労働市場は不平等を形成する領域として社会階層論のなかで研究が進められてきた。本論文ではその不平等を形成する労働市場のなかで、高齢者の職業構造はいかなる説明を果たすのかを目的とする。その際、職業の性質であるタスク・スキルに着目する。タスク・スキルは従来の階級・階層への着目と比較して、労働市場の変化を明示的に解釈に取り込むことができる。タスク・スキルが労働市場の変化を多次元的に表示でき、変化が実質的な部分とそうではない部分を峻別しながら高齢者の職業構造を解釈することができる。タスク・スキルの多次元性に着目することで、具体的な職業上の特性にまで議論を踏み込み、周縁的/中核的といった側面だけでは捉えることのできない位相を示すことができる。タスク・スキルへの着目は、高齢者を若年・壮年期で経験や資源を蓄積してきた側面と特定の制度的・文化的区別が形成される社会カテゴリとしての側面に分別したエイジングの社会学の知見に照らし合わせても意義がある。高齢者は特定のコホートとして若年・壮年期を過ごし、そのコホートに特有の労働市場の需要構造のなかで経験を蓄積する。したがって、高齢者は当時需要が大きかったタスク・スキルでは、制度的・文化的なカテゴリが付与されることによる不利の程度は小さいことが想定される。結果として、タスク・スキルに着目することは高齢者が過去職業経歴を歩んだ労働市場の文脈を解釈的に取り入れつつ、社会カテゴリとして制度的・文化的に峻別される高齢者の職業構造を析出可能にする。以上のような理論枠組みが第1章「高齢化する社会と労働市場」で展開される。
 第2章「データと方法」では以上の枠組みを検証するための本論文のアプローチと分析に用いるデータ、そしてタスク・スキルをはじめとした分析に用いる変数の測定と操作化について述べる。具体的には、分析に用いるデータである社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)、就業構造基本調査、日本版O-NETの概要を述べたのち、本論文で用いる変数である職業およびタスク・スキルの測定・操作化をまとめる。その後、データの記述的な傾向を確認する。
 第3章から第6章では実証分析が展開される。第3章「高齢期の就業行動」では高齢者の職業構造を捉えるに先立って、誰が高齢期以降も働いているのかを、とくに初職の職業に求められているスキルに着目して男女別に検証することを試みた。初職はその後のライフチャンス・ライフチョイスを規定する職業経歴の出発点であり、任意の年齢時点を取り出すことと比較してその含意が男女で安定的であるとする特徴を持つ。さらに本章では初職のスキルに着目し、初職の認知スキルがその後の引退にたいしていかなる影響をもたらすのかを検証した。分析の結果、分析の結果、言語スキル、分析スキルは高齢期の就業に負の効果を与えるのにたいし、計算スキルは高齢期の就業に影響を与えるとはいえないことが明らかになった。認知的スキルは高い人的資本をシグナルし、それが高い賃金と結びついた結果追加的な経済的資源の獲得の必要がなくなり労働市場から退出するものと想定される。計算スキルは自然科学的な知識と親和的であり、高齢期でも移転しやすい特徴を持つ結果、負の効果を緩和したと考えられる。この結果は、本論文で捉える高齢期の職業構造は部分的には高いスキルを持つ高齢者の退出によっても構成されていることが示唆される。
 第4章「職業経歴にみる高齢者の職業構造」では、とくにライフコースの視点に立脚して、高齢期前後でのスキル水準の変化を、男女・学歴別に検証した。ライフコースの観点からは、高齢者は若年・壮年期での就業を通じてスキルを培ってきた者と概念化される。そのようなスキルの移転可能性を検証することは、とくに蓄積過程としてのエイジングという視座から高齢者の職業構造を捉えることに寄与する。分析の結果、性別はとくにスキルの蓄積過程として、学歴は初発のスキル水準とその維持過程として、それぞれ高齢期までのスキルの軌跡を形成することが明らかになった。高齢期以降は総じてスキル水準は低下する傾向にあるものの、その低下の仕方は性別・学歴で異なる。性別による差は高齢期にほとんどなくなる仕方で––––––すなわち男性で大きく低下する仕方で––––––生起するけれども、学歴は初発の差を維持する形で低下する。結果的に、高齢期のスキル水準は男女差は見られなくなる一方、学歴差はなお維持されるように形成されていることが明らかになった。ただし、計算スキルにおいてはこのような傾向が見られなかった。計算スキルは男女で初発の差が大きく開いており、それは高齢期になっても維持された。このようなスキルの内実による違いも高齢期のスキル水準にとって重要であることが示唆された。
