理論編
理論編では、まず日本における高齢化の現状を述べ、本研究で扱う「高齢者へのネガティブな態度」について定義する。次に、そうした態度が高齢者に対して及ぼす影響について幅広くレビューし、高齢者への態度を肯定化することの重要性を示す。また本研究では、若者が高齢者支援政策を重視する程度 (高齢者支援政策に対する重視度) についても検討することを述べる。次に、高齢者に対するネガティブな態度の軽減を目指してきた先行研究についてレビューする。本研究では、人種的・性的マイノリティといった対象に関する偏見研究で最も頻繁に用いられてきた「対象集団成員との接触」とは異なる方略を扱う。その理由について簡単に説明したのち、より効率的に高齢者への態度変容を行うため、本研究では、高齢者が持つ2つの特徴に着目した実証研究を行うことを示す。具体的には、(a) 高齢者は過度に病気と結びつけて認知されやすいという点と、(b) 誰もがいつか所属するという点である。
(a) について、本研究の実証編第1部では、感染嫌悪 (病原体の感染に対する嫌悪) に着目し、高齢者と病気の間の認知的な結びつき (高齢者と病気を関連づけて認知する傾向) を軽減することで、高齢者への態度の肯定化を目指す。研究1-1から1-4では、感染嫌悪が高い人ほど、高齢者へのネガティブな態度が強いという関連を明らかにする。そのような関連が見られる場合、後続研究として、「若者が抱く感染嫌悪の程度を低下させることで高齢者への態度が肯定化する」という因果関係の検証が考えられる。しかし、病気への感染を忌避する態度は個人の生存や子孫繁栄において適応的であるため (Rozin et al., 1994)、これを実験操作によって大きく低下させることは望ましくない。よって本研究では、高齢者という社会集団が有する「病気と過度に結びつけて認知されやすい」という特徴に立ち返り、若者の感染嫌悪の程度を低下させなくても、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることができれば、高齢者への態度が肯定化すると考えた。これを踏まえ、研究2-1から2-4では、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを軽減することで、高齢者に対して若者が抱く態度が肯定化し、高齢者支援政策に対する重視度が高まることを示す。
(b) について、実証編第2部では、高齢者になるまでの主観的時間 (自分が高齢者になるのはどのくらい先のことかという主観的な認知) に着目し、これを短くすることで、高齢者への態度の肯定化を目指す。研究3-1、3-2では、高齢者になるまでの主観的時間が長い人ほど、高齢者に対するネガティブな態度が強いという関連を明らかにする。それを踏まえ、研究4では、高齢者になるまでの主観的時間を短くする実験操作を実施し、高齢者への態度を肯定化する。また研究5-1から5-3では、ステレオタイプ・エンボディメント理論 (Levy, 2009) と関連する複数の実証的知見について参加者に提示し、より効率的に態度を肯定化する。最後に研究6では、実証編第1部、第2部で用いた実験操作と人生設計を促す介入を同時に実施し、高齢者への態度変容だけでなく、長期的視野に基づく人生設計を促進する。
実証編第1部
実証編第1部では、8つの実験・調査の結果を報告した。研究1-1から1-4では、いずれも感染嫌悪の程度が高い人ほど高齢者への態度がネガティブであるという結果が得られた。この関連は、高齢者との接触経験といった統制変数を投入してもなお顕著であった。研究2-1から2-4では、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることを目指した実験操作を行い、その結果、高齢者への態度が肯定化した。この効果は1週間程度持続し (研究2-1、2-2)、評定対象が前期高齢者、後期高齢者というサブグループである場合にも有効である (研究2-4) ことが示された。また、参加者の高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることで、高齢者支援政策に対する重視度が高まった (研究2-4)。
研究2-1から2-4において、実験操作で用いた説明文の異同は存在するが、統制群と実験群の平均値差の推定値を算出することで、実験操作の効果の有無について精緻に検討できると考える。4つの研究における実験操作直後の高齢者への態度について、群間の平均値差をDerSimonian-Laird法によって統合したところ、統制群と実験群の平均値差の推定値はMdiff = 0.12 (5件法; 95% CI [0.06, 0.17], p < .001) であり、本研究の実験操作によって高齢者への態度が有意に肯定化することが示された。よって、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることは高齢者へのネガティブな態度の軽減に有効だと言える。
