明末通俗小説における僧侶と神異

千賀 由佳

 中国において、神異と仏教僧侶との間には古来密接な結びつきがあった。仏教が中国に伝来した当初から、西域出身の僧侶の起こす霊験は、人心を集めて仏教を広めるための手段として利用されてきたとされ、僧侶の伝記集である梁・慧皎『高僧伝』には神異的要素が多く含まれ、その中には専ら神異と関連する記事を集めた「神異篇」が立てられていた。また宝誌和尚や僧伽和尚をめぐる伝説の中では、唐宋と時代が下るにつれて霊験的な要素が膨らんでいったという。このように神異と僧侶の結びつきは時代が下っても薄れることなく、その信仰や伝説はますます発展していった。明末に流行した通俗小説に対する研究のうち、神異を発揮する僧侶、すなわち神異僧の出る物語に注目したものは限られており、ましてこの種の僧侶について、複数の作品を横断して総合的に論じたものは見当たらない。本論文では通俗小説中に登場する神異僧の描かれ方に注目し、そこに既存の僧伝や小説からの継承および新たな展開がどのような形で表れているかを検討した。さらにこれらの作品を通じ、明末という時代に小説の執筆者や読者の間で僧侶という存在がどのように捉えられていたか、また仏教がどのように受容されていたかという問題についても新たな角度から見直すことを試みた。論文中ではいずれも明末の刊行または明末を舞台とした長編白話小説で、神異僧が主要人物として活躍する『西遊記』・『三宝太監西洋記』・『平妖伝』・『禅真逸史』・『帰蓮夢』を、神異僧を扱う通俗小説の代表例として取り上げ、毎章一作について詳しく検討した。

 第一章では万暦二十年に世徳堂から刊行された『西遊記』全百回に出てくる「聖僧」と「神僧」という二つの語について、明代以前の僧伝や通俗文学作品、また『西遊記』における用例によって両者を対比的に分析し、『西遊記』における神異僧をめぐる理解と記述について論じた。『西遊記』で西天取経の旅をする玄奘を指して用いられる「聖僧」の語は、唐代以降に広まった羅漢信仰と関係している。元明代の通俗文学でもしばしば僧侶が「聖僧羅漢」の転生とされ、楊景賢の西遊記雑劇では玄奘が羅漢の転生と設定される。一方「神僧」は、『高僧伝』等に常人とは異なる特徴を持つ僧侶を指す用例があり、総勢二百人余りの神異僧の伝を集めた明・永楽帝『神僧伝』九巻の序文には、神僧とは神化万変する者であると記され、神通力そのものの重視が見て取れる。『西遊記』でも登場人物が神異的な力を発揮した時に「神僧」と呼ばれ、たびたび「神僧」と呼ばれる玄奘の弟子孫悟空は多くの術を使いこなして玄奘を差し置いて活躍するが、その神通力の描写は作中の神仏・妖怪の術に類似し、僧伝の記述よりはるかに多彩である。

 第二章では万暦二十五年の序を有する『三宝太監西洋記』(以下『西洋記』)全百回を取り上げ、『西洋記』に見られる僧伝の影響および仏典からの引用句について検討した。『西洋記』では鄭和の航海に加わった僧侶金碧峰の活躍が描かれるが、その原型となった人物の早期資料および『西洋記』本文中の神異的な記述には、『神僧伝』に収録される類の記事との符合が見られる。『西洋記』の神異描写には他の小説・戯曲と類似する部分もあり、作中の僧侶の神通力をめぐる描写では僧伝と通俗文学の手法が融合している。また『西洋記』には仏典からの引用句が非常に多く見られるが、それらの語句については、宋元代までの仏典では『金剛経』・『六祖壇経』・『宗鏡録』、明代の書物では『十牛図』・『象教皮編』と、特に注目すべき一致があった。これは明末における仏典流通の趨勢を物語ると同時に、作者の羅懋登が明末に出版された通俗的な仏教書を参照していたことを示している。作中でとりわけ多くの引用句が用いられるのは禅僧同士の問答の場面だが、禅問答を模倣した応酬を娯楽として鑑賞する例は宋代の「説参請」や元代の雑劇にも見られ、『西洋記』はこうした伝統を受け継いで、禅僧を描くために工夫をこらしたものと見られる。

 第三章では北宋王則の乱を題材とし嘉靖年間の書目に著録される『平妖伝』二十回本および天啓年間の成立と推測される増補版の四十回本に重要人物として登場する、法術を行使する三人の僧侶の人物像や法術の性質について検討した。二十回本に出る弾子和尚は王則の反乱軍に加わって妖僧と呼ばれ、僧侶と幻術に関する複数の話の影響が見られる。同じく二十回本に登場する諸葛遂智和尚は王則一味の討伐に尽力する人物で、異人から五雷天心正法を伝授されたと自称する。五雷天心正法とは北宋の林霊素が集大成したいわゆる雷法の別名の一つで、宋代の『夷堅志』から明代の戯曲・小説に至るまでさまざまな文学作品の中に登場し、その使い手は多くの場合道士とされる。明末の小説には他にも僧侶による神鬼の使役や妖怪退治を描く例があるが、その中でも僧侶と雷法との結びつきは異例と言える。四十回本では上記の二人の僧侶の話が蛋子和尚という僧侶の身の上に統合される。蛋子和尚は偶然に獲得した天書から法術を会得して王則軍に加わるが、九天玄女から正法を授かって討伐軍の側につき、最後に坐化する。増補にあたっては僧侶と道教的な法術との結びつきの強化が行われたほか、『水滸伝』中の天書故事や魯智深和尚の人物像など、通俗文学から受けた影響の大きさが窺われる。

