住宅は,移民のホスト社会への編入過程と格差再生産のメカニズムを理解するうえで,重要な役割を果たす.資産価値が高く,快適で暮らしやすい住宅は社会的な希少資源であり,住まいの移動・住宅取得機会の不平等によってエスニック集団間の格差が拡大・縮小すると考える.実際,移民の同化理論において,社会経済的地位の向上にともなう居住地移動は同化プロセスの中間段階として位置づけられている.そのなかで住宅は空間的同化の観点から捉えられ,持家取得を通じた白人居住地区への移動がマジョリティ住民との交流機会を拡大し,良質な教育・雇用機会を提供するなど,さらなる社会統合を促進するフィードバック効果がもたらされると指摘されている.一方,日本では社会階層やエスニシティの違いによる居住分化が,同化理論が前提するアメリカ社会ほどには進んでおらず,住宅を地域的文脈から切り離して,住宅の質や所有形態に着目して移民の定着過程を理解する必要がある.
 そこで本研究は,移民の住宅選択のさまざまな側面に着目し,日本のメインストリームにおける移民の居住格差(エスニック集団のメインストリームの住宅市場への参入率や居住分布)はどのような現状にあり,どのような要因によって形成されているのかを明らかにすることを目的とする.第1章「序論」では,移民の住宅研究が進まない理由について考察を行ったうえで,本研究の問題意識と移民の住宅研究の意義について述べた.そして,マクロデータの分析から,本研究の分析対象である5つの外国籍グループ(韓国・朝鮮,中国,フィリピン,アメリカ,ブラジル)の特徴を明らかにした.
 第2章「理論的枠組みと先行研究の検討」では,移民の住宅選択を捉えるための理論的枠組みとして同化理論を取り上げた.同化理論は大きく古典的同化理論,分節化された同化論,新同化論に分類されるが,どの理論も住宅領域を射程に入れていない.本研究は新同化論が移民の居住格差を理解するための有効なアプローチであることを述べた後,新同化論に依拠した本研究の分析枠組みを提示した.そのうえで,移民の居住問題を扱った日本の先行研究を検討し,その成果と限界を考察した.
 第3章「分析方法とデータ」では,外国籍移民を対象とした日本の先行研究を調査方法の観点から整理しながら,移民を対象とする調査がいかに難しいかについて述べた.しかし,近年の法律や制度の改正により,学術研究目的で公的統計ミクロデータの二次分析を利用することが可能になった.公的統計のうち,移民に関する情報が把握できる代表的なものとして国勢調査がある.本研究は国勢調査のミクロデータを用いて分析を行ったが,分析に入る前に,データの概要や注意点を述べ,国勢調査を用いることの意義を示した.具体的な分析は第4章から第7章で行った.
 第4章「社会経済的地位が移民の持家取得に与える影響」では,社会経済的地位と持家取得の関連はどのようなものであり,エスニック集団間の持家率の差はなぜ生じるのかという問いを設定し,住宅購入と社会階層の関連について考察した.日本で外国籍移民が住宅ローンを借りるためには永住資格のほかに,安定した職業に就いている必要があるが,近年ではその条件が緩和されて,社会経済的地位が低い人びとでも住宅を購入できるようになった.このように住宅購入における移民の階層的地位の重要性が低下していると予想されるなかで,社会経済的地位と持家取得がどのように関連しているかについて検討した.分析の結果,どの外国籍グループにおいても持家率は日本籍より低いが,職業的地位が高く,高学歴であるほど持家に居住する傾向が確認された.ただし,外国籍と日本国籍の持家率の差のうち,社会経済的地位に起因する部分はそれほど大きくない.むしろ,滞在期間や人口統計学的分布の違いが移民の低い持家率を説明していることが明らかになった.
 第5章「移民の持家取得とエスニック・コミュニティ」では,持家取得と地域特性の関連を,エスニック・コミュニティに着目して明らかにした.エスニック・コミュニティは移民の定着に必要な情報と資源を提供するが,その構成員が保有する資本の量と外部の制度・構造的条件によって異なる効果を持つとされる.日本には移民の社会統合をサポートする制度的基盤が十分に構築されていないものの,特定の地域を中心に集住地区を形成して生活しているエスニック集団が多数存在し,エスニック・コミュニティは移民の住宅取得を促進する方向に働くと予想される.しかし,本分析の結果からは,エスニック・コミュニティの効果は韓国・朝鮮籍を除いて限定的なものにとどまっており,とりわけフィリピン籍とアメリカ籍の持家取得に対しては,エスニック・コミュニティは逆機能を果たすことが確認された.以上の結果は,日本の住宅市場ではエスニック・コミュニティが社会経済的地位の低い移民の不利を補うメゾ・レベルの制度として機能していないことを示すと同時に,持家を取得するニューカマー移民がエスニック・コミュニティ以外の地域に分散して居住していることを意味する.換言すると,メインストリームの住宅市場が移民にも開かれていることを示唆する.
