研究背景と課題
組織で働くということは、多様な人と協働していくということである。企業組織の中のチームにおいては、チームが取り組むタスクに関する専門能力(職務能力)を要するメンバーが集まって課題遂行がなされているが、その能力のレベルはメンバーによって異なっているのが通常である。専門能力の獲得には一定の資質に加えて習熟も必要であることを考えれば、その程度がメンバーによって異なることは自然かつ不可避的であるとも言える。
チームにおいて、能力レベルの差異、すなわち「専門能力レベルの多様性」を一定の水準に保ち続けることは必ずしも容易ではない。メンバーの入れ替わりや個々人の専門能力の習熟度の差などにより、チーム内の多様性の程度は往々にして変化を余儀なくされる。さらに、社会・経済環境の急激な変化を背景に、企業組織で必要とされる専門能力は高度化・複雑化しており、それが個人間の専門能力レベルの差異の増大につながることが企業の人事課題となりつつある。メンバー間の能力レベルの乖離が大きくなることは、時としてチームでの協働を困難にし、組織運営の負荷を高める可能性があることが指摘されている。
こうした背景から、専門能力レベルの多様性がチームの協働に及ぼす影響について実証的に検証し、対処する方策について検討することは、社会的・実践的な意義が大きいと考えられる。
多様性研究の現状
チームにおける多様性というテーマは、社会的な関心の高まりと合わせ、学術研究の領域としても発展し、知見が積み重ねられつつある。しかし、従来の研究は、性別や人種といったデモグラフィック特性に代表されるような、カテゴリカルかつ水平的な分化に着目するものが中心であり、専門能力レベルという垂直的な差異に関する多様性の研究は数少ないという現状にある。また、多様性がチームに及ぼす効果に関する既存の知見は、チームに対するメリットをもたらすという実証知見と、デメリットにつながるという実証知見とが混在している。
本研究では、先行研究における議論も踏まえ、こうした知見の非一貫性を解消するためには、いくつかの留意すべき事項があることを指摘する。具体的には、①多様性概念と測定の対応、②調整要因の検討、さらに③効果のレベルの区別である。以下に述べる通り、本研究のデザインは、これらの観点を踏まえて設計されたものである。
本研究の主眼
第一に、本研究では、先行研究に基づいてさまざまな多様性概念を「差異の方向」と「差異の性質」の二軸で類型化したうえで、専門能力レベル多様性を「垂直的な距離」という類型によって捉えた。さらに、この類型の多様性に適合する測定法としてメンバー間の能力レベルの分散に目を向け、実証研究を行った。
第二に、多様性の効果はチームの文脈に応じて異なるという先行研究での議論をふまえ、チームの主要な文脈変数の一つとされる「メンバーの流動性」の調整効果に着目した。流動性は、メンバーの入れ替わりの頻度や程度を調整することにより組織的に介入することができる変数である。本研究の実践的な狙いは、流動性への介入が、専門能力レベル多様性のメリットを活かす方策として機能する可能性を示すことにあった。
第三に、本研究では、専門能力レベル多様性が及ぼす影響を、チーム全体のコーディネーションに対する効果と、チーム内の個人の向チーム行動(チームが機能するために必要とされる個人の行動)に対する効果という2つの観点から検証した。チームレベルと個人レベルでの効果を区別した検証は、多様性がチームに及ぼす影響を理解するうえで重要とされながらも、これまでの実証研究は限られていた。さらに、多様性はメンバー間の異質性を表す概念であるため、その影響がメンバー間でどのように異なるのかという問いは本質的な重要性を持つ。そこで、個人レベルの効果について、「個人の専門能力レベルによって多様性の影響がどのように異なるのか」という点にまで踏み込んだ検討を行った。
本研究の仮説
本研究の仮説は、流動性が高いチームにおいて専門能力レベル多様性がコーディネーションや向チーム行動に正に関連する、というものであった。
先行研究の知見から、メンバー間の垂直的な差異は互いの役割分担を助ける社会的な手がかりとして働くと同時に、そうした手がかりの必要性は、メンバーの入れ替わりが激しく互いの役割分担に混乱が生じやすいチームほど高まると考えられる。そのため、メンバーが流動的なチームにおいては、専門能力レベル多様性が大きいことがチームにとってメリットとなりやすいことが予測できる。つまり、能力が高い人とそうでない人がともにチーム内に存在することで、教える・教えられるという関係が明確になり、メンバーが流動的なチームにおける協働を円滑にするだろう、ということである。本研究では、こうした効果は、チーム全体のコーディネーションについても、チーム内の個人の向チーム行動についても同様に見られると予測した。
