本研究の目的は、近年日本で流通される韓国ウェブトゥーンのテクストにおいて共通的にみられる「現地化」現象を、文化社会学的な観点から解明することである。本論文が注目する「現地化」とは、韓国ウェブトゥーンが日本で翻訳される過程の中で行われる現地化のことを指す。日本で翻訳される韓国ウェブトゥーンは、登場人物や作品背景、漫画の読み方などを日本式に修正し、テクストから韓国の文化的要素を削除する現地化作業を経たうえで、日本で公開される。このような翻訳領域における「現地化」は、2010年代以降、日本のデジタルコミックが急成長する中、韓国のウェブトゥーンが日本で急激に増加しはじめた頃からあらわれた現象である。

 本研究は、韓国ウェブトゥーンの「現地化」という現象を、「漫画のデジタル化」と「漫画翻訳の実践」の二つの問題を軸として解明することを試みる。日本によって考案された「マンガ」のスタイルは韓国の漫画文化に大きな影響を与え、日本と韓国の漫画文化の間には非対称的な関係が築かれてきた。本研究の目標は、その非対称的な関係が漫画のデジタル化により変化しはじめたことを発見し、ウェブトゥーンの「現地化」が過去に展開された日韓漫画の翻訳実践と密接にかかわっていることを明らかにすることである。

 第1章では、以上に述べた問題意識と研究目的に基づいて、分析方法と研究対象を明らかにした。本研究は、日本と韓国の間で展開された漫画翻訳の流れに三つの軸を設定し、翻訳研究の用語を借用しつつ「現地化」されたテクストを数値化する方法で分析を進めた。また、分析の資料として1970年代から2020年代に至るまで日本と韓国で翻訳された漫画とウェブトゥーンの作品を幅広く活用した。

 第2章では、先行研究および理論的資源の検討を行った。まず、漫画を社会学的な観点からとらえた研究、日本におけるデジタルコミックの研究、また、漫画が越境する現象に着目した研究の検討を進めた。先行研究の検討を通じ、漫画と社会の関係に接近するための視座を明らかにしたうえで、紙漫画の方法ではとらえられない「デジタルコミックの問題」と、漫画の越境において重要なキーワードとして登場する「現地化」という問題に取り組む必要性を指摘した。

 また、これらの問題を考察するための手がかりとして、デジタル時代における文化形式に関する研究や文化越境の場面においてあらわれる力関係をとらえた研究を検討した。デジタル文化論からは、流動的かつ可変的な性質を持つデジタル時代のコンテンツについて検討した。文化の越境における力関係に関する研究は、文化翻訳論、文化的割引、文化の匂いの三つの議論を中心に検討を行った。このような議論を通じ、漫画文化間の非対称性や象徴闘争としての翻訳行為、また、ウェブトゥーンの「現地化」という実践が展開される方式を説明するための理論的土台を提示した。次に、「現地化」現象が、絵と文字が結合した「漫画」という視覚的表現物においてあらわれる点、また、他の地域との社会文化的な脈絡の中で「マンガ」が築いてきた独特な位置と関係があるという点で「漫画の問題」として扱われる必要があることを示した。さらに、二つの漫画文化間の接触と交流の脈絡を解釈するための分析モデルを提示した。

 第3章では、デジタルコミックの系譜について記述したうえで、デジタルコミックの新しい類型であるウェブトゥーンについて説明した。デジタルコミックの系譜を通じて、漫画のデジタル化が漫画の制作、流通と消費、漫画形式の三つの領域が有機的につながって展開される大きな転換であること、また、ウェブに特化したウェブトゥーンという新しい漫画形式の登場とともにデジタルコミックの新しい生態系が構築されつつあることが確認された。

 第4章では、日本のマンガ文化と韓国の漫画文化、さらに日本とアジア諸地域の漫画文化の間に固定された非対称的な関係について説明し、その関係がデジタルコミックの成長とともに変化しつつあることを示した。長い間、韓国と日本の漫画文化の間には不均衡な関係が築かれ、韓国の漫画文化においては日本マンガから主体性を確保しようとする象徴闘争の様相があらわれた。漫画産業に関する資料を通じ、韓国のみならず、台湾、中国においても日本を中心とする漫画文化間の非対称性が共通的に存在していたことを読み取ることができる。しかし、そのような非対称的かつ垂直的な関係はウェブ基盤のデジタルコミックの成長とともに揺らぎはじめ、近年は多方向へと漫画が移動する新しい漫画文化の地形図が形成されつつある。その多方向性に基づく漫画ネットワークの登場を指摘したうえで、その変化の先頭にある韓国のウェブトゥーンプラットフォームが日本でウェブトゥーンの配信を進めてきた系譜をまとめた。

