江戸歌舞伎は年中行事によって一年を送り、毎年同じ興行スケジュールで動いていた。劇場と役者は一年契約で、年度初めの十一月にこの先一年の顔ぶれを披露する特別な興行が行われた。この顔見世という興行は「世界」を定める「世界定」という儀式から始まる。世界は顔見世の基盤となる作劇法であるが、これまで十分に議論されてきたとはいえない。本論文では、儀式性と年中行事、興行システム、戯曲構造の三つの視点から顔見世を分析し、最後に京坂の作劇法と比較することで、江戸歌舞伎の世界とは何かを解き明かす。はじめに、近現代の顔見世について触れ、歌舞伎の興行が今も年中行事性を残していることを確認し議論をはじめた。
第一章 世界定と『世界綱目』
第一節 世界定 先行研究及び近世の劇書における「世界」の語義を整理したうえで、世界定とは何をする場であったかを検証した。狂言作者・三升屋二三治による世界定の書き物の例を手がかりに、世界定の席で、顔見世の題材となる世界と、主な配役が定められていたことを確認し、また初春の曽我狂言について、世界は曽我と決まっていたにもかかわらず世界定が必要であったのは、それが配役決定の場であったからであることを指摘した。世界名と役人替名というごく限られた内容が、企画書の役目を果たしており、これを決める世界定が興行の基盤、出発点となりえたところに、江戸歌舞伎の特徴があった。
第二節 『世界綱目』の作劇法 『世界綱目』の筆写経緯とそこに記された内容について分析した。世界ごとに役名を列記した『世界綱目』は、板行され一般に読まれた本ではなく狂言作者たちが自筆で書き写した参考書である。現在三種の写本−国会図書館、筑波大附属図書館、黒木文庫−が確認されている。原本は金井三笑が著したことがすでに明らかにされているが、写本の筆写経路が複雑で先行研究でも混乱があるため筆写の経緯を再整理した。この過程で、作者たちが筆写した時期と立作者になった時期を照応し、二三治以降は皆、立作者になった後に写していたことを示した。これは幕末期に世界定が行われなくなり、顔見世の形が崩壊していく時期との関連があると推察できる。
『世界綱目』に記された内容についてはこれまで詳細に検討した研究がなく、本論文ではこれを世界と配役を考案するために狂言作者たちが参照した作劇法の書、という視点で読み解いた。同書の構成が、時代の世界を核として、御家、世話が付属する形になっており、顔見世狂言・初春狂言の構成と同様だったこと、また御家の部に挙げられた世界が、いわゆるお家狂言の題材ではなく、曽我狂言で用いられた説経節に由来する題材であったことも指摘した。また、世界の用い方について、近い時代の世界は混ぜ合わせて用いられていることを確認した。これにより『世界綱目』が世界定をする作者の実用書で、江戸歌舞伎の興行が世界という作劇法に基づいていたことを論じた。
第三節 江戸顔見世の世界 顔見世狂言で用いられた世界について、享保元年から文政末年(1716~1829)までの114年間に江戸三座で上演された320本を対象に調査を行い、先行研究で共通認識とされてきた、何の世界が「顔見世の世界」かを数字に基づき具体的に示した。
そのなかで特に頻用されていた「太平記」の世界について、市川団十郎家が新田四天王の四役を勤める慣習を取り上げ、顔見世狂言がいかに世界に規定されているかという一端を示した。また「暫」の役名の調査により、「太平記」の世界と市川家との関係を裏付けることができた。
第二章 江戸歌舞伎の番付と興行
芝居番付は書誌的な面での研究が積み重ねられ、作品内容や上演日程等の興行実態を知る術として活用されてきた。本章では現在の公演パンフレットやチラシ・ポスターにあたる番付がどう享受されていたかに着目しながら、興行システムとの関連を論じた。