さらに、チーム内で相対的に弱い立場に置かれるメンバー(この場合、専門能力レベルが低いメンバー)の方が、チーム環境による影響を受けやすいことに鑑み、多様性と流動性が向チーム行動に及ぼす効果は、専門能力レベルが高いメンバーよりも、低いメンバーで顕著に見られると予測した。
実証研究の構成とアプローチ
本論文は、先行研究の流れと課題を整理し、上記の研究目的を明示した理論編(第1~5章)と、実証研究のアプローチに関する整理(第6章)、実証編1(第7章:チーム全体のコーディネーションへの効果)、実証編2(第8章:チーム内の個人の向チーム行動への効果)、総合考察(第9章)によって構成された。実証編では合計5つの実証研究が行われた。
本研究では、組織の中の実際のフィールドデータを用いた分析を主たるアプローチとして上述の仮説検証を行った。具体的には、企業組織の中で活動しているワークチームに関する企業の内部データを組み合わせ、仮説検証に必要なデータセットを新たに構築した。さらに、知見の頑健性を確認するため、一般社会人を対象とした職場に関するインターネット調査を行った。
これら2タイプの研究では、測定についても異なる方法を採用した。すなわち、組織データ分析では、チーム内の複数の個人からデータが収集されていることを活かして個人の回答をチーム単位で集約する方法を採ったのに対して、職場インターネット調査では、チームの状態について個人に尋ねた回答をチームの指標とするという方法で、主たる変数の測定を行った。
実証編1:チーム全体のコーディネーションに対する効果
実証編1では、メンバーの流動性が高いチームにおいて、専門能力レベル多様性によるコーディネーションの促進が顕著に見られるという仮説を検証した。企業内のワークチームを対象としたデータ分析(Study 1)と職場責任者を対象としたインターネット調査(Study 2)は、一貫して仮説を支持する結果を示した。
また、コーディネーションへの影響に加えて、Study 1ではチームパフォーマンス、Study 2では関係コンフリクトという関連変数についての検討も行い、概念的に整合的な結果が得られた。すなわち、流動性の高いチームでは、多様性が大きいほどパフォーマンスが促進され、関係コンフリクトが抑制される傾向が見出された。
実証編2:チーム内の個人の向チーム行動に対する効果
実証編2では、個人の向チーム行動に対する専門能力レベルの多様性の正の効果が流動性の高いチームにおいて顕著に見られる、また、この調整効果はチーム内で専門能力レベルの低い個人により顕著に見られる、という仮説を検証した。ここでは、企業内部の組織データの分析に加えて、非管理職として働く会社員を対象としたインターネットでの職場調査を行った。
向チーム行動は、チーム参加・役割内活動・役割外活動の3種類からなるが、Study 3(組織データ分析)ではこのうちチーム参加に絞った検証を行い、上記の仮説を支持する結果を得た。Study 4(インターネット調査)では役割内・役割外活動について複数の尺度(熟達行動・適応行動・プロアクティブ行動)を用いた検証を行い、ここでもおおむね一貫して仮説を支持する結果を得た。また、Study 5(インターネット調査)では役割外活動(組織市民行動)について検証し、ここでも仮説と整合する結果を得た。
このように、実証編2の結果は一貫して本研究の仮説を支持するものであった。
本研究の貢献
本研究の主要な貢献は、専門能力レベル多様性がチームのコーディネーションや向チーム行動に及ぼす効果を、流動性の調整効果という観点から記述したことにある。専門能力レベルのメンバー間差異の増大が社会的・実践的に問題視されつつある中で、専門能力レベル多様性を検討した既存の実証研究は限られている。
特に、本研究は、当該の多様性に関してメンバーの流動性による調整効果を見出した初めての研究である。流動性は特に現代の組織チームを特徴づける変数の一つとして重要視されていることに加え、組織運営においてその程度を調整できるという意味で「マネジメント可能」な変数であると考えられる。その調整効果を明らかにしたことは、学術上の意義のみならず、組織マネジメント上で専門能力レベル多様性(の拡大)のメリットを実現する手段として流動性(の増加)を用いることができるかもしれない、という実践的な可能性をも示唆している。
最後に本論文では、本研究の限界として、結果の一般化可能性の問題や学術研究の実践応用に関する留意点についても論じた。
