マスネのオペラ《マノン》における「演出」-文学のオペラ化に関する考察-

笠原 真理子

 本論文は、文学のオペラ化とその演出について、悪女小説の原型とされる、フランスの小説『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語 Histoire du chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut』(1731年初稿、1753年決定稿出版)とそのオペラ作品であるジュール・マスネJules Massenet(1842-1912)作曲の《マノン Manon》 (1884年初演)を題材に、研究を展開した。

 オペラの作品と観客とを媒介する手段として、舞台演出の存在感がますます強まる現在において、上演されるオペラ作品のレパートリーは19世紀後半のものを中心に固定化されており、既に制作されたスコア(全ての声部が記された楽譜)に基づいて舞台演出がなされる場合が大半である。しかし、既に多様な演出がなされてきた19世紀後半のオペラ作品の成立過程において、制作当時はスコアの制作と舞台演出のプロセスは全く断絶したものではなく、むしろスコアの作り手たちは、その作品が演出されることに留意して作品作りを行っていたといえる。

 そもそも、19世紀末の概念及び現代の概念においても観客に作品を呈示するための準備が演出と考えられており、オペラを作成する過程自体、広い意味での「演出」と定義しうる。本論文においては、一つの原作を基にして複数のオペラ作品がつくられており、その中でも19世紀末の作品で現在も新演出が生れ続けている《マノン》を取り上げることで、オペラの作り手たちが同時代の観客の関心を得るべく、舞台演出的な効果を狙いつつ文学作品をオペラ作品にする「演出」の過程を示すことを目的とした。

 さらに、本論文においては、演出や当時の舞台評を、オペラ化された作品の受容の一形態と位置づける。よって、本論文においては、スコアの制作過程を一般的に“「演出」”、その中でも特に文学を原作としたオペラの制作過程を“オペラ化”と称し論考を進めた。

 ここで、文学を原作とするオペラ作品が上演に至るまでには、様々な時代の人間を媒介としており、そのオペラ作品を通して観客が原作を受容するまでには、原作、台本、音楽、演出(衣装・照明を含む)と様々な媒体を経る。しかし現状、オペラ化された作品の研究については、それらの媒介者・媒体の変遷に総合的な視点から目を配ることがなく、文学、音楽学、演劇学の、それぞれの分野で既になされてきた研究を融合した考察が十分に行われていない、という問題がある。

 また、オペラ化されたフランス・オペラについては、19世紀半ばから、盛んに文学がオペラ化されているにもかかわらず、フランス・オペラ自体の研究がドイツ・オペラやイタリア・オペラを対象とする研究より約20年立ち後れていることもあり、文学以外の分野では研究が進んでいない。

 筆者は、上記の問題点について、文学作品のオペラ化の背景を考察したうえで舞台上の分析を行えば、より複合的な視点での研究を行うことが可能になると考えた。よって、オペラ化の特色を明らかにするため、作品媒体及び舞台の比較分析に重きを置き、1つの文学作品から複数翻案され、現在も頻繁に上演されるフランス・オペラ作品を研究対象とした。具体的には、50を超える舞台・映像化がなされた、小説『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』(1753)のオペラ9作品の中でも、一人の作曲家が唯一続編を含めて2作の翻案を行い、その2作品の中でも原作の部分に当たる《マノン》とその初演演出を研究対象に据えた。

 本論文の序章では、オペラと文学作品の関わりを明らかにし、マスネ及び《マノン》を研究対象に据える本論文の位置づけを明確にした。第1節では、演出研究及びマスネ研究史を中心的に扱いつつ、これまでのオペラ研究史を概観した。第2節では、これまでオペラの中でどのような題材が扱われてきたのかを示しつつ、フランス・オペラのジャンル史を概観することで、フランス・オペラがどのような傾向で文学的な題材を扱ってきたのかを整理した。第3節では、フランス・オペラと文学作品の関わりについて述べ、フランス・オペラがどのように文学作品を題材として取り上げてきたのかを示し、文学のオペラ化に関する研究は、文学研究が先行していることを明らかにした。

 序論となる第1部では、原作『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』からオペラ《マノン》が制作されるまでの過程を辿った。まずは、本論文で扱う一次資料の整理を行いつつ、第1章においては、原作の成立経緯を概説し、原作における序文や額縁物語の構造を分析することによって、原作がヒロインの恋人からの視点によって書かれていること、さらに、ヒロインであるマノンの容姿や真情は描写されていないことを示した(第1節)。そのうえで、実像が分からないマノンは読者の想像力をかきたて、その不可思議なヒロイン像に対する評価は時代ごとに変遷したこと、さらに現在に至るまで頻繁に二次創作の題材になってきた状況を整理した(第2節)。