実証編第2部
実証編第2部では、7つの実験・調査の結果を報告した。研究3-1、3-2では、高齢者になるまでの主観的時間が長い人ほど、高齢者への態度がネガティブであるという結果が得られた。また、その主観的時間が長い人ほど、高齢者支援政策に対する重視度が低かった (研究3-2)。これらの関連は、高齢者との接触経験といった統制変数を投入しても、なお顕著であった。研究4では、参加者における高齢者になるまでの主観的時間を短くすることで、高齢者へのネガティブな態度が軽減した。研究5-1から5-3では、SETと関連する複数の実証的知見に関する説明文を提示することで、高齢者に対するネガティブな態度が軽減した。この効果は1週間程度持続し (研究5-2、5-3)、評定対象が前期高齢者、後期高齢者というサブグループである場合にも有効である (研究5-3) ことが示された。また、この実験操作によって高齢者支援政策に対する重視度が高まった (研究5-3)。研究6では、参加者の人生設計を促す介入と同時に、高齢者と病気の関連に関する説明文、およびSETと関連する複数の実証的知見に関する説明文を提示することで、人生設計に対する重視度や将来への希望が高まり、高齢者に対するネガティブな態度が軽減し、高齢者支援政策に対する重視度が高まった。
研究4および研究5-1から5-3において、実験操作で用いた説明文の異同は存在するが、統制群と実験群の平均値差の推定値を算出することで、実験操作の効果の有無について精緻に検討できると考える。4つの研究における実験操作直後の高齢者への態度について、群間の平均値差をDerSimonian-Laird法によって統合したところ、統制群と実験群の平均値差の推定値はMdiff = 0.14 (5件法; 95% CI [0.08, 0.20], p < .001) であり、本研究の実験操作によって、高齢者への態度が有意に肯定化することが示された。以上のことから、高齢者になるまでの主観的時間を短くするという方略は高齢者へのネガティブな態度の軽減に有効だと言える。
総合考察
本研究では、実証編第1部、第2部においてそれぞれ高齢者に対する態度変容方略を考案・実施した。いずれも統計的に有意な態度変容効果を得たが、高齢者に対する態度を1–5という範囲 (5件法) で0.10から0.20程度変化させたに留まり、大きな効果が見られたとは言い難い。また、感染嫌悪 (研究1-1から1-4) や高齢者になるまでの主観的時間 (研究3-1、3-2) と高齢者への態度との関連は、高齢者との接触経験の質的側面と高齢者への態度との関連よりも小さかった。よって、高齢者への態度について議論するうえで、接触経験の質的側面の効果を無視することはできないと言える。しかし、本研究では、接触経験の効果を統制してもなお、感染嫌悪や高齢者になるまでの主観的時間と高齢者に対する態度の関連が見られた。このことは、接触経験の質的側面の変容を目指す世代間交流に基づく介入とは別に、本研究のアプローチが有効であることを示唆している。また、本研究では1度限りの簡単な実験操作の効果について検討したが、これを繰り返して実施したり、実験操作を改善したりすることによって、今後より大きな態度変容効果が得られるかもしれない。加えて、参加者のパーソナリティといった個人差変数が介入効果の程度を調整する可能性についても検討することで、参加者の特性に応じた個別的なアプローチを考案できると考える。以上のように、本研究では、高齢者への態度について検討する今後の研究に資する知見が得られたと考えられる。
引用文献
Levy, B. R. (2009). Stereotype embodiment: A psychosocial approach to aging. Current Directions in Psychological Science, 18(6), 332–336.
Rozin, P., Markwith, M., & McCauley, C. (1994). Sensitivity to indirect contacts with other persons: AIDS aversion as a composite of aversion to strangers, infection, moral taint, and misfortune. Journal of Abnormal Psychology, 103(3), 495–504.