第一節 番付の種類 先行研究に拠って種類別の特徴を整理したのち、第二節以降、江戸の顔見世番付(新役者付)と、役割番付(紋番付)を中心に、京坂とも比較しながら江戸特有の一年単位の興行システムと関連付けて考察した。
第二節 顔見世番付 連名を新加入の新役者と重年の古(右)役者で二段に分ける習慣や、江戸と京坂では役柄の表記数が異なることを、個別の番付の分析をもとに示し、江戸の新役者付がこの先一年の座組を告げる性格であったことを確認し、江戸の芝居に特有の一年抱えとの関連を示した。
第三節 辻番付 長い興行期間のうちで上演場面が追加されるとその宣伝として追番付が出された。このため辻番付により興行実態を解明する研究は行われてきたが、本論文ではチラシ・ポスターとしての辻番付を観客の視点で読み、ロングラン方式との関連を考察した。
第四節 役割番付 一年間同じ座組で通し、ひとつの大名題のもと中身を変えながら何ヶ月も打ち続ける江戸と、ひと興行ごとに座組を入れ替えた京坂では形態を異にしている。江戸は冊子体で表紙に役者の紋を並べた。また四番続を謳う構成、役人替名の表記方法は、江戸のロングラン方式による特徴を表すものであり、それを世界という発想が支えていた。
第五節 絵本と筋書 役割番付で配役を全幕通して表記する京坂の絵本は、舞台でいま進行している場面がどこなのかが分かるよう物語の展開を絵巻のように描き、江戸は幕ごとに見どころとなる一場面を取り上げて役者を大きく見せる。絵本には、役者を最重要視する江戸と物語を楽しむ京坂、それぞれの特徴が表れていた。また顔見世が行われなくなり興行方式が変わった近代に生まれた筋書にも目を配り、江戸の番付には顔見世からはじまる江戸歌舞伎の特質が反映され、一年の興行が世界を基盤に廻っていたことを示した。
第三章 顔見世狂言の構造 寛政十年十一月江戸三座の太平記物
寛政十年(一七九八)十一月の顔見世狂言は三座とも「太平記」の世界であった。このうち、台本の現存する二本、中村座の『花三升吉野深雪』及び市村座の『花櫓橘系図』を対象に世界がどう用いられているか、戯曲の構造を分析した。
第一節 中村座『花三升吉野深雪』 世界の用いられ方を検証し二通りに整理した。「桜井の遺訓」について原典である『太平記』、そこから派生した『太平記評判秘伝理尽鈔』の記述を引き見て比較、また舞台上に描き出される場面の時代に着目し、『太平記』の時代を背景にした物語が江戸の現代に接続される様を確認した。前者は『太平記』に題材を得ながら作中で状況や人物を置き換えるなどしてずらしてみせる方法、後者は、『太平記』とは関わりのない題材を世界の外側から取り入れる方法である。これを世界の変容と越境とし、続いて市村座の分析を行った。
第二節 市村座『花櫓橘系図』 まず『太平記』が人物とそれに付随するエピソードに分解されたうえで自由に再構成されていることを示し、これが世界定に基づく作劇法が可能にした方法であることを述べた。
変容について、「太平記」の世界内で楠正成の事跡を息子の正行に置換した例、『太平記』の外伝である『吉野拾遺』を太平記物の先行作を経由して取り入れた例を検証し、後者では題材が「太平記」の世界に引き寄せられていることを指摘した。越境については、「太平記」を扱った浄瑠璃と、別の世界である曽我狂言から、それぞれ『太平記』とは関係のなかった題材を取り込んだ例を分析し、元の作品とは切り離され本作と結びついたことを論じた。
第三節 「暫」 三座の「暫」について中村・市村の両座を中心に分析した。暫の役柄や構図、さらに物語のなかの設定と、興行事情や役者同士の関係性が複層的に重なり合っていることが確認できた。こうした楽しみ方は、「暫」という定型に加え、作り手と見物の双方が「太平記」の世界を了解しているからこそ成立するといえる。
