王安石は、聖人の道が分裂・散逸した後世に生きる学者として、儒教の経典や文字そのものに対しても深い懐疑の目を向け、「心をもって道を証す」という立場を打ち立てた。彼の新学は、単なる理論の探求にとどまらず、哲学的思弁と政治的実践の接続を志向する点で、思想的包容力と実践的知性を兼ね備えた革新的儒学なのである。
第二章「『洪範伝』について」では、「五行と道徳性命」「災異論」「皇極説」の三つの主題を軸に王安石の『洪範伝』を考察し、従来軽視されがちであったその理論的独自性と思想史的連続性を再評価する。まず、「五行疇」の解釈において、王安石は五行生成論に「五神」の概念を取り入れるとともに、創造的に医学や養生学の視点を導入した。彼は、五行思想を単なる物理的秩序の説明にとどめるのではなく、そこに生命の概念を取り入れ、「道徳性命」と結びつけた。これにより、人間が天地の間において主体的な役割を果たすこと、そして君主が天の「養生治疾者」として地の運化を補佐する職能を有することを強調したのである。次に、「災異論」については、北宋士大夫による讖緯学批判と災異論の変遷を分析し、王安石が『洪範伝』を著した思想的背景を明らかにする。王安石の『洪範伝』は天人感応説を全面的に否定するのではなく、新たな形で天人関係を再構築し、政治の正統性を神秘的な兆候ではなく民生の実態に求めることに重点を置いていた。最後に「皇極説」については、『洪範伝』を宋代の皇極説の発展史の中に位置づけて検討する。北宋中期の政治文化的背景のもとで、王安石の皇極解釈は「順天」を「窮理」へと転化し、神霊を仰ぎ祈る君主の姿勢を現実の地上へ引き戻し、人間の「有為」を奨励したのである。そしてこの点を南宋までの理学の発展と繋げつつ、「屋極の譬喩」を手がかりとすることで、新学と理学の思想的交渉のありかたを浮き彫りにする。
第三章「王安石の字学」では、『字説』を考察対象とする。その目的は、王安石の字学の性質が従来の『説文解字』系統の文字学とは異なることを明らかにし、それを彼の新経学を支える新学術と新方法として、また哲学と政治思想を融合させた一種の「正名学」として再定位することである。従来、『字説』は『三経新義』の参考書であり経学の付属にすぎないと軽視され、字書として見れば「会意」の解字法や義理のこじつけに問題があると批判されてきた。本章では、『字説』における文字観と宇宙秩序観の考察を通じて、王安石が『説文解字』の解釈体系を超克して独自の新解を打ち立てようとした背景には、聖人の制作に倣って「自然の理を顕現する」という文字本来の表意機能を再興する意図があったことを明らかにする。従来の六書理論を脱却し、ほとんどすべての漢字に新解を与えるという課題に直面したとき、彼は『周易』の「卦を設けて象を観る」方法を原理とし、漢字の形象やイメージを易学・洪範学と結びつけ、万象を一つの連関的秩序の中に取り込もうとしたのである。こうした点を踏まえて、本章では王安石の字学を単なる文字学ではなく、道徳や思想の統一を図るための秩序再建の正名学として再評価する。また、『字説』を「新経学」の理論的土台と位置づけることで、王安石の『三経新義』を理解する新たな視座を提示する。
第四章「王安石の性論と礼楽論」では、王安石の性論と礼楽論を中心に考察を行う。本章の目的は、従来の研究が王安石の性論に対して与えてきた「変容」「時期区分」「最終的判断の確定」という枠組みを超えて、王安石の性論に内在する理路やアプローチを掘り下げることである。とくに「性と習」「性と情」「性と命」という三つの命題を通じて、彼の人性論を再考する。理学が性善説を重視するのに対し、王安石は人性を生まれながらに備わった資質や能力と捉え、それが善にも悪にもなり得ると主張した。その目的は、道徳的選択における人間の主体性および後天的教化における礼楽制度の重要性を強調することにあった。これにより、王安石の新学は理学とは異なる理論的路線、すなわち制度儒学の道を歩むこととなった。本章ではまた、王安石がどのように告子や荀子の人性論を乗り越え、礼楽と人性の関係を再定義したかを明らかにした。彼は荀子の「天人二分」説を超え、「天から生じ、人によって完成される」という理論に基づいて、礼楽の本質を、生まれ持った才能や性質が最終的に完成に至るために必要な一環として定義した。このような理解の下で、王安石は養生学の思想をも積極的に吸収し、礼楽の原則を「簡易」、修養の要諦を「精一」とみなして、独自の礼楽論を掲げたのである。
