我々が世界をどのように見るかは、人々の短期的および長期的な幸福感に影響する。例えば、幸せな人々は与えられた状況をそのまま見るのではなく、世界をまるで薔薇色の眼鏡をかけて見るかのようにポジティブに解釈し、それによって自分自身、他者、そして世界に対する満足感・幸福感を維持する。しかし、与えられた出来事や状況をどのように見るかは、このような長期的な幸福感だけでなく、その出来事や状況によって一時的に生じる感情の種類や質にも関与する。人々は、与えられた状況が自分の動機と一致する場合にはポジティブ感情を、一致しない場合にはネガティブ感情を感じることになる。一方で幸せな人々は、より頻繁に、かつ強くポジティブ感情を感じるということが確認されている。これには、幸せな人々がもつ特有の認知的・動機的プロセスが関与していると考えられ、幸福感と各感情の関係についての研究が進んできた。それらの関係を理解することは、幸福感だけでなく、各感情の特徴を詳細に理解するために役立つと考えられたからである。

 このような背景を踏まえ、本研究では幸福感との関係性がこれまで研究されてこなかった新たな感情である、他人の不幸に対する喜び――シャーデンフロイデ――と幸福感の関係を明らかにすることを目的とした。

 シャーデンフロイデの生起過程と関連要因に関する研究では、劣等感、妬み、憤慨が重要な先行要因であることと、そのとき自己高揚動機と正義動機が関与することを明らかにしてきた。まず、劣等感と妬みに関する初期の研究は、自己高揚動機に注目し、自分より優越な人を見ることが上方比較による劣等感を生じさせるが、これは苦痛を伴う感情であるため、ターゲット人物に対する攻撃感情(妬み、憤慨)とともに自分自身を肯定的に評価したい動機である「自己高揚動機」を増加させることを示した。自分よりも優れた他者が不幸に見舞われると、一時的に自分自身の状況がその人の状況より良好なものに思われ、自己高揚動機が充足されることになる。このような過程によって生じたポジティブ感情がシャーデンフロイデであると主張されてきたのである。

 一方、シャーデンフロイデの生起要因として妬みと憤慨に着目した先行研究では「正義動機」の役割を重視する。なぜなら妬みと憤慨は、単に他者が自分より優れているということだけではなく、それが理不尽で、不当だと思うことで生じる攻撃感情だからである。不当に成功を手に入れた人が不幸に見舞われた場合、正義が回復されたという認知を生み、正義動機を充足させることができる。そのとき生じたポジティブ感情がシャーデンフロイデだとみなされているのである。

 以上を踏まえると、シャーデンフロイデはいずれの動機に関する議論でも、ターゲットへの攻撃感情を直接的な生起要因だと指摘しており、ネガティブな側面を持つということになる。しかし、その一方で、シャーデンフロイデは、動機の充足による喜びでポジティブな感情でもある。実際、シャーデンフロイデを感じている間はターゲットに対する攻撃意図が減少し、自己評価がポジティブになる望ましい側面もあると報告されている。まとめるとシャーデンフロイデはポジティブ感情であると同時に、その喚起過程においてネガティブな側面ももつ感情であるといえる。

 一方、 幸福感はポジティブ感情をより頻繁に、強く感じる傾向と関係がある。そしてシャーデンフロイデはそのネガティブな生起過程にも関わらず、あくまでも「快感情」である。したがって幸福感と正の関係を持ちうる。しかし、その一方幸福の解釈理論(Construal theory of happiness)によると、幸福な人は自分より優れた他者との上方比較をしない傾向や、自分と他者をポジティブにみなす傾向が強いと報告されている。また良好な対人関係を構築し、世の中をより公正な場所であると知覚すると知られている。このような幸福感の特徴により劣等感、妬み、憤慨を経験しにくいことが予測される。したがって、シャーデンフロイデは、主観的には「快感情」でありながら、幸福感と正の関係を持たない可能性もある。ただし、この点について実証的に示した研究はこれまで行われてはいない。