 第5章「若年・壮年層と高齢層の職域分離」では、高齢層が従事する職業の特徴を、同じ時代を生きる若年・壮年層との比較から記述することを試みた。高齢層はその賃金の低さや非正規雇用割合の高さから、しばしば労働市場のなかで「周縁的」な位置にある集団として論じられてきた。しかし、それらは高齢者において特有ではなく、若年層でも同様の傾向がある。それゆえ、第5章では「高齢者的」な職業があるのか、あるとすればそれはどのような特徴を持つのかを記述した。分析の結果、全体と比較すると、職域分離はU字型(若年層と高齢層で分離の程度が大きい)であったのにたいし、高齢層と比較すると、線形型(若年層で最も分離の程度が大きく、加齢につれて小さくなる)であることが明らかになった。全体からみれば若年層と高齢層は同程度分離しているものの、その分離の仕方は若年層と高齢層とで大きくなることが分かった。そして、その分離は近年ほど小さくなっており、高齢層は多様な職業に従事するようになっている。具体的な内実をみると、高齢者的な職業は2つの様相を呈していることが分かった。1つは高齢者の割合が低い職業の特徴であり、それはコンピュータを用いる職業が多く、定型・非定型を含む認識タスクの強度が高い。高齢者の職業は近年の認識タスクの需要増加やICT技術を用いた職業の増加から取り残される形で分離している。もう1つは高齢者割合の高い職業の特徴であり、それは専門・管理関連の職業から運輸・労務関連の職業まで幅広い職業が分布している。総じて、若年・壮年層と比較した高齢者の職業は認識的ではないという残余的な仕方で存立していることが明らかになった。
 第6章「高齢者の職業構造の変化」では、それまで若年期・壮年期や若年層・壮年層といった他の年齢層との比較から論じてきた高齢者の職業構造それ自体の変化を、年齢––時代––コホートの変化に峻別して論じた。年齢––時代––コホートはそれぞれ別個の説明枠組みを持ちながらも、同時に高齢者の職業構造を変化させうる要素である。具体的には、年齢は生物学的な身体的・認知的機能の衰退過程を、時代は技術的変化や労働市場政策を、コホートは教育拡大や雇用労働力化、そして過去職業経歴を歩んだ労働市場の構造をそれぞれ反映しうる。高齢者の職業構造はどのように変化しているのか、そしてその変化はいかなる要素が寄与しているのかを、定型タスクと認識/手仕事タスクに着目して明らかにした。分析の結果、定型タスクと認識/手仕事タスクのいずれについても、コホートの変化が一貫した変化を生じさせることが分かった。そして、その変化は1930年代ころの出生コホートで傾向が逆転する非線形的な仕方で生起している。定型タスクおよび手仕事タスクは1930年代コホートまでは増加傾向にあり、その後減少傾向に転じたのにたいし、認識タスクは1930年代コホートまでは減少し、その後増加した。このような傾向が逆転する仕方での高齢者の職業構造の変化は1つには、高齢者がかつて歩んだ職業経歴を取り巻く労働市場の性質が反映された結果として解釈できる。1920~30年代前半のコホートが労働市場に参入したころは高度経済成長として製造業が拡大していた時期である一方、それ以降はサービス産業が拡大した時期である。そのような需要がかつて増加していた産業に紐づいたタスクを、高齢期になっても保持していることが6章の結果から明らかになった。
 結論では第3章から第6章の知見をまとめ、「不平等を形成する労働市場のなかで、高齢者の職業構造はいかなる説明を果たすのか」という問いにたいして、高齢者の職業構造は「水準の低下を伴う性質の保存」として成り立っていると回答する。ここで水準とは有しているスキルの高さ、遂行しているタスクの強度であり、性質とは各タスク・スキルの内容としての水平的な違いを意味する。高齢者は社会カテゴリが付与されることでより低い水準のタスク・スキルを有する職業に(再)配置されるものの、過去に需要のあったタスク・スキルではその低下の程度は抑制的である。高齢者の職業構造は周縁的でありつつも過去の需要を継承している側面を持つことを本論文では実証した。以上を踏まえ、本論文が社会階層論およびエイジングの社会学、そして政策的にいかなる貢献をもたらしたのかを論じ、本研究の展開可能性を論じた。