第四節 「太平記」の世界の役割番付 役割番付のうえに「太平記」の世界がどのように表現されているかを考察した。三座の役人替名の捨役について世界との関わりから指摘し、市村座のカタリと小名題を読み解くことで、「太平記」の世界が原典とは関係のないものも含みながら形成されていることを示した。合わせて寛政十年以外にも調査範囲を広げ、太平記物の顔見世狂言のうち、役割番付が確認できる三十一点を対象に、カタリと小名題に使用されている役名を調査した。
第四章 『戯財録』と『世界綱目』の世界
最後に、ここまでの議論を踏まえ、京坂の作劇書である『戯財録』の説く世界について再考し、江戸歌舞伎の世界との区別を論じた。
第一節 「竪筋横筋之事」 歌舞伎用語としての世界は『戯財録』の「竪筋横筋之事」に記された「竪筋は世界、横筋は趣向」をもって趣向との対比で説明されてきた。しかし顔見世を支えひいては一年の興行を規定する江戸歌舞伎の世界は、これだけでは掴みきれない。このことは本論文で検証してきた、世界定と『世界綱目』、東西の番付の姿、顔見世狂言の構造が示している。「竪筋横筋之事」で例示された「太閤記」を竪筋、「石川五右衛門」、「柏手公成、桜子、桂子」、「毛谷村六助」をそれぞれ横筋に仕組んだ作品を取り上げ、第三章で顔見世狂言について分析した方法を応用して作劇方法の検証を行った。
第二節 「世界持」と「狂言持」 『戯財録』にはこのほかに「役場甲乙之事」、「一夜附之事」にも世界についての言及があり、いずれも役名の例が挙げられている。これらの役が狂言のなかで果たす役割を原典と比較検討した。その結果、京坂の狂言が筋の組み合わせで作られ、世界定を出発点とする江戸の顔見世狂言とは創作方法が異なることが明確になった。これにより個別の作品の筋である『戯財録』の世界と、役名が決定的な意味を持つ『世界綱目』の世界とが異なるということを明示した。
江戸歌舞伎は顔見世からはじまる一年を繰り返していた。その一年の最初に行われる儀式が役人替名を決める世界定であった。江戸歌舞伎における世界は、京坂のようにひとつの作品のなかでのみ作用するものではなく、芝居そのものを支える作劇と興行の根本であると結論付けた。
第一章 世界定と『世界綱目』
第一節 世界定 先行研究及び近世の劇書における「世界」の語義を整理したうえで、世界定とは何をする場であったかを検証した。狂言作者・三升屋二三治による世界定の書き物の例を手がかりに、世界定の席で、顔見世の題材となる世界と、主な配役が定められていたことを確認し、また初春の曽我狂言について、世界は曽我と決まっていたにもかかわらず世界定が必要であったのは、それが配役決定の場であったからであることを指摘した。世界名と役人替名というごく限られた内容が、企画書の役目を果たしており、これを決める世界定が興行の基盤、出発点となりえたところに、江戸歌舞伎の特徴があった。
第二節 『世界綱目』の作劇法 『世界綱目』の筆写経緯とそこに記された内容について分析した。世界ごとに役名を列記した『世界綱目』は、板行され一般に読まれた本ではなく狂言作者たちが自筆で書き写した参考書である。現在三種の写本−国会図書館、筑波大附属図書館、黒木文庫−が確認されている。原本は金井三笑が著したことがすでに明らかにされているが、写本の筆写経路が複雑で先行研究でも混乱があるため筆写の経緯を再整理した。この過程で、作者たちが筆写した時期と立作者になった時期を照応し、二三治以降は皆、立作者になった後に写していたことを示した。これは幕末期に世界定が行われなくなり、顔見世の形が崩壊していく時期との関連があると推察できる。