組織で働くということは、多様な人と協働していくということである。企業組織の中のチームにおいては、チームが取り組むタスクに関する専門能力(職務能力)を要するメンバーが集まって課題遂行がなされているが、その能力のレベルはメンバーによって異なっているのが通常である。専門能力の獲得には一定の資質に加えて習熟も必要であることを考えれば、その程度がメンバーによって異なることは自然かつ不可避的であるとも言える。
チームにおいて、能力レベルの差異、すなわち「専門能力レベルの多様性」を一定の水準に保ち続けることは必ずしも容易ではない。メンバーの入れ替わりや個々人の専門能力の習熟度の差などにより、チーム内の多様性の程度は往々にして変化を余儀なくされる。さらに、社会・経済環境の急激な変化を背景に、企業組織で必要とされる専門能力は高度化・複雑化しており、それが個人間の専門能力レベルの差異の増大につながることが企業の人事課題となりつつある。メンバー間の能力レベルの乖離が大きくなることは、時としてチームでの協働を困難にし、組織運営の負荷を高める可能性があることが指摘されている。
こうした背景から、専門能力レベルの多様性がチームの協働に及ぼす影響について実証的に検証し、対処する方策について検討することは、社会的・実践的な意義が大きいと考えられる。
多様性研究の現状
チームにおける多様性というテーマは、社会的な関心の高まりと合わせ、学術研究の領域としても発展し、知見が積み重ねられつつある。しかし、従来の研究は、性別や人種といったデモグラフィック特性に代表されるような、カテゴリカルかつ水平的な分化に着目するものが中心であり、専門能力レベルという垂直的な差異に関する多様性の研究は数少ないという現状にある。また、多様性がチームに及ぼす効果に関する既存の知見は、チームに対するメリットをもたらすという実証知見と、デメリットにつながるという実証知見とが混在している。
本研究では、先行研究における議論も踏まえ、こうした知見の非一貫性を解消するためには、いくつかの留意すべき事項があることを指摘する。具体的には、①多様性概念と測定の対応、②調整要因の検討、さらに③効果のレベルの区別である。以下に述べる通り、本研究のデザインは、これらの観点を踏まえて設計されたものである。
本研究の主眼
第一に、本研究では、先行研究に基づいてさまざまな多様性概念を「差異の方向」と「差異の性質」の二軸で類型化したうえで、専門能力レベル多様性を「垂直的な距離」という類型によって捉えた。さらに、この類型の多様性に適合する測定法としてメンバー間の能力レベルの分散に目を向け、実証研究を行った。
第二に、多様性の効果はチームの文脈に応じて異なるという先行研究での議論をふまえ、チームの主要な文脈変数の一つとされる「メンバーの流動性」の調整効果に着目した。流動性は、メンバーの入れ替わりの頻度や程度を調整することにより組織的に介入することができる変数である。本研究の実践的な狙いは、流動性への介入が、専門能力レベル多様性のメリットを活かす方策として機能する可能性を示すことにあった。
第三に、本研究では、専門能力レベル多様性が及ぼす影響を、チーム全体のコーディネーションに対する効果と、チーム内の個人の向チーム行動(チームが機能するために必要とされる個人の行動)に対する効果という2つの観点から検証した。チームレベルと個人レベルでの効果を区別した検証は、多様性がチームに及ぼす影響を理解するうえで重要とされながらも、これまでの実証研究は限られていた。さらに、多様性はメンバー間の異質性を表す概念であるため、その影響がメンバー間でどのように異なるのかという問いは本質的な重要性を持つ。そこで、個人レベルの効果について、「個人の専門能力レベルによって多様性の影響がどのように異なるのか」という点にまで踏み込んだ検討を行った。
本研究の仮説
本研究の仮説は、流動性が高いチームにおいて専門能力レベル多様性がコーディネーションや向チーム行動に正に関連する、というものであった。
先行研究の知見から、メンバー間の垂直的な差異は互いの役割分担を助ける社会的な手がかりとして働くと同時に、そうした手がかりの必要性は、メンバーの入れ替わりが激しく互いの役割分担に混乱が生じやすいチームほど高まると考えられる。そのため、メンバーが流動的なチームにおいては、専門能力レベル多様性が大きいことがチームにとってメリットとなりやすいことが予測できる。つまり、能力が高い人とそうでない人がともにチーム内に存在することで、教える・教えられるという関係が明確になり、メンバーが流動的なチームにおける協働を円滑にするだろう、ということである。本研究では、こうした効果は、チーム全体のコーディネーションについても、チーム内の個人の向チーム行動についても同様に見られると予測した。