第五章「『老子注』について」では、王安石による『老子注』の構造と成立過程を検討し、さらに王安石による老子の理論的転換とその目的について解釈する。まず、現存する輯佚本『老子注』および引用文献四種(『全義』『雑説』『新説』『字説』)に対するテキスト批判を通して、『老子注』の構造や成立年代に関する問題に取り組みつつ、それら各テキストの前後関係や思想解釈上の優先順位を明確にする。特に従来の研究における『雑説』への過度な依拠に対し、本稿では『字説』と『全義』をより優先すべき資料として位置づける。次に、王安石が『老子注』において王弼の見解に明確な批判を加え、『老子』第一章の再解釈によって従来の「無を根本とする」思想に異議を唱えることで、「無を重んじ、有を軽んずる」という老子学の傾向を是正しようとしたことを明示する。そのうえで、王安石が老子の「名」批判を受け入れつつ、『周易』の思想を援用して「有」と「無」の相互依存的関係を再構築したことを明らかにする。この「有無相生」の道論は、単なる形而上学的議論にとどまらず、制度構築の肯定と制度の時間的有限性への警戒という政治的実践における諸問題へと接続されるものであった。
第六章「王安石の道論」では、前章における「有」と「無」の論に続いて、王安石の道論全体の構造を考察し、長らく続いてきた「天人二分」に関する批判に対して応答を試みる。王安石が追求した「道」あるいは「古人の大体」における最大の特徴は「全一」であるが、その道論自体は「有無」「天人」「本末」といった二分的な理論構造を有しており、「二面」から「一」を語るという一体両面の構造こそが王安石の思想の本質をなす。本章ではまず、王安石の「自然」概念に郭象の「自生」思想の影響があることを解明し、彼の「天生人成」論の新たな読み替えを行う。これは天と人を二項対立させる議論ではなく、「無為」論に応答しつつ、人の能動的関与の正当性と限界を示す試みである。次に、「本」と「用」の二面に即して、王安石が論じた道の両面の内在的関係を明らかにする。「本」は無限の潜在性を内包し、それにより「用」としての万象の生成変化が可能となる。また、その変化に対応する柔軟性と創発性は、「本」への不断の回帰によって初めて保証される。最後に、王安石が目指した真の「一」とは、すべての相対性を超えた「無対の神」であることを証明する。そして「無対の神」および「聖人の道」に関する検討によって、変化の必然性やそれに対応する人間の能動性に対する王安石の関心を提示する。結論として、王安石の道論は理論構造上は「二分法」を基盤としながらも、その実質的内容はつねに「全一の道」の回復と再構築を目指すものであったことを明らかにする。
第一章は、「王安石の学術史観」の考察である。従来、王安石の学問が正統儒学の系譜から外されてきた一因は、儒仏道を折衷した「不純な儒学」とされてきたことにある。本稿ではその評価を批判的に再検討し、彼の学問的立場を「学術的危機への理論的応答」として再構成する。特に、儒仏道の三教融合という表層的な特徴の背後に、「大道の分裂」という学術史観に基づく自覚的な思想的構想が存在していた点を重視する。王安石は仏老思想を批判的に受容しつつ、大道の分裂を乗り越えて、「体用兼備」「経世致用」という「全一の道」の復興をめざしたのである。それによって王安石は、聖人の道が分裂・散逸した後世に生きる学者として、儒教の経典や文字そのものに対しても深い懐疑の目を向け、「心をもって道を証す」という立場を打ち立てた。彼の新学は、単なる理論の探求にとどまらず、哲学的思弁と政治的実践の接続を志向する点で、思想的包容力と実践的知性を兼ね備えた革新的儒学なのである。
第二章「『洪範伝』について」では、「五行と道徳性命」「災異論」「皇極説」の三つの主題を軸に王安石の『洪範伝』を考察し、従来軽視されがちであったその理論的独自性と思想史的連続性を再評価する。まず、「五行疇」の解釈において、王安石は五行生成論に「五神」の概念を取り入れるとともに、創造的に医学や養生学の視点を導入した。彼は、五行思想を単なる物理的秩序の説明にとどめるのではなく、そこに生命の概念を取り入れ、「道徳性命」と結びつけた。これにより、人間が天地の間において主体的な役割を果たすこと、そして君主が天の「養生治疾者」として地の運化を補佐する職能を有することを強調したのである。次に、「災異論」については、北宋士大夫による讖緯学批判と災異論の変遷を分析し、王安石が『洪範伝』を著した思想的背景を明らかにする。王安石の『洪範伝』は天人感応説を全面的に否定するのではなく、新たな形で天人関係を再構築し、政治の正統性を神秘的な兆候ではなく民生の実態に求めることに重点を置いていた。最後に「皇極説」については、『洪範伝』を宋代の皇極説の発展史の中に位置づけて検討する。北宋中期の政治文化的背景のもとで、王安石の皇極解釈は「順天」を「窮理」へと転化し、神霊を仰ぎ祈る君主の姿勢を現実の地上へ引き戻し、人間の「有為」を奨励したのである。そしてこの点を南宋までの理学の発展と繋げつつ、「屋極の譬喩」を手がかりとすることで、新学と理学の思想的交渉のありかたを浮き彫りにする。