理論編では、まず日本における高齢化の現状を述べ、本研究で扱う「高齢者へのネガティブな態度」について定義する。次に、そうした態度が高齢者に対して及ぼす影響について幅広くレビューし、高齢者への態度を肯定化することの重要性を示す。また本研究では、若者が高齢者支援政策を重視する程度 (高齢者支援政策に対する重視度) についても検討することを述べる。次に、高齢者に対するネガティブな態度の軽減を目指してきた先行研究についてレビューする。本研究では、人種的・性的マイノリティといった対象に関する偏見研究で最も頻繁に用いられてきた「対象集団成員との接触」とは異なる方略を扱う。その理由について簡単に説明したのち、より効率的に高齢者への態度変容を行うため、本研究では、高齢者が持つ2つの特徴に着目した実証研究を行うことを示す。具体的には、(a) 高齢者は過度に病気と結びつけて認知されやすいという点と、(b) 誰もがいつか所属するという点である。
(a) について、本研究の実証編第1部では、感染嫌悪 (病原体の感染に対する嫌悪) に着目し、高齢者と病気の間の認知的な結びつき (高齢者と病気を関連づけて認知する傾向) を軽減することで、高齢者への態度の肯定化を目指す。研究1-1から1-4では、感染嫌悪が高い人ほど、高齢者へのネガティブな態度が強いという関連を明らかにする。そのような関連が見られる場合、後続研究として、「若者が抱く感染嫌悪の程度を低下させることで高齢者への態度が肯定化する」という因果関係の検証が考えられる。しかし、病気への感染を忌避する態度は個人の生存や子孫繁栄において適応的であるため (Rozin et al., 1994)、これを実験操作によって大きく低下させることは望ましくない。よって本研究では、高齢者という社会集団が有する「病気と過度に結びつけて認知されやすい」という特徴に立ち返り、若者の感染嫌悪の程度を低下させなくても、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることができれば、高齢者への態度が肯定化すると考えた。これを踏まえ、研究2-1から2-4では、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを軽減することで、高齢者に対して若者が抱く態度が肯定化し、高齢者支援政策に対する重視度が高まることを示す。
(b) について、実証編第2部では、高齢者になるまでの主観的時間 (自分が高齢者になるのはどのくらい先のことかという主観的な認知) に着目し、これを短くすることで、高齢者への態度の肯定化を目指す。研究3-1、3-2では、高齢者になるまでの主観的時間が長い人ほど、高齢者に対するネガティブな態度が強いという関連を明らかにする。それを踏まえ、研究4では、高齢者になるまでの主観的時間を短くする実験操作を実施し、高齢者への態度を肯定化する。また研究5-1から5-3では、ステレオタイプ・エンボディメント理論 (Levy, 2009) と関連する複数の実証的知見について参加者に提示し、より効率的に態度を肯定化する。最後に研究6では、実証編第1部、第2部で用いた実験操作と人生設計を促す介入を同時に実施し、高齢者への態度変容だけでなく、長期的視野に基づく人生設計を促進する。
実証編第1部
実証編第1部では、8つの実験・調査の結果を報告した。研究1-1から1-4では、いずれも感染嫌悪の程度が高い人ほど高齢者への態度がネガティブであるという結果が得られた。この関連は、高齢者との接触経験といった統制変数を投入してもなお顕著であった。研究2-1から2-4では、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることを目指した実験操作を行い、その結果、高齢者への態度が肯定化した。この効果は1週間程度持続し (研究2-1、2-2)、評定対象が前期高齢者、後期高齢者というサブグループである場合にも有効である (研究2-4) ことが示された。また、参加者の高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることで、高齢者支援政策に対する重視度が高まった (研究2-4)。
研究2-1から2-4において、実験操作で用いた説明文の異同は存在するが、統制群と実験群の平均値差の推定値を算出することで、実験操作の効果の有無について精緻に検討できると考える。4つの研究における実験操作直後の高齢者への態度について、群間の平均値差をDerSimonian-Laird法によって統合したところ、統制群と実験群の平均値差の推定値はMdiff = 0.12 (5件法; 95% CI [0.06, 0.17], p < .001) であり、本研究の実験操作によって高齢者への態度が有意に肯定化することが示された。よって、高齢者と病気の間の認知的な結びつきを弱めることは高齢者へのネガティブな態度の軽減に有効だと言える。
