運動主体感とは「この行為を制御し、それによって事象を引き起こしているのは自分である」という主観的体験のことを指す(Gallagher, 2000; Haggard, 2017; Haggard & Chambon, 2012)。本研究では運動主体感のなかでも、明示的な自他帰属について検討した。自他帰属は主に、感覚運動制御の枠組みで用いられる「比較器モデル」で説明されてきた (Frith et al., 2000)。比較器モデルによれば、運動時の感覚予測と実際の感覚フィードバックの差分である予測誤差が小さいほど、感覚フィードバックは自己に帰属される (Haggard, 2017)。感覚運動情報に加え、外部の手がかりや社会的文脈といった認知的な情報も統合されて自他帰属が形成されることが知られている (Synofzik et al., 2008)。

 このように、自他帰属は主に比較器モデルによって説明されてきたが、比較器モデルが説明するのは予測誤差の計算までであり、予測誤差がどのようなプロセスを経て自他帰属に至るのかはまだ明らかになっていない。また、先行研究の多くは自他帰属の形成に影響を与える要因に焦点を当てたものであり、自他帰属が運動の制御や適応に与える影響はほとんど検討されていない。これらを背景に、本研究では予測誤差から自他帰属への形成過程と、自他帰属が運動に与える影響という2つの方向性で自他帰属を検討することで、自他帰属を感覚運動制御系の中に定位させることを目指した。

 自他帰属の形成過程に関する先行研究では、主にキー押しやリーチングといった単発の運動課題が用いられ、予測誤差が小さいほど感覚フィードバックは自己に帰属されることが明らかにされてきた (Imaizumi & Tanno, 2019; Maeda et al., 2013; Preston & Newport, 2014)。また、近年のいくつかの研究から、連続的な運動においても予測誤差の大きさと運動後に回答される自他帰属は相関することが示されている (Asai, 2016; Wen & Haggard, 2020)。しかし、連続的な運動において継続的に生じる予測誤差がどのような処理を経て自他帰属に至るのかは検討されておらず、まだわかっていない。そこで第2章では、連続的な運動において、運動時間を変化させた時や運動中に外乱の大きさを変化させた時の自他帰属を計測することで、予測誤差と自他帰属をつなぐメカニズムを検討した。また、自他帰属は再帰的に運動に影響を与えている可能性が示唆されているが (Asai, 2015; Moscarello & Hartley, 2017)、自他帰属が運動に与える影響は直接検討されてこなかった。そこで第3章では、感覚運動制御系の中でも特に基礎的な過程である運動適応に自他帰属が与える影響を検討した。研究全体を通じて、自他帰属を感覚運動制御系の一部に位置づけ、自他帰属の機能および役割を検討することを目的に実験を行なった。

 第2章では、連続的な運動において予測誤差から自他帰属に至る処理過程を明らかにすることを目的に6つの実験(実験1-6)を行った。参加者はデジタイザー上でペンを動かし、モニター上のカーソル(視覚フィードバック)を操作してサイン波状のターゲットをなめらかになぞった。その際、事前に記録した参加者の動きを様々な割合でカーソルに混入させることで予測誤差を操作した (Asai, 2016; Ohata et al., 2020)。参加者は運動後にカーソルについての自他帰属をレーティングで回答した。実験1では、参加者は10秒間の運動後、カーソルをどれくらい自分が動かしていたと思ったかに関してレーティングで回答した。その結果、カーソルにふくまれる自分の運動の割合 (自己割合) が高いほど、カーソルは自己に帰属されていたため、先行研究の結果を再現できることが確認された。実験2では運動時間を短くした条件を設けることで、運動中の自他帰属の推移を検討した。その結果、カーソル表示から2秒の時点で自己割合に応じた自他帰属ができていることが明らかになった。この結果から、連続的な運動においても単発の運動と同様、予測誤差にもとづいて素早く自他を推定するシステムがあることが示された。また、運動時間が長くなるにつれて、自己割合ごとに自他帰属が明確に分かれることが明らかになった。さらに、自己割合が高い条件では、運動時間が長くなるにつれて自己への帰属が徐々に高まっていくことも示された。これらの結果から、運動時間とともに運動中の予測誤差が蓄積されていくことが示唆された。実験3では、自他帰属の判断には運動中の予測誤差全体が反映されているのか、それとも、比較器モデルで説明されるように判断直前の予測誤差が反映されているのかについて検討するために、運動中に自己割合を変化させる操作を行った。その結果、自他帰属の判断に近い時点での自己割合の影響が強いものの、運動中の平均的な自己割合に対応した自他帰属がなされていることが明らかになった。さらに、判断から何秒間遡った予測誤差まで自他帰属に反映されているかを検討した結果、少なくとも5 秒遡った時点の予測誤差も自他帰属に反映されていることが示された。実験3の結果を検証するために、自己割合の変化幅と変化のタイミングを変えた実験4を行ったところ、実験3と同様の結果が得られた。これらの結果から、予測誤差と自他帰属の間には、比較的長い時間の予測誤差をバッファする時定数の長いメカニズムがあることが示唆された。実験1から4までは先行研究と同様、自他帰属までの運動時間を実験者が固定していたため、参加者がどの時点で意識的に自他を帰属できていたのかがわからなかった。そこで実験5では、カーソルとして自分の運動(自己条件)または他者の運動(他者条件)を表示し、自他判断までの反応時間を計測した。その結果、運動と視覚フィードバックの間に誤差がある他者条件で自己に帰属してしまった試行の反応時間は、自己あるいは他者条件での正解試行の反応時間より長くなっていた。さらに、他者条件でペン-カーソル距離が大きい試行ほど他者に帰属するまでの反応時間が短かった。これらの結果から、予測誤差の大きさに応じて、自他の判断だけでなく、判断までの時間も変化することが明らかになった。また、運動中の予測誤差をバッファし、自他を判断するのに十分な予測誤差情報が蓄積された時点で自他帰属を行っていることが示唆された。実験6では、運動中の予測誤差の計算を曖昧にしたときの自他の判断と反応時間を検討するために、視覚フィードバックのカーソルにノイズを挿入した。しかし、ノイズの大きさによる自他判断や反応時間の違いは見られず、全体として実験5と同様の結果が得られた。この結果から、連続的な運動における自他帰属はフィードバックのノイズに頑健であることが示された。以上の結果から、連続的な運動においては、運動中の予測誤差をバッファし自他帰属に結びつける時定数の比較的長いメカニズムがあることで、安定的に自他帰属を行っていることが示唆された。