 以上に基づき、本研究では、シャーデンフロイデの生起課程や幸福感との関連について検討を行った。

 シャーデンフロイデの生起過程については、先行研究で多様な理論と要因が提案されているため、まずそれを統合し、説明するモデルを設定した。どの動機、要因に関する研究でも共通で示されていたのは、シャーデンフロイデを直接的に生起させるのは攻撃感情(妬み、憤慨)であったため、本研究で検討する自己高揚動機と正義動機モデルでも、妬みと憤慨のような攻撃感情がシャーデンフロイデの直接的な生起要因だとみなした。また劣等感のような感情は、その攻撃感情を増加させることでシャーデンフロイデに間接的な影響を与えると仮定した。また、幸福な人ほど優れた他者と自己を比較しないため、幸福感が高ければ、劣等感、攻撃感情(妬み、憤慨)が抑制され、結果的にシャーデンフロイデも生起しにくくなると仮定した。

 実証編第1部ではこのような変数間の関係について、媒介モデルを用いて検討し、また幸福感とシャーデンフロイデの直接的な関係についても検証した。その結果、研究1から3では本研究で設定したモデルが妥当であることが示された。幸福感は劣等感と、また、劣等感は妬み、憤慨と負の関係を持つことによって、シャーデンフロイデの生起を間接的に抑制することが示された。また全ての研究で、シャーデンフロイデと幸福感との間に、有意な正の関係は見られなかった。これはシャーデンフロイデがポジティブ感情であるにもかかわらず、他のポジティブ感情とは違って、幸福感によって増加しない独特な感情であることを意味する。また、幸せな人は「他者と比較しない傾向」が強く、その結果、優越な他者の存在により自己高揚動機と正義動機が喚起されにくく、シャーデンフロイデの生起が抑制されることが示唆された。

 ところで、シャーデンフロイデの生起に影響する自己高揚動機と正義動機の程度には、個人差がある。普段から他者と比較して自分自身を批判する否定的自己観を持つ人は、慢性的に自己高揚動機が高いと考えられる。また、他者は成功のためにルール違反する非道徳的存在であり、社会はそれを阻止できない不公正なところだと考える否定的世界観を持つ人は、慢性的に正義動機が高い可能性がある。先に検討した、一時的に喚起された動機の水準のみならず、このような慢性的動機の水準も、シャーデンフロイデの生起に関与しうる。したがって自己高揚動機と正義動機の慢性的水準の影響について検討するために、否定的自己観である「比較的自己批判」と否定的世界観の「社会的シニシズム」の二つの個人差変数を追加した新たなモデルを提案した。モデルでは、幸福感が高い人ほど、自己・他者・世界に関してポジティブな認知を持つ傾向があるという先行研究の知見から、比較的自己批判や社会的シニシズムと幸福感は負の関係を持つと仮定した。また、自己高揚動機と関連する比較的自己批判は劣等感に、正義動機と関連する社会的シニシズムは攻撃感情(妬み、憤慨)に強く影響を及ぼすと仮定した。

 実証編第2部である研究4から6において、これらの仮説を実証的に検討したが、その際、知見の一般化可能性を上げるため、シナリオの提示方法(記事、シナリオ)やターゲット人物(大学生、ビジネスマン)の記述を変更しながら実験を実施した。その結果、全ての研究において一貫して、提案したモデルの妥当性が確認された。具体的には、幸せな人ほど自分自身に対するポジティブな認知をもち、他者と比較しない傾向があるため、比較的自己批判や劣等感の程度が低く、幸福感が高くなることが示された。また、他者を信頼し、世界を公正な場所だと考える傾向が高く、否定的世界観である社会的シニシズムが低いので、優れた他者に他する妬み、憤慨が低下することも示された。さらに、このような一連の媒介過程により、幸福感とシャーデンフロイデの間には、間接的に負の関係があることが確認された。

 以上の実証研究により、シャーデンフロイデは慢性的、または一時的に増加する自己高揚動機と正義動機の充足によって生起する感情であることが明らかとなった。また、シャーデンフロイデはポジティブ感情であるものの、幸福感と正の関係を示す他のポジティブ感情とは違って、正の関係を持たないことも明らかとなった。