『世界綱目』に記された内容についてはこれまで詳細に検討した研究がなく、本論文ではこれを世界と配役を考案するために狂言作者たちが参照した作劇法の書、という視点で読み解いた。同書の構成が、時代の世界を核として、御家、世話が付属する形になっており、顔見世狂言・初春狂言の構成と同様だったこと、また御家の部に挙げられた世界が、いわゆるお家狂言の題材ではなく、曽我狂言で用いられた説経節に由来する題材であったことも指摘した。また、世界の用い方について、近い時代の世界は混ぜ合わせて用いられていることを確認した。これにより『世界綱目』が世界定をする作者の実用書で、江戸歌舞伎の興行が世界という作劇法に基づいていたことを論じた。
第三節 江戸顔見世の世界 顔見世狂言で用いられた世界について、享保元年から文政末年(1716~1829)までの114年間に江戸三座で上演された320本を対象に調査を行い、先行研究で共通認識とされてきた、何の世界が「顔見世の世界」かを数字に基づき具体的に示した。
そのなかで特に頻用されていた「太平記」の世界について、市川団十郎家が新田四天王の四役を勤める慣習を取り上げ、顔見世狂言がいかに世界に規定されているかという一端を示した。また「暫」の役名の調査により、「太平記」の世界と市川家との関係を裏付けることができた。
第二章 江戸歌舞伎の番付と興行
芝居番付は書誌的な面での研究が積み重ねられ、作品内容や上演日程等の興行実態を知る術として活用されてきた。本章では現在の公演パンフレットやチラシ・ポスターにあたる番付がどう享受されていたかに着目しながら、興行システムとの関連を論じた。
第一節 番付の種類 先行研究に拠って種類別の特徴を整理したのち、第二節以降、江戸の顔見世番付(新役者付)と、役割番付(紋番付)を中心に、京坂とも比較しながら江戸特有の一年単位の興行システムと関連付けて考察した。
第二節 顔見世番付 連名を新加入の新役者と重年の古(右)役者で二段に分ける習慣や、江戸と京坂では役柄の表記数が異なることを、個別の番付の分析をもとに示し、江戸の新役者付がこの先一年の座組を告げる性格であったことを確認し、江戸の芝居に特有の一年抱えとの関連を示した。
第三節 辻番付 長い興行期間のうちで上演場面が追加されるとその宣伝として追番付が出された。このため辻番付により興行実態を解明する研究は行われてきたが、本論文ではチラシ・ポスターとしての辻番付を観客の視点で読み、ロングラン方式との関連を考察した。
第四節 役割番付 一年間同じ座組で通し、ひとつの大名題のもと中身を変えながら何ヶ月も打ち続ける江戸と、ひと興行ごとに座組を入れ替えた京坂では形態を異にしている。江戸は冊子体で表紙に役者の紋を並べた。また四番続を謳う構成、役人替名の表記方法は、江戸のロングラン方式による特徴を表すものであり、それを世界という発想が支えていた。
第五節 絵本と筋書 役割番付で配役を全幕通して表記する京坂の絵本は、舞台でいま進行している場面がどこなのかが分かるよう物語の展開を絵巻のように描き、江戸は幕ごとに見どころとなる一場面を取り上げて役者を大きく見せる。絵本には、役者を最重要視する江戸と物語を楽しむ京坂、それぞれの特徴が表れていた。また顔見世が行われなくなり興行方式が変わった近代に生まれた筋書にも目を配り、江戸の番付には顔見世からはじまる江戸歌舞伎の特質が反映され、一年の興行が世界を基盤に廻っていたことを示した。
第三章 顔見世狂言の構造 寛政十年十一月江戸三座の太平記物
寛政十年(一七九八)十一月の顔見世狂言は三座とも「太平記」の世界であった。このうち、台本の現存する二本、中村座の『花三升吉野深雪』及び市村座の『花櫓橘系図』を対象に世界がどう用いられているか、戯曲の構造を分析した。