実証編第2部
実証編第2部では、7つの実験・調査の結果を報告した。研究3-1、3-2では、高齢者になるまでの主観的時間が長い人ほど、高齢者への態度がネガティブであるという結果が得られた。また、その主観的時間が長い人ほど、高齢者支援政策に対する重視度が低かった (研究3-2)。これらの関連は、高齢者との接触経験といった統制変数を投入しても、なお顕著であった。研究4では、参加者における高齢者になるまでの主観的時間を短くすることで、高齢者へのネガティブな態度が軽減した。研究5-1から5-3では、SETと関連する複数の実証的知見に関する説明文を提示することで、高齢者に対するネガティブな態度が軽減した。この効果は1週間程度持続し (研究5-2、5-3)、評定対象が前期高齢者、後期高齢者というサブグループである場合にも有効である (研究5-3) ことが示された。また、この実験操作によって高齢者支援政策に対する重視度が高まった (研究5-3)。研究6では、参加者の人生設計を促す介入と同時に、高齢者と病気の関連に関する説明文、およびSETと関連する複数の実証的知見に関する説明文を提示することで、人生設計に対する重視度や将来への希望が高まり、高齢者に対するネガティブな態度が軽減し、高齢者支援政策に対する重視度が高まった。
研究4および研究5-1から5-3において、実験操作で用いた説明文の異同は存在するが、統制群と実験群の平均値差の推定値を算出することで、実験操作の効果の有無について精緻に検討できると考える。4つの研究における実験操作直後の高齢者への態度について、群間の平均値差をDerSimonian-Laird法によって統合したところ、統制群と実験群の平均値差の推定値はMdiff = 0.14 (5件法; 95% CI [0.08, 0.20], p < .001) であり、本研究の実験操作によって、高齢者への態度が有意に肯定化することが示された。以上のことから、高齢者になるまでの主観的時間を短くするという方略は高齢者へのネガティブな態度の軽減に有効だと言える。
総合考察
本研究では、実証編第1部、第2部においてそれぞれ高齢者に対する態度変容方略を考案・実施した。いずれも統計的に有意な態度変容効果を得たが、高齢者に対する態度を1–5という範囲 (5件法) で0.10から0.20程度変化させたに留まり、大きな効果が見られたとは言い難い。また、感染嫌悪 (研究1-1から1-4) や高齢者になるまでの主観的時間 (研究3-1、3-2) と高齢者への態度との関連は、高齢者との接触経験の質的側面と高齢者への態度との関連よりも小さかった。よって、高齢者への態度について議論するうえで、接触経験の質的側面の効果を無視することはできないと言える。しかし、本研究では、接触経験の効果を統制してもなお、感染嫌悪や高齢者になるまでの主観的時間と高齢者に対する態度の関連が見られた。このことは、接触経験の質的側面の変容を目指す世代間交流に基づく介入とは別に、本研究のアプローチが有効であることを示唆している。また、本研究では1度限りの簡単な実験操作の効果について検討したが、これを繰り返して実施したり、実験操作を改善したりすることによって、今後より大きな態度変容効果が得られるかもしれない。加えて、参加者のパーソナリティといった個人差変数が介入効果の程度を調整する可能性についても検討することで、参加者の特性に応じた個別的なアプローチを考案できると考える。以上のように、本研究では、高齢者への態度について検討する今後の研究に資する知見が得られたと考えられる。
引用文献
Levy, B. R. (2009). Stereotype embodiment: A psychosocial approach to aging. Current Directions in Psychological Science, 18(6), 332–336.
Rozin, P., Markwith, M., & McCauley, C. (1994). Sensitivity to indirect contacts with other persons: AIDS aversion as a composite of aversion to strangers, infection, moral taint, and misfortune. Journal of Abnormal Psychology, 103(3), 495–504.