 第四章では天啓年間の成立と推測される『禅真逸史』全四十回の主人公の一人である僧侶林澹然の神通力のあり方や英雄豪傑としての性格を検討した。物語の中で林澹然は天書を獲得して雷法や符術の行使、神将の使役等を行う。林澹然は武官の出身だが、ある事情によって中年で出家しており、その出家の経緯や飲酒への嗜好、辞世の頌を残して坐化する結末には、魯智深からの影響が窺える。さらに作中で「侠僧」と呼ばれる林澹然は武芸に優れ信義を貫く性格であるばかりでなく、出家者として救民の志を抱いており、作中では出家者の心情と英雄豪傑としての生き方との間に有機的な関わりがあることも示唆される。同作には仏教や僧侶に対する批判的な記述も多いが、好色な僧侶はたびたび明末の小説の題材とされており、『禅真逸史』もその傾向を誇張して僧侶への不信感や批判意識を表現したものと推察される。林澹然はやむを得ず出家した「逃禅者」であり、俗世を嫌って隠棲するが、その様子は明末の逃禅者への理想とも重なるところがある。このように『禅真逸史』には仏教に対する不信と期待がともに反映されていると考えられる。

 第五章では清の康熙年間前後の成立とみられる『帰蓮夢』全十二回における白蓮教の描写を検討し、その上で作中における僧侶や仏教の描かれ方について考察した。物語の舞台は明末で、主人公の白蓮岸は白蓮教を創始し勢力を広げるが、やがて出家して悟りを得る。白蓮岸のモデルとされる唐賽児は永楽年間に反乱を起こした人物で通俗小説の題材にもなっている。白蓮教は元末以降に各地で反乱を起こし弾圧されてきた民間宗教結社と同名だが、『帰蓮夢』の白蓮教の特徴は、白蓮岸が手に入れた天書から会得したさまざまな法術と、民衆に向けて治病や経済的援助を与える救世済民の事業に集約できる。白蓮岸の師匠である真如和尚は苦行して貧民を助ける神異僧であり、道教的な符術との結びつきも見られる。結末では夢が白蓮岸の開悟のきっかけとなるが、作者の蘇庵主人が序文で人生を夢とみなす言葉は、明末仏教界の言説と符合しており、自らも仏教を信奉していた蘇庵主人はこの言説を取り入れて、小説を通じて読者を啓発しようとしたと考えられる。

 以上で取り上げた諸作品では、神異的な力を示す僧侶がしばしば聖僧や神僧と呼ばれて崇められ、神異僧という概念の広まりが窺える。『西洋記』では僧伝中の神異僧の特徴と、『西遊記』等先行する文学作品中の神異描写が組み合わされ、神通力を有する僧侶像が一つの完成を見たが、『平妖伝』(特に四十回本)や『禅真逸史』に見える僧侶像には、それとは大きく異なる点がある。一つは神異描写の内容で、作中には道士と関連して先行文学作品に出てくる道具立てや、通俗的呪術書に出るような民間呪術が取り入れられている。もう一つは僧侶の豪傑としての性格の強調で、ここには『水滸伝』魯智深の影響の大きさが窺われ、当時における侠僧の流行とも関わりがあると考えられる。僧侶の神異の描写が別種の物語の道具立てをいわば流用することで多様性を増したように、神異僧の形象も侠僧と結びついて新たな境地を獲得したのであり、ここには通俗小説作品の典型的な成立過程が示されている。僧侶の身分を持つキャラクターは神怪小説とも英雄譚とも結びつく可能性を有し、それは小説創作上の利便性とも言えるが、それが最大限発揮された結果として新たな英雄像がもたらされたのであり、僧侶という存在が通俗小説に果たした役割は改めて評価されるに値しよう。

 一方でこれらの作品には僧侶による救済のことがさまざまな形で記され、中でも明末の世相が反映されていると見られる『禅真逸史』や『帰蓮夢』には僧侶による人助けの場面が現実味と具体性をもって描かれ、明末社会における優れた僧侶の出現への期待を示唆するとも考えられる。諸作品の作者はいずれも仏門中の人物ではないと思しいが、小説中には仏典名や仏教書からの引用句、書き手による仏教の評価や理解が含まれ、明末に出版された仏典や通俗的仏教書によって民間に仏教の知識が浸透したことを物語る。作品成立時期の社会における上記のような仏教の受容の状況を窺い知る手がかりとなり得るという意味でも、こうした作品はこれまで以上に注目されるべきである。

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