 第3章では、自他帰属が運動適応に与える影響を調べることを目的に2つの実験(実験7-8)を行なった。実験7では、参加者自身の自他帰属判断が運動適応に与える影響を検討した。実験では、参加者はターゲットに向かってリーチングを行い、外乱が挿入されたフィードバックをターゲットに近づけるために、1試行ごとに運動を修正した (Wei & Körding, 2009)。また、フィードバックが自分の運動を反映していたと思ったか否かについての自他帰属判断を行なった。状態空間モデルによって適応率を推定した結果、適応率は自己に帰属したときの方が他者に帰属したときよりも高くなっていた。この結果は、線形回帰を用いて推定した時も、外乱の有無で試行を分けて推定した時も同様であった。また、他者に帰属した際も適応は生じていた。実験8 では、参加者2名がペアで実験に参加し、文脈と教示によって自他帰属を変化させた (Desantis et al., 2011)。各試行の運動前またはフィードバック呈示後に、自分と相手のどちらの運動がフィードバックに反映されるかについての教示(自他教示)を行なった。ただし実際は、実験7と同様に参加者本人の運動に外乱を加えてフィードバックを表示した。その結果、状態空間モデルによって適応率を推定したときも、線形回帰によって推定したときも、運動前に教示を行った条件において、適応率は自己と教示したときの方が高くなっていた。また、他者と教示したときにも適応は生じていた。これらの結果から、自他帰属は、フィードバックに基づいてボトムアップに変化したときも、認知的な手がかりによってトップダウンに変化したときも、適応率に影響を与えることが示された。さらに、他者に帰属したときも適応が生じていたことを考慮すると、運動適応には、自他帰属に影響を受ける要素と、自他帰属の影響を受けずに自動的に進む要素があることが示唆された。

 これまでの自他帰属に関する先行研究では、運動中に継続的に生じる予測誤差がどのように処理され自他帰属が形成されているのかは検討されてこなかった。第2章の結果から、運動中の予測誤差を比較的長い時間バッファする時定数の長い処理の存在が新たに示唆された。このような時定数の長い処理が存在することで、安定して自他帰属を形成することが可能になると同時に、自他帰属が運動制御における誤差の修正を安定化させている可能性が示された。第3章の結果からは、自他帰属が運動適応に影響を与え、適応率を状況に応じて調整していることが示された。以上の結果から、自他帰属は感覚運動情報をモニタリングするだけでなく、運動の制御と適応を安定化する役割をもった、感覚運動制御系に組み込まれた重要な機能のひとつであることが示唆された。このことは、自己意識という抽象的な心的表象が、身体と密接に関係していることを示すと同時に、「運動」という動物としての生存に不可欠な機能にも影響を与えていることを示唆する結果となった。