第一節 中村座『花三升吉野深雪』 世界の用いられ方を検証し二通りに整理した。「桜井の遺訓」について原典である『太平記』、そこから派生した『太平記評判秘伝理尽鈔』の記述を引き見て比較、また舞台上に描き出される場面の時代に着目し、『太平記』の時代を背景にした物語が江戸の現代に接続される様を確認した。前者は『太平記』に題材を得ながら作中で状況や人物を置き換えるなどしてずらしてみせる方法、後者は、『太平記』とは関わりのない題材を世界の外側から取り入れる方法である。これを世界の変容と越境とし、続いて市村座の分析を行った。
第二節 市村座『花櫓橘系図』 まず『太平記』が人物とそれに付随するエピソードに分解されたうえで自由に再構成されていることを示し、これが世界定に基づく作劇法が可能にした方法であることを述べた。
変容について、「太平記」の世界内で楠正成の事跡を息子の正行に置換した例、『太平記』の外伝である『吉野拾遺』を太平記物の先行作を経由して取り入れた例を検証し、後者では題材が「太平記」の世界に引き寄せられていることを指摘した。越境については、「太平記」を扱った浄瑠璃と、別の世界である曽我狂言から、それぞれ『太平記』とは関係のなかった題材を取り込んだ例を分析し、元の作品とは切り離され本作と結びついたことを論じた。
第三節 「暫」 三座の「暫」について中村・市村の両座を中心に分析した。暫の役柄や構図、さらに物語のなかの設定と、興行事情や役者同士の関係性が複層的に重なり合っていることが確認できた。こうした楽しみ方は、「暫」という定型に加え、作り手と見物の双方が「太平記」の世界を了解しているからこそ成立するといえる。
第四節 「太平記」の世界の役割番付 役割番付のうえに「太平記」の世界がどのように表現されているかを考察した。三座の役人替名の捨役について世界との関わりから指摘し、市村座のカタリと小名題を読み解くことで、「太平記」の世界が原典とは関係のないものも含みながら形成されていることを示した。合わせて寛政十年以外にも調査範囲を広げ、太平記物の顔見世狂言のうち、役割番付が確認できる三十一点を対象に、カタリと小名題に使用されている役名を調査した。
第四章 『戯財録』と『世界綱目』の世界
最後に、ここまでの議論を踏まえ、京坂の作劇書である『戯財録』の説く世界について再考し、江戸歌舞伎の世界との区別を論じた。
第一節 「竪筋横筋之事」 歌舞伎用語としての世界は『戯財録』の「竪筋横筋之事」に記された「竪筋は世界、横筋は趣向」をもって趣向との対比で説明されてきた。しかし顔見世を支えひいては一年の興行を規定する江戸歌舞伎の世界は、これだけでは掴みきれない。このことは本論文で検証してきた、世界定と『世界綱目』、東西の番付の姿、顔見世狂言の構造が示している。「竪筋横筋之事」で例示された「太閤記」を竪筋、「石川五右衛門」、「柏手公成、桜子、桂子」、「毛谷村六助」をそれぞれ横筋に仕組んだ作品を取り上げ、第三章で顔見世狂言について分析した方法を応用して作劇方法の検証を行った。
第二節 「世界持」と「狂言持」 『戯財録』にはこのほかに「役場甲乙之事」、「一夜附之事」にも世界についての言及があり、いずれも役名の例が挙げられている。これらの役が狂言のなかで果たす役割を原典と比較検討した。その結果、京坂の狂言が筋の組み合わせで作られ、世界定を出発点とする江戸の顔見世狂言とは創作方法が異なることが明確になった。これにより個別の作品の筋である『戯財録』の世界と、役名が決定的な意味を持つ『世界綱目』の世界とが異なるということを明示した。
江戸歌舞伎は顔見世からはじまる一年を繰り返していた。その一年の最初に行われる儀式が役人替名を決める世界定であった。江戸歌舞伎における世界は、京坂のようにひとつの作品のなかでのみ作用するものではなく、芝居そのものを支える作劇と興行の根本であると結論付けた。