 第5章では、韓国ウェブトゥーンにおける「現地化」の分析に取り組むための第一段階として、ウェブトゥーンが登場する以前に、日本で展開された韓国漫画の翻訳現象の分析を進めた。日本で展開された韓国漫画の翻訳は、表現様式や媒体の特性により劇画期、漫画雑誌期、過渡期、ウェブトゥーン期の4つの時期に区分することができる。本章で焦点を当てたのは、劇画期と漫画雑誌期、過渡期に出版された韓国漫画の翻訳作品である。劇画期には原作の絵を最大限維持する翻訳の方式が用いられ、漫画雑誌期と過渡期にはフキダシの中の発話(文字)の領域において部分的に「現地化」が行われる傾向がみられた。すなわち、ウェブトゥーン以前の時期に展開された韓国漫画の翻訳においては、翻訳の方式が徐々に「現地化」へと移行する傾向が確認された。

 第6章では、ウェブトゥーン期に日本で翻訳された韓国ウェブトゥーンの作品に焦点を当て、ウェブトゥーンが「現地化」される様相を分析した。本研究が注目する二つのデジタルコミックプラットフォーム、「LINEマンガ」と「ピッコマ」においては、韓国で制作されたウェブトゥーン作品が高い比率を占めている。韓国ウェブトゥーンの翻訳作品において「現地化」が行われる様相を分析した結果、ウェブトゥーン期には一定の規則性を持って「現地化」が展開されることが明らかになった。まず、韓国人キャラクターの名前は日本人名に変えられ、作品の背景設定も韓国から日本へと変更された。さらに、フキダシや書字方向を含むリーディングスタイルが日本式スタイルに変更された。このような「現地化」は、作品の原作性に深く関わるテクストの絵の領域に積極的に介入する点で、ウェブトゥーン期以前に日本で出版された韓国漫画の翻訳作品とは区別される。このようにテクストから文化的要素を削除する「現地化」の方式は、レイヤー(Layer)技術により解体可能になった漫画のテクストを十分活用しつつ、テクストに内在する「文化の匂い」を変形するものである。

 第7章では、テクストの原作性に介入しつつ文化の匂いを変形させる「現地化」方式が、日本の大衆文化の輸入が禁止されていた時期に、韓国で違法的なルートで流入された日本マンガの翻訳方式と連続性を持つことを明らかにした。日本の大衆文化が禁止されていた時期に、韓国では翻案漫画と複製漫画という二つの翻訳方式を通じて日本マンガが流通された。当時の翻案漫画と複製漫画からは、翻案家または編集者により、日本文化を象徴する表象が韓国の文化表象に置き換えられるような翻訳の方式が共通して確認された。テクストから文化の匂いを削除・移植するウェブトゥーンの「現地化」は、過去の韓国において展開された日本漫画の翻訳方式を引き継いでいる。以上のことを明らかにしたうえで、本研究は、絵と文字の領域に介入する程度により、「漫画翻案」と「漫画翻訳」という図式を提示した。ウェブトゥーンの「現地化」は絵の領域に介入しつつも、「現地化」の規則性に従う作品に対して限定的に行われるため、「漫画翻案」と「漫画翻訳」の間に位置する翻訳実践であると整理することができる。

 第8章では、文化的な要素を削除する方式の「現地化」が戦略的に展開される現象を文化社会学的な観点から考察した。まず、ウェブトゥーンの「現地化」を行う主体の変化に注目した。ウェブトゥーンの「現地化」は、韓国のウェブトゥーンプラットフォーム、ウェブトゥーンエイジェンシー、ウェブトゥーン産業を支援する各種の支援事業によって行われる。ウェブトゥーン以前の韓国漫画の翻訳および「現地化」が日本側の出版社によって行われていたことと対照的に、近年の韓国作品の翻訳は、韓国側の主導によって展開される。これは、ウェブトゥーンの「現地化」が日本のマンガ文化の「外側」からの働きかけであることを示唆する。本研究は、翻訳主体の変化を指摘することを通じ、日本マンガ文化の境界の表面化という問題に注目した。ウェブトゥーンの「現地化」は、マンガ文化の外側から押し寄せてくる「韓国漫画」という異質的な対象の文化的割引を低くするための試みであり、原作性を優先的価値とする「漫画翻訳」と原作性を意図的に変形し文化的割引を低くすることを優先する「ウェブトゥーンのフランチャイズ化」の狭間に位置する開かれた翻訳実践である。

 第9章の結論では、本論文の議論をまとめ、本研究の意義と今後の課題について述べた。本研究は、漫画のデジタル化と漫画翻訳の実践を軸として設定しつつ、文化社会学の観点からその二つの現象をつなぐ中間地点としてのウェブトゥーンの「現地化」を考察した。ウェブトゥーンの「現地化」という漫画的現象の発見を通じ、漫画の社会学的研究の分析的方法および観点の拡大を試みたことが、本論文の意義である。