 また、第2章では、《マノン》の制作背景を明らかにするため、作曲家マスネ及び台本作家メイヤックとジルの人物像と作品傾向について記し、《マノン》の基本的な情報と原作との構成における相違点を示した(第1節)。さらに、1884年の初演版と1895年の再演版の際に制作されたスコア・演出書を用い、両者の相違点を明らかにすることで、マノンを演じる歌手の事情に合わせて台本や音楽を変えていること、演出効果を勘案したスコア作りがなされたこと、そして再演版の演出では初演版に記されたト書きを踏まえながらも演出家独自の解釈がなされていることを示し、マスネらの「演出」の概要を明らかにした(第3章)。

 第2部は、序論を踏まえた本論として、具体的な場面を挙げて《マノン》の分析を行った。具体的には、オペラの台本と原作を比較した上で音楽的要素の分析を行うことで原作からスコアが作られる過程でのオペラ化の特徴を洗い出し、そのオペラ化の特徴がどのように舞台化されたのかを演出書や写真から探り、さらに、評、自伝、評伝によって、そのオペラ化がどのように同時代の人々に受け止められたのかを明らかにする手段を採った。その際、特に、歌唱・音楽の挿入、原作とオペラの間における時代的背景の相違、人物像解釈の相違という3点に着目して、オペラ化の特徴を示すことを試みた。  

 分析する対象の場面としては、ヒロインであるマノンの人物像に着目し、マノンが原作と同様に「悪女」として描かれている場面(第1章)と、原作とは異なり「聖女」として描かれている場面(第2章)に分けた。その中でも、第1章では、原作の中で描かれている悪女像が反映されている場面と、19世紀の高級娼婦やファム・ファタールに対する価値観に基づいて悪女と見なされる場面に分けて、上演当時の同時代的要素がいかに作品に織り込まれているか考察を行った。また、第2章では、原作にはなく《マノン》にのみ登場する場面として、マノンが真情を述べる場面と回心を見せる場面の分析を行い、ここでも《マノン》独自のマノン像が示されていることを明らかにした。

 第3部は、第2部の背景論として、原作の語り手でありマノンの恋人であるデ・グリューの人物像に着目しつつ、《マノン》の二つの場面を分析することによって、《マノン》は当時のオペラ=コミック座を支えたブルジョワジーの観客層の需要と趣向に応えるための「演出」がなされた作品であることを明らかにした(第1章)。さらに、《マノン》の続編としてマスネが制作したオペラ《マノンの肖像 Le portrait de Manon》(1894年初演)においては、原作あるいは《マノン》がどのように受容・変容されたのかを示し、マスネが《マノン》に行った「演出」が、どのように続編では受け継がれたのかを考察することによって、マスネが19世紀末的の同時代的な解釈で原作のオペラ化を行ったことを、より明確にした(第2章)。

 終章では、《マノン》と同じ原作をもとにしたオペラ作品のうち、特に《マノン》との関わりが深いオベールとスクリーブの《マノン・レスコー Manon Lescaut》(1856年初演)及びプッチーニの《マノン・レスコー Manon Lescaut》(1893年初演)の2作品を取り上げ、比較することによって、第2部で示した《マノン》におけるマスネらの「演出」の特色をより鮮明にした。また、《マノン》における「演出」が、現代の上演においては原作の時代である18世紀、《マノン》が制作された時代である19世紀そして現代、と大きく三つの舞台設定でなされていることを示した。

 以上の分析により、マスネらが《マノン》で行ったオペラ化は、作品制作時の第三共和政を背景としてオペラ=コミック座の観客の大半を占めるブルジョワ層を教化する一方で、既に原作を知っている観客に対して新たなマノンの物語を示すものであり、舞台演出効果も意識したスコア作りがなされたことによって《マノン》は当時の人気作となったことが示された。

 このように、作品のプロダクションシステム分析に主眼を置いた「演出」研究が、オペラの作り手の「演出」の背景と過程を明らかにすることで、過去のオペラ化作品を舞台演出して上演する際だけではなく、現代において、新しくオペラを制作する際の手がかりとなる可能性を示し、本論文は締めくくられている。

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