第三章「王安石の字学」では、『字説』を考察対象とする。その目的は、王安石の字学の性質が従来の『説文解字』系統の文字学とは異なることを明らかにし、それを彼の新経学を支える新学術と新方法として、また哲学と政治思想を融合させた一種の「正名学」として再定位することである。従来、『字説』は『三経新義』の参考書であり経学の付属にすぎないと軽視され、字書として見れば「会意」の解字法や義理のこじつけに問題があると批判されてきた。本章では、『字説』における文字観と宇宙秩序観の考察を通じて、王安石が『説文解字』の解釈体系を超克して独自の新解を打ち立てようとした背景には、聖人の制作に倣って「自然の理を顕現する」という文字本来の表意機能を再興する意図があったことを明らかにする。従来の六書理論を脱却し、ほとんどすべての漢字に新解を与えるという課題に直面したとき、彼は『周易』の「卦を設けて象を観る」方法を原理とし、漢字の形象やイメージを易学・洪範学と結びつけ、万象を一つの連関的秩序の中に取り込もうとしたのである。こうした点を踏まえて、本章では王安石の字学を単なる文字学ではなく、道徳や思想の統一を図るための秩序再建の正名学として再評価する。また、『字説』を「新経学」の理論的土台と位置づけることで、王安石の『三経新義』を理解する新たな視座を提示する。
第四章「王安石の性論と礼楽論」では、王安石の性論と礼楽論を中心に考察を行う。本章の目的は、従来の研究が王安石の性論に対して与えてきた「変容」「時期区分」「最終的判断の確定」という枠組みを超えて、王安石の性論に内在する理路やアプローチを掘り下げることである。とくに「性と習」「性と情」「性と命」という三つの命題を通じて、彼の人性論を再考する。理学が性善説を重視するのに対し、王安石は人性を生まれながらに備わった資質や能力と捉え、それが善にも悪にもなり得ると主張した。その目的は、道徳的選択における人間の主体性および後天的教化における礼楽制度の重要性を強調することにあった。これにより、王安石の新学は理学とは異なる理論的路線、すなわち制度儒学の道を歩むこととなった。本章ではまた、王安石がどのように告子や荀子の人性論を乗り越え、礼楽と人性の関係を再定義したかを明らかにした。彼は荀子の「天人二分」説を超え、「天から生じ、人によって完成される」という理論に基づいて、礼楽の本質を、生まれ持った才能や性質が最終的に完成に至るために必要な一環として定義した。このような理解の下で、王安石は養生学の思想をも積極的に吸収し、礼楽の原則を「簡易」、修養の要諦を「精一」とみなして、独自の礼楽論を掲げたのである。
第五章「『老子注』について」では、王安石による『老子注』の構造と成立過程を検討し、さらに王安石による老子の理論的転換とその目的について解釈する。まず、現存する輯佚本『老子注』および引用文献四種(『全義』『雑説』『新説』『字説』)に対するテキスト批判を通して、『老子注』の構造や成立年代に関する問題に取り組みつつ、それら各テキストの前後関係や思想解釈上の優先順位を明確にする。特に従来の研究における『雑説』への過度な依拠に対し、本稿では『字説』と『全義』をより優先すべき資料として位置づける。次に、王安石が『老子注』において王弼の見解に明確な批判を加え、『老子』第一章の再解釈によって従来の「無を根本とする」思想に異議を唱えることで、「無を重んじ、有を軽んずる」という老子学の傾向を是正しようとしたことを明示する。そのうえで、王安石が老子の「名」批判を受け入れつつ、『周易』の思想を援用して「有」と「無」の相互依存的関係を再構築したことを明らかにする。この「有無相生」の道論は、単なる形而上学的議論にとどまらず、制度構築の肯定と制度の時間的有限性への警戒という政治的実践における諸問題へと接続されるものであった。
第六章「王安石の道論」では、前章における「有」と「無」の論に続いて、王安石の道論全体の構造を考察し、長らく続いてきた「天人二分」に関する批判に対して応答を試みる。王安石が追求した「道」あるいは「古人の大体」における最大の特徴は「全一」であるが、その道論自体は「有無」「天人」「本末」といった二分的な理論構造を有しており、「二面」から「一」を語るという一体両面の構造こそが王安石の思想の本質をなす。本章ではまず、王安石の「自然」概念に郭象の「自生」思想の影響があることを解明し、彼の「天生人成」論の新たな読み替えを行う。これは天と人を二項対立させる議論ではなく、「無為」論に応答しつつ、人の能動的関与の正当性と限界を示す試みである。次に、「本」と「用」の二面に即して、王安石が論じた道の両面の内在的関係を明らかにする。「本」は無限の潜在性を内包し、それにより「用」としての万象の生成変化が可能となる。また、その変化に対応する柔軟性と創発性は、「本」への不断の回帰によって初めて保証される。最後に、王安石が目指した真の「一」とは、すべての相対性を超えた「無対の神」であることを証明する。そして「無対の神」および「聖人の道」に関する検討によって、変化の必然性やそれに対応する人間の能動性に対する王安石の関心を提示する。結論として、王安石の道論は理論構造上は「二分法」を基盤としながらも、その実質的内容はつねに「全一の道」の回復と再構築を目指すものであったことを明らかにする。