さらに、チーム内で相対的に弱い立場に置かれるメンバー(この場合、専門能力レベルが低いメンバー)の方が、チーム環境による影響を受けやすいことに鑑み、多様性と流動性が向チーム行動に及ぼす効果は、専門能力レベルが高いメンバーよりも、低いメンバーで顕著に見られると予測した。
実証研究の構成とアプローチ
本論文は、先行研究の流れと課題を整理し、上記の研究目的を明示した理論編(第1~5章)と、実証研究のアプローチに関する整理(第6章)、実証編1(第7章:チーム全体のコーディネーションへの効果)、実証編2(第8章:チーム内の個人の向チーム行動への効果)、総合考察(第9章)によって構成された。実証編では合計5つの実証研究が行われた。
本研究では、組織の中の実際のフィールドデータを用いた分析を主たるアプローチとして上述の仮説検証を行った。具体的には、企業組織の中で活動しているワークチームに関する企業の内部データを組み合わせ、仮説検証に必要なデータセットを新たに構築した。さらに、知見の頑健性を確認するため、一般社会人を対象とした職場に関するインターネット調査を行った。
これら2タイプの研究では、測定についても異なる方法を採用した。すなわち、組織データ分析では、チーム内の複数の個人からデータが収集されていることを活かして個人の回答をチーム単位で集約する方法を採ったのに対して、職場インターネット調査では、チームの状態について個人に尋ねた回答をチームの指標とするという方法で、主たる変数の測定を行った。
実証編1:チーム全体のコーディネーションに対する効果
実証編1では、メンバーの流動性が高いチームにおいて、専門能力レベル多様性によるコーディネーションの促進が顕著に見られるという仮説を検証した。企業内のワークチームを対象としたデータ分析(Study 1)と職場責任者を対象としたインターネット調査(Study 2)は、一貫して仮説を支持する結果を示した。
また、コーディネーションへの影響に加えて、Study 1ではチームパフォーマンス、Study 2では関係コンフリクトという関連変数についての検討も行い、概念的に整合的な結果が得られた。すなわち、流動性の高いチームでは、多様性が大きいほどパフォーマンスが促進され、関係コンフリクトが抑制される傾向が見出された。
実証編2:チーム内の個人の向チーム行動に対する効果
実証編2では、個人の向チーム行動に対する専門能力レベルの多様性の正の効果が流動性の高いチームにおいて顕著に見られる、また、この調整効果はチーム内で専門能力レベルの低い個人により顕著に見られる、という仮説を検証した。ここでは、企業内部の組織データの分析に加えて、非管理職として働く会社員を対象としたインターネットでの職場調査を行った。
向チーム行動は、チーム参加・役割内活動・役割外活動の3種類からなるが、Study 3(組織データ分析)ではこのうちチーム参加に絞った検証を行い、上記の仮説を支持する結果を得た。Study 4(インターネット調査)では役割内・役割外活動について複数の尺度(熟達行動・適応行動・プロアクティブ行動)を用いた検証を行い、ここでもおおむね一貫して仮説を支持する結果を得た。また、Study 5(インターネット調査)では役割外活動(組織市民行動)について検証し、ここでも仮説と整合する結果を得た。
このように、実証編2の結果は一貫して本研究の仮説を支持するものであった。
本研究の貢献
本研究の主要な貢献は、専門能力レベル多様性がチームのコーディネーションや向チーム行動に及ぼす効果を、流動性の調整効果という観点から記述したことにある。専門能力レベルのメンバー間差異の増大が社会的・実践的に問題視されつつある中で、専門能力レベル多様性を検討した既存の実証研究は限られている。
特に、本研究は、当該の多様性に関してメンバーの流動性による調整効果を見出した初めての研究である。流動性は特に現代の組織チームを特徴づける変数の一つとして重要視されていることに加え、組織運営においてその程度を調整できるという意味で「マネジメント可能」な変数であると考えられる。その調整効果を明らかにしたことは、学術上の意義のみならず、組織マネジメント上で専門能力レベル多様性(の拡大)のメリットを実現する手段として流動性(の増加)を用いることができるかもしれない、という実践的な可能性をも示唆している。
最後に本論文では、本研究の限界として、結果の一般化可能性の問題や学術研究の実践応用に関する留意点についても論じた。