 そこで第6章「住宅の質からみる移民の住宅市場への編入過程」では,地域的文脈から一旦離れて,移民がメインストリームの住宅市場に参入していくプロセスについて検討した.住宅市場の構造や移民を取り巻く制度・構造的環境は社会によって異なる.本章では移民が住宅市場に参入していく過程を日本社会の文脈に即して捉えるために,住宅同化論と住宅層別化論という新たな理論的枠組みを示した.そのうえで,住宅の所有形態や建て方,面積を軸として「ハイクオリティ持家」「ロークオリティ持家」「ハイクオリティ賃貸」「ロークオリティ賃貸」の4つに分類し,住宅選択を説明する要因とメカニズムがエスニック集団間でどのように異なるのか,住宅市場における構造的制約は存在するのかを分析した.移民の住宅市場への編入プロセスにいくつか特徴的な点が確認されたものの,概ね住宅同化論が支持された.すなわち,移民の多くは滞在期間の長期化による階層的地位の向上とライフステージの進展に伴って,質の高い賃貸住宅,もしくは自分の階層的地位やニーズに見合ったタイプの持家に移行する傾向があった.一方,「男性稼ぎ主」の信用力や経済力が重要な評価基準とされる日本の住宅市場において,住宅ローンを利用する人,すなわち,生計を支える稼ぎ主が外国籍男性の場合,住宅ローン市場において不利になるかを解明するために,国際結婚している夫婦の配偶関係の効果に着目して住宅層別化論を検証した.その結果,国際結婚夫婦は日本人夫婦に比べ,持家になる確率が低いが,国際結婚夫婦のなかでは,日本籍夫の夫婦が外国籍夫の夫婦よりも住宅取得において必ずしも有利な位置にあるとはいえないことが明らかになった.ただし,日本人妻が住宅ローンを組む可能性が低い国際結婚夫婦については,正規雇用に従事するフィリピン籍男性とブラジル籍男性は,どの職種においても,他の外国籍男性よりも持家確率が低いという結果が得られた.これは,人種やエスニシティにもとづくヒエラルヒー構造が日本の住宅市場においても成立している可能性を示唆するものといえる.
 第7章「民間賃貸住宅に居住する移民の居住地選択」では,外国籍移民の入居差別を引き起こす構造的要因が存在するかを明らかにすることを目的に,地域層別化論に依拠して,居住地達成におけるエスニック集団間の差異を検討した.地域層別化論は,住宅市場における差別や排除を通じて移民の空間的移動が制約され,居住分化が生じるメカニズムを説明するモデルである.実証分析にあたっては,マイノリティ集団の居住地達成に対する人的資本の見返りがマジョリティ集団よりも低い場合,空間的移動を制約する構造的要因が存在すると想定する.アメリカの移民研究には郊外への移動に焦点を当てたものが多いが,日本では郊外が必ずしも暮らしやすい場所としてみなされているわけではなく,非大都市圏に居住する移民も多い.そこで本章は,近隣変数を作成し,有利な近隣への居住確率に対する人的資本の効果が外国籍グループと日本籍グループ間でどのように異なるかを分析した.アメリカ籍の有利な近隣に居住する確率は日本籍より高く,その他の外国籍移民は日本籍よりも平均的に有利な近隣の賃貸住宅にアクセスしにくいことが明らかになった.これを踏まえて,職業的地位や学歴の効果の大きさの比較を通じて民間賃貸住宅に暮らす移民に不利をもたらす構造的要因が存在するかを検討した.その結果,中国,フィリピン,ブラジル出身移民の場合,高い階層的地位を達成しても有利な近隣の賃貸住宅に居住する確率が日本籍者より低く,地域層別化論が支持された.
 終章にあたる第8章「居住格差からみる移民の編入過程の様相と展望」では,分析から得られた結果を整理して,移民の居住格差がどのような形であらわれているかを,持家取得を通じたメインストリーム社会への編入様相と民間賃貸住宅における入居差別という2つの側面から議論した.住宅選択に関しては,総体として持家取得を通じた移民のメインストリーム社会への編入が緩やかに進行しているが,今後はエスニック集団間の居住格差が二極化していく可能性が示唆された.一方,居住地選択に着目した研究結果からは,民間賃貸住宅における構造的不平等の可能性を示唆する知見が得られており,入居拒否問題の解消に向けて,賃貸住宅の種類や居住地を考慮した政策の必要性を示した.